第6話 浮気の証拠が見つかったので服を脱ぐ


「う、浮気も何も、俺達別れてるだろ!?」


 栞に壁ドンされながらも、俺は身の潔白を主張する。


「あのね……。私達はビジネスカップルなの。一年目で今が一番大事な時期って分かってるでしょ? だから、私以外の彼女を作るってことは、有罪――ギルティなの。つまり、浮気なの」

「……前後の意見でまったく意味が繋がらない。本当に俺と同じ文学部か?」


 小説や短歌などのバックボーンを、講義で学んでいるとは思えない。


 そもそも、何で浮気なんて発想に飛んだのか。

 カザリちゃんと会ったことなんて、誰にも話していないし、SNSに投稿もしていない。

 カフェの画像にも商品以外何も映っていなかったはずだ。


「そもそも俺は浮気なんてしてないって!」

「……へぇ。しらばっくれるんだ」


 スマホのカメラ機能を使って、俺を映される。

 栞が俺のシャツの襟を映すと、そこにはキスマークがついていた。


「げっ」


 明らかに女性の口紅がついていた。

 今日会った女性は二人。

 カザリちゃんと、栞だけ。

 栞とキスなんて、今の状態でできるはずもない。

 ということは、カザリちゃんってことか?


 いつからついていたんだ?

 キスされるぐらい接触した瞬間なんて、カザリちゃんが車に轢かれそうだったのを助けた時ぐらいか?

 あの時、俺に覆い被さった時があったような気がする。

 その時についたのか。

 何で誰も指摘してくれなかったんだ。

 カフェでの視線の幾許かは、俺についていたキスマークに注がれていたんじゃないだろうか。

 誰か一人でも呟いてくれなかったから、とんだ修羅場に陥ってしまった。


「何したの? 女の子と?」

「こ、これは、つまり――事故だっ!!」

「事故ねぇ。事故でこんなところにキスするんだあ……」


 や、やばい。

 あまりにも苦しい言い訳だ。

 正直、逆のシチュエーションになった時、俺はそいつを信じることなんてできない。


「これは、今日出会った女の子がたまたま車に轢かれそうだったから、助けた時についたんだって!! 信じられないなら、今からこの子に連絡とろうか?」

「連絡? 連絡先交換したの?」

「助けてもらったお礼に何かしたいって言われただけ、それだけだから!」


 どんどん自ら墓穴を掘っていく。

 だが、真実を言って信じてもらうしかない。

 今まで一番の、カップルチャンネル崩壊の危機だ。

 こうなったら、もう、どれだけ栞が俺の言葉を信じてくれるかどうかに懸っている。


 固唾を飲んで数十秒。

 フッ、とシャツを掴んでいた力を抜くと、栞は離れる。


「嘘は、ついてないみたいね……」


 どうやら俺のことを分かってくれる栞は、俺の言動からノットギルティの匂いを嗅ぎ取ったらしい。

 ほっ、と一息をついたのも束の間。


「でも、その女の子とカフェに行ったでしょ?」


 クリティカルな質問が飛んでくる。

 脳内で嘘や言い訳がグルグル巡る。

 ここの一言を間違えたら、破滅だ。

 この間0.1秒。

 試験中よりも遥かに高回転した脳が導き出した答えは、ただ一つ。


「そ、それは……行った……けど……」


 真実を語ることだ。

 なんで分かったのか? といった疑問や嘘や言いわけを挟むと、今度こそ栞が本気でキレ散らかす。

 選択肢は間違えていないはずだ。


「……はあ、やっぱりね」


 栞は呆れ顔で、俺が送った画像を眺める。


「大体、こんなオシャレなカフェ一人で行くなんておかしいと思った。ちゃんと視聴者層を意識してマーケティングリサーチでもしてくれていたと思ったら、この体たらくね」

「あ、あのなー。そこまで言われる謂れはないぞ。人助けして何でそこまで言われなきゃいけないんだ」

「カフェまで行くからでしょ。そもそも何で行ったの!?」

「な、成り行きだよ、成り行き!!」


 パンツを見てしまって、脅されたから行きました。

 なんてことは流石に言えない。


「別に彼女とは何もないって! お茶してそれだけ! 動画の為に、年下の女の子間で何が流行ってるかリサーチしてただけだって! 悪い事じゃないだろ?」

「ん……」


 嘘も方便だ。

 どうやら今の弁解で、栞は完全に毒気が抜かれたようだった。

 やっぱり、動画のため、という大義名分は最強だ。

 何とか傷を最小限に抑えることに成功した。

 本当にヒヤヒヤした。 

 悪い事なんて何一つしていないのに、本当に浮気したような気分になった。


「それじゃあ、速く脱いで」


 栞の突然の一言に、頭が空白で満ちる。


 部屋には男女が二人きり。

 財布の中にあるお守りのようにある薄いゴム。

 この状況で服を脱いで欲しいという提案。

 これで何も起こらないはずもなく……。


「え? 何? ついに、エッチするの?」


 この世には男女カップルが仲直りのために、肌を重ねる行為があると聴く。

 オタクに優しいギャルは存在する、という格言と同列の伝説だと思っていたが、存在していたのか?


 俺と栞、ついに一線を越えてしまうのか。

 大人の階段、何段飛ばししちゃうの?


「そんな訳ないでしょうがあっ!! そんな服着たまま、カメラなんて回せないでしょ!! 私が洗濯してあげるから、速く脱いで!!」

「あ、ああ……」


 今日一ブチギレられた。


 キスマークつけたまま動画を撮っていたら、視聴者からのツッコミとんでもないことになるね、確かに。

 考えてみれば当たり前だった。


「こっわ」

「何か言った?」

「何でもないです……」


 尻に敷かれてるね。

 これ以上怒らせないようにしないと。

 逃げよう。


 俺は背を丸めながら、撮影の為の着替えを取りに服を取りに行った。

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