第48話 それぞれの一歩

 千冬の目の前には、立派な門構えがある。


 ゴクリ、と息を呑み、そのインターホンを押す。


 数秒ほどして……


『はい、どちら様でしょうか?』


「あ、あの……先日、電話で問い合わせをした、森崎と申します」


『ああ、門下生を希望する方ですね?』


「は、はい」


『今、そちらに伺います』


 少し待つと、門が開く。


 案内してくれるのは、女性だ。


 道着は着ておらず、事務員みたいな格好をしている。


 通されたのは、正に事務所だ。


 へぇ、道場にも、こんな場所があるんだ、と感心していると……


「初めまして、あなたが森崎さんね」


 凛とした声に引っ張られる。


「えっ?」


 そこにいたのは、声の通り凛々しく、かつ美しい女性。


 結い上げた髪は武道家を感じさせつつも、ちゃんと女性らしい品格も漂わせている。


「どうぞ、座って下さい」


 笑顔でソファーを指し示され、千冬は戸惑いつつも、腰を下ろす。


「改めまして、師範の東雲紅葉しののめくれはです」


「えっ、師範……ですか?」


「驚いた? 女だから」


「あ、す、すみません……」


「良いのよ、みんな珍しがるから」


 紅葉は笑って言う。


「じゃあ、森崎さん。門下生になりたい理由、教えてくれるかな?」


「は、はい……」


 千冬は緊張しつつも、自分が海でナンパされて、嫌悪感と恐怖心を抱き。


 それに対抗する術を身につけたいことを、ちゃんと伝えられた。


「……あの、こんな動機じゃ、ダメでしょうか?」


「とんでもない、十分すぎるくらいよ」


 紅葉は言う。


「実はね、私も昔、男にひどい目に遭わされたの」


「そうなんですか?」


「まあ、未遂で終わったけど、しばらく男性恐怖症でね……けど、このままじゃダメだと思って、空手を習って、今では師範にまでなったの。出来ることなら、私と同じい苦しみを味わっている女性ひとに寄り添いたいって」


「とても素晴らしいと思います。正に、私が求めていた環境が、ここにある訳ですね」


「ええ、そうよ。基本的に、森崎さんみたいな子には、護身術を教えるんだけど。やる気次第では、その次の段階にも進めるわ」


「は、はい。ちょっと、がんばってみます」


「じゃあ、道着のサイズを合わせましょうか」


「お願いします」




      ◇




「「はい、どうも~!」」


 勢い良く、飛び出したものの……


「……そう言えば、俺らコンビ名を決めてなくね?」


「そう言えば、そうだった! てへっ☆」


 人気ひとけもまばらな公園にて、


「じゃあ、いま決めちゃうか」


「うん、そうだね」


「最近のお笑いコンビは、2人の名字をつなげただけのパターンも結構いるぞ」


「じゃあ、それで良いんじゃない? そういえば、ゆうたんの名字って何だっけ?」


川村かわむらだよ。そう言うあかりは?」


須藤すどうです」


「川村須藤か……何かイマイチだな」


「じゃあ、下の名前でゆうたんとあかりんは?」


「何かひらがなばっかで読みづらいな」


「う~ん……じゃあ、川村夫妻にしようか」


「それは色々と問題だろ。間違いなく、千冬がキレる」


「はは、そんなちーちゃんも拝みたいけど」


「とりあえず、『勇太とあかり』にしておくか?」


「うん、そうだね~」


 あかりは頷く。


「じゃあ、気を取り直して、ネタ合わせやるか」


「イエイ♪」




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