第15話 和やかなランチタイムの攻防?

 俺はメロンソーダを飲みながら、千冬を見ていた。


「ねえ、あまりじっと見ないでくれる?」


「いや、改めて思ったんだけどさ」


「何よ?」


「千冬って、何でそんなに美人なの?」


「へっ?」


「いや、まあ、親の遺伝って言ったら、そこまでかもしれないけど……きれいだよなぁ」


「な、何を言って……」


「思えば、1年生の頃から、憧れていたからなぁ。その頃は、クラスが違ったから、本当に手の届かない憧れの存在でさ」


 俺は少し懐かしむように語り始める。


 千冬は照れ隠すように、そっぽを向きながらアイスコーヒーをストローですする。


「けど、2年生になって、千冬と同じクラスになれて……これはもう、告白するしかないなって。まあでも、やっぱり勇気が必要だったけどな」


「そうなの? 勇太って、物怖じしない性格っていうか、サイコパスでしょ?」


「ナチュラルに彼氏をサイコパスって言うのやめて?」


「だって、本当じゃない」


「はは……ほら、どんなイケメンも、千冬の前には惨敗って聞いていたからさ。俺みたいに、特にイケメンでもない男が告白しても、きっとダメだろうなって」


「そんなことは……」


「で、結果としてダメだった訳だけど……でも、今こうして付き合えているなんて、不思議だ」


「ま、まあ、そうね……」


「てか何で、俺のことが好きになってくれたの?」


「えっと、それは……べ、別に何でも良いでしょ?」


「注文の品が来るまでに答えないと、後でいたずらしちゃうぞ?」


「い、いたずら? 子供じゃあるまいし」


「ほら、教えてよ」


 俺が笑顔で迫ると、千冬は赤面しつつ、困ったような顔になる。


「そ、それは……」


 コクリ、と白く細いのどが動いた。


「……あなた、私にフラれても、あっさり受け入れたでしょ?」


「うん」


「そんな人、初めてだったから……みんなだいたい、落ち込んだり、しつこく食い下がったりしたから……あんな晴れやかな笑顔になった人、初めてで……」


「ありがとう」


「でも……正直、それがちょっと悔しくて」


「マジで?」


「そう。だから、あなたに……ちょっと、粘着しちゃって」


「そっか……」


「ごめんなさい、気持ち悪いわよね。普段は別に何でもないって、お澄ましな顔をしておいて……私、嫌らしい女よね。そんな風に嫉妬して……」


「いや、メチャクチャ可愛いと思うぞ」


「か、かわっ……み、醜いだけよ、そんな執着心」


「えー、でも千冬みたいな可愛い子に執着されたら、嬉しいぞ?」


 俺が小首をかしげて言うと、千冬はまた赤面した状態でうろたえた。


「い、言い方が、変態チックなのよ」


「ああ、ごめん。俺って、サイコパスだから」


「自分で言わないで……」


 千冬が俺を睨んでいる。


 やばい、千冬の睨み顔、可愛すぎて癖になりそうだ。


「お待たせしました~」


 店員さんが、注文の品を持って来てくれる。


「偉かったな、千冬。ちゃんと、注文が来る前に、俺を好きになった理由を言えて」


「……偉そうに」


「ほら、冷めない内に食おうぜ? 特にドリアなんて、熱々の内に食べないと」


「わ、分かっているわよ」


 千冬はスプーンを握り、一口ドリアをすくうと、そっと食べた。


「あつっ」


「千冬」


 俺はサッと、サラダの皿を渡してやる。


「サラダエスケープするか?」


「う、ううん……次に食べる時、余計に熱くなっちゃうから」


「まあ、そうだな。けど、無理して口の中をヤケドするなよ? 皮がズル剥けると、辛いからさ」


「ええ、そうね」


「けどまあ、そうなったら……俺のキスで癒してやるよ」


「ぶふっ」


「大丈夫か?」


「あ、あなた、いきなり何を……」


「ああ、ごめん。ファーストキスがいきなりディープとか、爽やかさのカケラもないか」


「……本当にムカつく男ね」


 千冬は眉根を寄せて言う。


「はぁ~、やっぱり、千冬の怒り顔は極上だぜ。メシが美味い、美味い」


「すごくムカつくんですけど」


「お前が可愛く生まれて来たのがいけないんだよ」


「う、うるさいわね」


「けど、今はその可愛さを、俺が独占できているなんて……幸せだな」


 俺は笑いながらそう言った。


「……勇太、ステーキ冷めるわよ」


「おう、そうだな」


 俺は少し遅れて、ステーキを頬張った。


 まだ、ちゃんとジュージュー感は残っている。


「うん、美味い」


 そこで、俺はふと思い付く。


「千冬、俺のステーキ、ちょっと食べるか?」


「えっ? いえ、私は別に……」


「良いから、遠慮するなって。俺も、お前のドリア食べたいし。交換っこしようぜ?」


「まあ、そういうことなら、良いけど……」


 そう言って、千冬はドリアの器を俺の方に寄せて来た。


「どうぞ」


「ああ、違う、違う」


「え、何が?」


「せっかくだから、あーんしてくれよ」


「はぁ!?」


 千冬はギョッとした顔になる。


「そ、そんな恥ずかしいこと、出来る訳ないでしょ?」


「大丈夫、俺も恥ずかしいから。一緒なら、平気だろ?」


「さっきから、ずっとニヤけてますけど?」


 千冬はまた怒った顔で言う。


 ただ、可愛いでしかないけど。


「じゃあ、先攻後攻、ジャンケンする?」


「な、何でよ?」


「これは真剣勝負だからな。どっちが、相手をキュンとさせられるかの」


「むっ……そう言われると、ちょっとやる気が出て来たかも」


「はは、千冬って、やっぱり負けず嫌い?」


 俺が指摘すると、千冬は「うっ」と呻く。


「ダ、ダメかしら?」


「ううん、可愛いよ」


「次に可愛って言ったら、ほっぺつねるから」


「可愛いなぁ」


「こ、このドMめ。つねって欲しくて、わざと……」


「もう面倒だから、俺が先攻で行くな」


「えっ?」


 俺はステーキを一口大に切り分ける。


 そして、千冬の口元に運んだ。


「ほら、食べて」


「そ、そんな……」


 千冬はキョロキョロと周りを見渡す。


「大丈夫、周りはみんな、自分たちの食事に夢中だから。


「そ、そうかもしれないけど……」


「あー、手が吊る。千冬が早く食べてくれないと」


「……もう、分かったわよ」


 千冬は観念したように言う。


 長い黒髪を耳にかける仕草が色っぽい。


 目をスッと閉じながら、パクッと食べた。


「何か今の、キス顔みたいだったな」


「ごふっ!?」


「おい、千冬!? 大丈夫か!?」


 俺はサッとドリンクを渡して言う。


 千冬はゲホゴホ言いながら、それを飲んだ。


「……こ、このバカ! あなたがいきなり、変なことを言うから……」


「……千冬、ごめん」


「えっ? まあ、謝ってくれれば、それで良いけど……」


「いや、そっちじゃなくて……いま渡したの、俺のドリンクだったわ」


「へっ?」


「また間接キス、しちゃったな」


 俺が言うと、千冬は小刻みに震えながら、徐々に赤面して行く。


 やがて頂点に達すると、ぷしゅうううぅ、と湯気を発した。


「じゃあ、千冬。今度は俺に『はい、あーん♡』してくれよ」


 俺がニコニコして言うと、千冬がゆらりとした。


「……お断りよ」


「えっ、何で?」


「あなたのことが、大嫌いだからよ」


「やば、可愛すぎて死ぬ」


「だから、何で……もうやだ」


「なあ、千冬。あーん、してよ」


「知りません」


 そんな楽しいやりとりが、あと10回くらい続いた。




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