第29話 好きという気持ち


 季節は初夏から夏になりかけていた。

改装も順調に進んでおり、夏休みに突入。


「おはよーございます」


 今日もいい天気だ。

夏休みに入ってから、数日。今日は俺たちにとって記念日になるはず。


 一つ、先日のイベントで撮った写真が雑誌に載り、その雑誌が今日発売される。

一つ、スタジオの裏にある建物の改装が今日終わる。多分だけど。


 今日も朝からみんなで集まって、スタジオの裏にある建物の改装を手伝う。


「広瀬君、おはよ」

「広瀬っち、買ってきたよね?」


 白石さんと槻木さんにはあの日にお願いをして、一緒にバイトをすることになった。

スタジオを改装するために二人の意見も聞きたかったので、どんなスタジオにしたいか打診したのだ。

話の流れで一緒にバイトをすることになったが、やっぱり二人に頼んでよかった。


「もちろん。コンビニで買ってきたよ」


 そう、この雑誌に二人が載っている。

もちろん撮影者として俺の名前も載っているはず。

みんなで一緒に見ようと、俺もまだ見ていない。


「ねぇ、まだ仕事の時間にならないし、ちょっと見てみない?」

「里緒菜の気持ちもわかるけど、ゆっくり見たいからお昼にしようよ」

「えー、今スグ見たい! チラッと、ほんの少しでもいいから……。ねぇ、広瀬っちはどう思う? ちょっとならいいよね?」


 俺は考える。今見てその感動を抑えながら仕事をするのか。

それとも、今は我慢してあとでゆっくりと見て、みんなでワイワイするのか。


「俺も見たいけど、後にしよう。俺も見たいのを我慢している」


 なんせ俺の撮った写真が掲載されるんだ。二人とも楽しみかもしれないが、俺だって楽しみ。

心わくわく、仕事サクサク。早く終わらせてしまおう。


「ほらね。後でゆっく見よう。それよりも、早く仕事終わらせようよっ」


 白石さんは張り切って腕を回す。今日はいつも以上にテンションが高いみたい。

そうだよね、雑誌も気になるし、予定ではスタジオ第二会館(仮)が今日完成するんだ。


「残念! 広瀬っちは私の見方だと思ったのに!」


 槻木さんの華奢なこぶしが俺の棟に突き刺さる。

うん、全く痛くない。


「よし、ちょっと早いけど仕事を始めようか。そして! 早めにお昼にしよう」


 そして数時間後、待ちに待ったランチタイム。


「はい、これ広瀬君の分ね」

「ありがと。毎日悪いな」


 バイトが始まってから白石さんにお弁当の差し入れをもらうようになった。

初めは断っていたが、彼女の押しに負けてしまった。


「あおば、デザートは?」

「もちろんあるよ」

「やったねっ」


 お弁当を広げながら、三人で雑誌も広げ始める。

どのページだろう……。


「なんかドキドキするね」

「だね。あおばは二回目だし、緊張してないでしょ?」

「そんなことないよ。私だってどんな風になっているか、すごく気になるし。ね、広瀬君」

「あぁ、そうだな。俺も気になって気になって、早く見たい」


 各自買ってきた雑誌を見ればいいのに、なぜか俺の左右に彼女たちは展開している。

互いに肩と肩がくっつき、己広げている雑誌をのぞき込んでいた。

俺の視界には二人の後頭部が映っており、雑誌はほとんど見えていない。


「いた! ここ! おおぉぉ! いいかも!」

「うん、里緒菜も私もいい感じに載ってるね」


 本当? そのページ俺も見たいんですけど!

二人の頭を押しのけ、俺も顔を突っ込む。


「「あっ」」


 二人から声が出た。


「ご、ごめん。広瀬君も見たかったよね」

「あはは、邪魔だったね」


 二人とも少しだけ離れてくれたので俺にも見えるようになった。

そこには二人の写真が、そして俺の名前も載っている。


 初めて掲載された自分の写真、頼まれて撮った写真だけど確かに俺の作品でもある。

一面を飾っているわけではない、特集になっているわけでもない。


 そこにはただ笑顔の二人、満面の笑顔で映っている二人の写真が掲載されている。


「すごいな……」

「そうだね、こんな奇麗に撮ってくれるなんて」

「広瀬っちが撮ってくれたんだよ?」

「いや、そうじゃなくて二人の笑顔がさ……」


 ふと気が付くと二人は俺の方を見ている。

何か変なことを言ったのか? それに二人とも顔が赤い。


「……また撮ってもらえるかな?」

「今度は広瀬っちもコスしようね」


 俺は二人に沢山教わった気がした。

一度はあきらめてかけた自分の夢を、二人は後押ししてくれた。


「コスは考えるとして、また撮影しような。楽しかった」


 写真と同じような笑顔を二人は俺に向ける。

そして、雑誌を握っている手に二人の手が重なる。


「夢、叶うといいね」

「広瀬っちだったら大丈夫」

「ありがと」


 ゆっくりと流れる時間。また三人でイベントに参加するのも悪くはない。

そんな気でいた。


「お、お兄ちゃん! 何しているの!」


 突然未来の声がする。


「お、お前何してるんだよ?」

「さ、差し入れ。お母さんが持っていけって……。ん? 何その雑誌?」


 見つかった。まだ妹には話していない。まずい……。


「妹さん?」

「か、可愛い! いくつ、中学生? め、めっちゃ可愛いんですけど!」


 確かに妹は可愛いかもしれない。だが、誰にもやらん!


「ちゅ、中学生です……。あの、変なこと聞いてごめんなさい。もしかして、その雑誌に載っていたりしますか?」


 変な質問が飛んできた。


「えっと、載っているかなー。あははmどうなんでしょう? ねぇ広瀬君」


 白石さんの目が泳ぎながら俺の方に向けられる。


「こ、これかー、これはなー」

「載ってるよ! ほら、ここ! すごいでしょ!」


 ちーん、ばれました。


「すごっ! いいなー、かわいいなー」

「でしょ? 広瀬っちが撮ってくれたんだよ!」

「お兄ちゃんが?」


 妹の熱い眼差しが俺に胸に突き刺さる。ここまで来たら逃げられない。


「あぁ、そうだ。お兄ちゃんが撮った。雑誌に載ったんだぞ? すごいだろ」

「うん。すごい。二人とも可愛いし……」


 褒められて二人とも照れている。確かに可愛いと思うけどさ。


「あ、あのさ。私もコスしたいって言ったら撮ってもらえたりするのかな?」

「はい?」

「コスしたいの?」


 白石さんが未来に突っ込む。家でもそんな話、一度もしたこと、ないよな?

でも、推しがいるって言っていたような、なかったような……。


「うん……。前から興味はあったんだけど、なかなか……。ねぇお兄ちゃん、いいよね?」


 兄として、家族としてどう答えればいいんだ?


「好きなことしたらいいんじゃないか? 別に悪いことじゃない」

「やった! ありがとう!」

「おぉ、妹ちゃんコスデビューだね! 私たち三人でイベント参加しようよ!」

「未来、私は未来って名前です。お二人は?」


 新しいコス仲間が増えてしまい、これから忙しくなりそうだ。

しかも、妹まで参加するとか……。


「お兄ちゃん、これからよろしくねっ」


 二人から三人に。自分の好きなことを、自由にする。

そんな生き方がいいのか悪いのかは、今の俺にはわからない。


 でも、今を大切に生きる、自分に正直に生きる。

それはこの先もずっと大切だと思った。


「よし、このスタジオができたら三人を撮りまくるぞ! ちゃんと運営できるか、丸一日貸し切りだ!」

「「やったー」」

「今から楽しみだね」

「何のコスしようかな……。もちろん、広瀬っちも手伝ってくれるんだよね?」

「お兄ちゃん、よろしくね。私もできるだけ協力するからさ」


 きっと、ここのスタジオができたら沢山の人が来るだろう。

そして、同じ好き同士が集まって、輪ができる。


 その輪の中にきっと俺も入っているのかもしれない。


「広瀬君、記念に一枚撮らない?」

「記念に、か」


──パシャ


 三脚に立てたカメラを取りに一歩前に進む。


 そこに映った四人はきっと自分の「好き」と言う気持ちに正直に生きてい行くだろう。


「私ね、広瀬君の事──」


 そんな声が聞こえたような気がした……。

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微笑みの天使の恋心 ~コスプレイヤーの彼女は夢を追いかけるカメラマンに恋をした~ 紅狐(べにきつね) @Deep_redfox

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