第19話 他も成長しているんじゃ……


──カランコロン

 

「こんにちはー」


 俺はここ数日間、毎日のように白石さんの家に通っている。

放課後はバイトかここか、家に帰る時間も結構遅くなってしまっている。


「いらっしゃいませ。いつものでいいのかい?」


 マスターに声を掛けられ、店内にある勝手口から玄関に向かう。


「はい、今日もお世話になります」

「あおばの友達も来ているよ」

「わかりました」


 槻木さんは先に来ていたのか。

階段を上がり、白石さんの部屋に向かう。


──コンコン


『どうぞー』


 中に入るとかなり部屋が散乱してしている。

写真やポストカードがベッドの上を舞い踊り、床には型紙と大き目の布が所狭しと広がっている。


「あおば、次は?」

「んー、これかな?」


 槻木さんに手渡したカード。そこにはアップに映った何かが映っている。


「これ作るの?」

「うん、それは里緒菜用。チャームポイントだからしっかり作らないとね」

「だよね。このモフモフ感が……」


 槻木さんはテーブルでカチューシャを手に取り、何やら作り始めた。

テーブルには動物の耳みたいなものが乗っている。

猫耳? いや、虎だから虎耳なのか?


「さて、今日は何をすればいいのかな?」

「ごめんね、手伝てもらちゃって」


 イベントまでは結構時間がある。

だが、槻木さんのイベント服はゼロから作らなければならない。


「いや、別にいいよ。せっかくのイベントだし、俺にできる事があれば」

「じゃぁ、買い出しに行こうか」

「買い出し? 何を?」

「雷華(らいか)の服。型紙から作るより古着屋で買ってリメイクした方が早いし安くできそうなの」

「そうなんだ。何買うの?」

「デニムのショートパンツと、黄色か金色のデニムジャケット。あとはシューズがいいのあればそれも欲しいかも」


 雷華(らいか)は真凛の友達で獣人の設定。

虎? なのかな。尻尾と耳が特徴のある元気っ子って感じだな。

アニメの中だとよく黄色のスカーフのような物もつけており、これだったら買った方が早いかもしれない。


『あおばー、ちょっと来てくれるか! 少しだけ店手伝ってほしいんだ』

「はーい、今行くー」


 どうやらお店が混んできたらしい。


「ごめん、ちょっと行ってくる。先にこれやっててもらえる?」


 渡されたメモ一枚。何を書けばいいんだ?


「わかった、やっておくよ」

「頑張ってねっ」


 白石さんの部屋に残された俺は、少し気まずい。

あんまり槻木さんと話したことないんだよね。


「広瀬っち、ちょっとだけ手伝ってもらえる?」

「何を?」

「……ここ縫って」

「俺が?」

「ダメ?」


 いや、ダメじゃないけど。

幸いスタジオでアクセサリーとか細かいものを直した経験はある。

多分これくらいだったら俺にもできるはず。


 針に糸を通し、写真を見ながら同じような物を作ってみる。

カチューシャに耳。自分でつける訳じゃないけど、なんだかちょっとだけ楽しい。


「できた。これでいい?」

「器用なんだね」

「少しだけね。で、これでいいの?」

「ちょっと待って。つけてみる」


 槻木さんは出来上がった虎耳のカチューシャを頭につけ鏡を見る。


「おぉぉ、それっぽい。どう? 可愛い?」


 正直わからない。でも、多分可愛いと思う。


「可愛いんじゃないか?」

「なんで疑問形なの? うんうん、いい感じだね。さっきあおばから何もらったの?」

「あー、何か書いてあったな」


 そこには身長や肩幅、股下などのサイズを書き込む欄があった。


「これって私の書かないとダメ?」

「いまから衣装作るんだし、必要なんじゃないか?」

「……じゃ、しょうがないね」


 槻木さんはメジャーを手に持ち、俺に渡してきた。


「さくっと書いちゃおう。図って」

「俺が?」

「一人でやったらずれるかもしれない。あおばが作ってくれるんだし、間違えたサイズ伝えたくない」


 槻木さんの目は真剣だ。俺も真剣にやらないと。

決してやましいことはない。みじんもない。

と、自分に言い聞かせる。


「じゃ、身長からね」

「よろしく」


 彼女の後ろに立ち、身長から計測開始。

後ろから見下ろした槻木さんは背筋を伸ばし、まっすぐに向こうを見ている。


──カチカチカチ


 メジャーの音が部屋に響く。

槻木さんの髪が俺の頬をくすぐり、石鹸の香りが俺の鼓動を早くする。


「百五十二センチかな?」

「百五十二? やった一センチ伸びてる!」


 突然振り返る槻木さんは笑顔で喜んでいるが、顔が近い。


「よ、良かったね。じゃ、次ね……」

「もしかしたら他も成長しているんじゃ……」


 そっと彼女は胸を触る。

決して大きくなさそうな双山。でも、シャツの上からでもふくらみはわかる。


「何見てるの?」

「見てないっす」

「……あおばにも図ったの?」

「いや、してないけど」

「そっか。あおば最近学校でもよく話すようになったんだ」

「そうなの? 前からよく話していたんじゃ?」

「ちょっと違う。前は当たり障りのない話ばっかり。でも、今は色々と話してくれる。広瀬っちのおかげかもね」


 きっと、白石さんが自分で努力した結果。


「俺は何もしてない。白石さんが槻木さんを大切に想っているからじゃないかな」

「私を大切に、か。きっとあおばは広瀬っちの事も大切に想っているよ」

「どうだろ? それはわからないな」


 でも、それが本当だったらちょっと嬉しいかも。


「早く計測しちゃおう。あおばが戻ってくるよ」

「そうだね」


 その後、彼女に言われるまま計測を行い、俺の精神力は限りなくゼロに近づいた。


「何息切れしてるの?」

「してない」

「いや、だって下向いてはぁはぁしてるし……」

「してない!」


 髪をかき上げた姿とか学校では見ない姿が新鮮で……。

それに股下計測とか、足のサイズとか一人でもできるところを何で俺が!


「できたの?」

「書き終わった……」


 槻木さんの表情が少し暗くなる。


「……こっちは変わってないのか。何でだろう」


 また自分の両手を胸に当てて何かを考えている。


──コンコン


「終わった?」

「あおば、おかえりー。こっちは終わったよ」


 トレイを手に持ち、白石さんが戻ってきた。


「お茶入れたから休憩しようか」

「お店平気なの?」

「大丈夫。なんか業者の人が来て、パパが話こんじゃって」


 白石さんの持ってきたお茶とクッキーを食べて、しばしの休憩。


「あおば、これ見て」


 書き終わったメモ用紙を白石さんがまじまじと見ている。


「これで大丈夫だね。耳は?」

「できたよ」

「うん、ちゃんと縫えてるね。里緒菜も結構器用なんだね」

「……えっと、それは広瀬っちがね、縫ってくれたんです」

「広瀬君が?」

「あー、そうかな?」

「器用なんだね。これならいろいろとお願いできるかも」


 白石さんの微笑みは、なぜが悪魔の微笑みに見えてしまった。


「多少なら手伝えるかな?」

「ミシン使える?」

「多少なら」

「さすが。じゃ、サイズもわかったことだし買い物に行こうか」

「どこに行くの?」

「サードストリートって知ってる?」


 サードストリート。聞いたことはあるけど行ったことはないな。


「リユースショップだろ? 服とか中古品を売ってる」

「そう。駅前にもあるからそこに行こう」

「あおばはよく行くの?」

「んー、たまにかな。ほとんどコス用で使える服とか靴を探しにね」


 こうして俺は白石さんと槻木さんと一緒に古着屋に行くことになった。

もし服が安いなら俺もなにか買おうかな……。

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