第五話「困惑(エンバラスメント)」

あの『ザンドラ』と呼ばれる影世界の仕組み、そして影喰たちがなぜ殺し合いをするのか…納得なんて到底できたものではないが大枠は理解できた。僕もそろそろ覚悟を決めないといけない状況に来ているようだ。自分が生き延びるためにあの世界で闘い、他の影喰を殺めて喰らう。・・・本当にできるのか?この僕がそんなことを…

この期に及んでも、やはり他にいい手はないかと模索してしまう。意味のないこと、無駄だということなのは分かっている。それでも!・・・思考の葛藤は治まらない。


「…怖がらせちゃってごめんね。今日はもう疲れたでしょ?それに学校からの宿題終わらせなきゃいけないんじゃなかったっけ?・・・そんな難しい顔しなくても大丈夫!召集も毎回頻繁にあるわけじゃないし、時間経過での侵食はあくまでザンドラ内での話だし。勇人君と同じ影喰である私も一緒に闘うんだから、そんなに心配しないで。・・・ささっ、もう今日はお家に帰りましょ!大掃除のお礼にお母さんが美味しいお菓子用意してるみたいよ。それ食べて元気出せ〜!!」


紫音さんはやっぱりいい人だ。僕よりも先に影喰に選ばれて、あの世界での闘いから生き延びて来ているはず。最初は僕みたいに受け入れがたい現実に絶望して涙していたと思う。気丈に振る舞ってはいるけれど、今でも不安な気持ちや流したい涙を堪えて無理矢理に押し殺しているのかもしれない。自分のことだけでも手一杯なはずなのに、それでも僕に凄く気を遣ってくれているのを感じとれる。彼女は本当に強い。

それならば、僕は少しでもその彼女の支えになるよう努めるべきではないか。守られてばかりいるだけではダメだ。僕も彼女を守る側につかなければいけない。年下の学生身分で偉そうなこと言っているかもしれないが、僕はそう強く思った。





昨日の出来事を就寝前にもいろいろ考えてしまって寝付けなかった。今から学校の授業が始まるというのに寝不足で瞳が重い。朝食も喉を通らず、登校中にも考え事をしていたせいで危うく曲がり角で自転車とぶつかりそうになった。紫音さんが付いてくれているから一人ではない。それだけでも安心なはずなのに、なぜか気持ちが落ち着かない。


「勇人、どうした?真剣な顔でボーッとして。真面目くんが寝不足かい?珍しいな。」


「・・・う、うん。ちょっといろいろあってね…大丈夫、体調が悪いわけじゃないから。授業は早退せず受けるつもりだし。」


「なんかいつもより暗いぞ!今日、転校生の女の子が来るらしいから元気出せよ。その子、可愛いくてボインらしいぜ!」


僕の左隣で話しているコイツは上田善太郎。小中高ずっと僕と同じ学校出身。明るく人情味のあるヤツだが、少々エロいのが玉に瑕。僕との付き合いも長いから生徒会の作業が忙しい時に手伝ってもらっている。ああ見えて、要領もいいヤツなんですごく助かっている。

そんな彼だから、普段の僕との違いにすぐ気づいたのだろう。・・・いや、たまたまなのかもしれないし、あるいは今の僕の表情が傍からも分かりやすいぐらいに硬いのかもしれない。


しばらくすると、クラス担任の先生が一人の女の子を連れて教室に入ってきた。

その女の子は潤いのあるロングヘアで顔も美形で、正直可愛い。スリムでありながらグラマラスという体躯で思わず見惚れてしまっていた。おそらく男で釘付けにならない人はいないぐらいだと思う。現に彼女が教室に入ってきた途端に男子生徒の顔色が一斉に変化していた。

先生がチョークを握って黒板に『ハルジオン』と書き、その女の子に自己紹介をするように促す。


「皆様、初めまして。私、村島勇人の使いのハルジオンと申します。不束ですがよろしくお願いしますの。」


「えっ?…ぼ、僕の使いって…何?」


その女の子は僕の方をじっと見つめている。それと先生含めクラス全員の視線もまた、僕一点に集まっているのが分かる。寝不足で重かった目が一瞬で覚めた。周りからはひそひそ話が聞こえてきたり、男子生徒からは嫉妬した目で見られている。緊張からか僕の心臓の鼓動もバクバクいい始め、体中の温度が熱くなっていくのが感じられる。対して、女の子の方は表情が何一つ変わっていない。本人にとってはおかしな事を言っているという自覚がないのだろう。

やがて女の子は僕の方に視線を合わせたままでこちらに歩み寄って来た。そして、僕の右隣の席を指差した。


「ここがいいですわ。よろしいかしら?」


「…あっ、はい。いいですよ!どうぞ。・・・勇人君、良かったね。ガンバ〜!」


僕の右隣の森田さんが凄く嬉しそうな顔で女の子に席を譲り、そこに彼女が座る。僕は恥ずかしすぎて視線を黒板の方に向けたままにしているが、横目で彼女がこちらを見つめているのが分かる。・・・ハルジオンさんが僕の使いって何なんだよ。全く。…ん?『ハルジオン』『使い』…

今更ながら、そのワードにヒットするものを僕は知っていた…僕の武影器の名前。しかし、武影器はザンドラで殺し合うために使う武器のはず。実世界に持ち込めるものなのだろうか?いや、そもそもこの女の子はどうみても人間だ。剣ではない。・・・僕の単なる思い込みなのか?…本人に聞くしかないよね。そうだよね・・・はあ…

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