第四話「不運(ミスフォーチュン)」

公園のベンチで紫音さんが僕の左側二の腕に受けた切り傷を治療してくれた。バッグの中に応急手当道具を常備していたらしく、幸い傷も浅かったのでそれで事足りた。紫音さんには助けられてばかりで本当に申し訳ない。彼女がいなかったら僕は確実にあの世界で死んでいただろうから感謝してもしきれない。


「勇人君、ありがとうね。勇人君がハルジオンで助けてくれなかったら、私死んでいたよ。」


「いや、お礼を言わなきゃいけないのは僕の方です。紫音さんには助けてもらってばかりで…それなのに、僕は無力で・・・」


「そう自分を責めないの!…あの『デッドクレセント』使いは格が違う影喰だった。彼女から溢れ出ていた影魂(シャドーソウル)は尋常じゃなかったの。おそらく、多くの影喰たちが彼女に喰われて消えていっているはず!私たち二人で挑んでも勝てる相手じゃなかったわ。運よくタイムオーバーで生き残れたのはホント奇跡…」


治療している僕の腕を見ながら、神妙な面持ちをしている。真っ向から挑んでいたら絶対に負けていた。そして死んでいた。あの頼りがいのある紫音さんが弱々しそうに感じられるほどだから、生き残れた僕たちはかなり運が良かったのだと実感した。しかしそれも束の間の休息のようなものなのだろう。なぜならあの大鎌の女も言っていた。『次会った時は・・・』と。

あの世界へまた再び呼び出される可能性は極めて高い。一過性で終わるものではないはず。僕はあの鈴の音を聞いた地点である程度それは覚悟していた。でも改めて今、その現実を受け入れなければならないと思うと気が重くなる。

いろいろと考え事をしている内に治療が終わった。紫音さんは応急手当道具をバッグに片付け始めていた。


「勇人君にあの世界のことについて説明しないとだね。・・・う〜ん。まず、勇人君。あなたは『影喰』っていう使者に選ばれたってことを私が言ったのは覚えているよね?」


「はい。…影喰に選ばれた人があの世界で武影器っていう武器を持ってお互いに戦うんですよね?」


「そうよ。もっと詳しく言うと、影喰はこの実世界から選ばれて、召集がかかった時にあの影世界の『ザンドラ』に送り込まれるの。ザンドラは実世界とは似て非なるもの。そこで影喰たちは武影器を駆使して生き残りをかけて闘う。あと、ザンドラにはずっと居られるわけではなくて、制限時間が決まっているのよ。鈴の音が聞こえたのは覚えてる?あれが召集と解散の合図。」


大方、僕が思っていた通りだった。あの『ザンドラ』と言われる世界は実世界を模して作られた影の世界。影喰に選ばれたものだけがザンドラへの進入を許され、それ以外のものはザンドラではシルエット扱いとなる。崩れ落ちていた体育館が元に戻っていたのは、おそらくザンドラでシルエットが破壊されても実世界に戻った時に矛盾が発生しないよう、自動再生するからであろう。あの鈴の音は、やはりザンドラと実世界の切り替わりのサインのようだ。鈴の音が鳴る条件は不明だが、あれが鳴ったら選ばれた影喰は全員ザンドラに集められる。影喰同士で闘い、終了の鈴の音が鳴ったら実世界に戻される。・・・仕組みは分かった。だが、腑に落ちない点がある。


「紫音さん、大体理解できました。でも一番分からないことがあるんです。『影喰同士が殺し合わなければならない』理由って何ですか?ザンドラに召集されても誰も殺し合わなければ、みんな生きられるじゃないですか?なんで血を流してまで争う必要があるんですか?」


「・・・勇人君。あなたはちょっとだけ勘違いをしているわ。…自分の影を見てみて。」


「じ、自分の影…ですか。・・・!?」


紫音さんに言われた通りに太陽の光に照らされてできた自分の影を見てみた。…なにかがおかしい。それに気づくのに10秒と掛からなかった。僕の身長に対して、できる影の大きさが若干あっていない。加えて、色も薄い気がする。紫音さんの影や公園で砂遊びをしている親子の影と比べるとその違和が非常にわかりやすい。


「影喰は時間経過や被ダメージによって自身の影がどんどん侵食されて消えていくの。じゃあ、その影が完全に消えたらどうなるかって?・・・・そう、死ぬのよ。もっと言うなら死ぬだけじゃない。実世界から存在記録自体を抹消されてしまう。つまり、誰の記憶にもその人のことが残らない。最初から存在してなかったことにされてしまうの。・・・みんなそんな風にはなりたくない。だから、闘って人の影を喰らって延命しようとする。これが『影喰同士が殺し合わなければならない』理由よ。」


「えっ・・・何なの…それ…」


僕は言葉を失っていた。『誰も争わなければ、みんな生きられる』…そんな甘い世界ではなかった。自身を延命させるために他の影喰を喰らう。もし影を喰らわなければ、時間経過の侵食で自身の存在が消えていく。存在が消えたものは誰の記憶にも残らない。父さんの記憶からも、母さんの記憶からも、学校の友人たちの記憶からも、そして目の前の紫音さんの記憶からも…僕が抹消される。僕がいなかった体の世界でそのまま時が進む。・・・イヤだ。そんなの絶対にイヤだ!!あまりにも悲しすぎる。惨すぎる…

僕は何で影喰なんかに選ばれたんだ。望んでなったわけでもないのに。誰が何の目的でザンドラなんて世界を作ったんだ。行き場のない憤りを感じる。こんなの誰も幸せにならないじゃないか!

僕はここにきて初めて、自分の置かれている立場を理解した。

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