第10話 彼に全てを

「ねー一体どうなってんのよ! 各地から魔獣の死体に関する苦情の山! 早くしろ早くしろってもーうるさいっ! なんだよこれっ!」

 執務室のテーブルに置かれた山のような嘆願書をクラウネス王は手で叩き払った。いくつかの封書が吹き飛び床に落ちていく。傍らのセルジュはそれを無言で拾い、手に持ったまま王の隣に立ち続けた。

 執務室にいるのはドールボク国防大臣、アルカード農林大臣、イッソーラ教皇だった。ゴウラ元帥とハルビネス神殿騎士長はゲノザウラーの搬出計画に参加しているため、今日の偽時には不参加となっていた。

 いつも何かと文句を言われ結局引き受けるのは、ゴウラ元帥、そして国王軍だった。しかし元帥が不在の今日は、押し付ける相手がいない。ドールボク国防大臣とアルカード農林大臣は、互いにどうやれば相手に押し付けられるだろうかと考えていた。

「ゲノザウラーの片付けは失敗! 今度は穴掘るって言ってるけどほんとかよー?! ええ?! あいつらなんか全然信用できないよ! それに雑魚魔獣の死体は手つかずで放置! ねえ、国防大臣、農林大臣……何か手はないの?」

「手と申されましても……」

「左様ですな。部下たちにも思案させてはおりますが……」

 はっきりとできないとは言わず、曖昧な言葉で二人は逃れようとしていた。いつもならここで元帥に矛先が向くが、今日はいない。教皇は権力を持っているが動かせるのは信徒だけだ。その数は多いが、しかし一般人を動員すれば国への不満が一気に高まる。そのため国王も教皇に対してはそれほど無理難題を押し付けることはできなかった。

 となるとドールボクとアルカードの一騎打ちである。どちらがババを引かないかという程度の低い戦いではあったが、しかし絶対に負けられないゲームだった。

「えーとほら、国防大臣。最近道路とか橋とか作ってるじゃない? それもほらあれ……固まる奴使って……何だっけ?」

「コンクリートでございましょうか?」

 セルジュの言葉に王は膝を打つ。

「そうそうそれそれ! そういう大規模な工事の中にさ、土とかと一緒に魔獣を埋められないの? 道路も延長が長ければ結構な土の量でしょ? なんとかならない? コンクリートに混ぜるとかさー?」

「いやはや、それは無理な事でございますな。土も柔らかいものと考えられておりますが、それぞれに性質がございます。何度も人や馬車に踏まれても沈まない良質な土を使うことが肝要でして、それに魔獣のようなものを入れれば……やがて腐りその部分が沈んでしまうでしょう。そうなれば普請はやり直し。せっかくの横断街道も意味をなくしてしまいます。コンクリートに混ぜることもまた同様。例えるなら、焼き菓子の中に氷を仕込むようなもの。最初は形を保っていてもやがて溶けて空洞となり、更に周囲の生地を濡らして価値を損ねてしまいます。構造物の中に魔獣を埋めるというのは、ちょっと、いやかなり、問題のある事かと」

「えー、駄目なの? じゃあ農林大臣。そっちは? 例えばシャッハ森林は広いからさ、魔獣の死体を集めて奥の方に置いてきたら? あの辺は立ち入り禁止だし畑もない。木ばっかりなんだからさ、いくら死体が腐ったって困らないんじゃない?」

「いえ、国王。それは無理でございます。まずシャッハ森林には細い林道があるだけで大きな道はございません。そこに何万、何十万の魔獣の死体を持っていくことはまずもって不可能かと。もし仮にある程度の道を整備するにしても、それだけで相当の期間を要するでしょう。そうですな、国防大臣?」

「……確かにそうでしょうな。シャッハ森林の大半は人跡未踏の地。草は茂り木の根は深い。それを開墾し道を通すとなると、それだけでも大工事となります」

「ええー?! 無理なの? じゃあさ、舟運は? オンテラ川あるじゃないー? あそこはそんなに急な川じゃないからさ、船で上流に持ってって、そこから森の中に運べばいいじゃん? 櫂で行くのは無理でも人足で引くとかさ? 浅いじゃんあの川?」

「舟運なら、あるいは可能やもしれませぬ。しかしそもそもの問題がございます。聖なるオンテラ山の足元に広がるシャッハ森林。そこは聖なる森でございます。立ち入り禁止になっているのもそのためです」

「そりゃー知ってるよ。聖なる森。そりゃすごいよ。でも緊急事態でしょ? 国民全体のこと考えたらちょっとくらいは多めに見てもらわないと困るよー!」

「事はこの国の財政にも及びます。シャッハ森林の木材は上質であり、また聖地の樹木として高値で取引されております。厳密に管理し毎年の出荷量は制限していますが、これは我が国の非常に重要な財源です。出した分は安定した高値で売れ、この国の安定した収入源となっているのです。その森に魔獣の死体を遺棄したと分かればどうでしょうか? 木材の値は下がり、ひいては国庫にも影響が出ます」

「そうなの? 木でそんなに儲かってるんだうちの国ー。知らなかった、ははっ! で、いくらくらい?」

「割合で申せば、国庫収入の約六%です」

「六パー?! 結構大きいね! 今でもピーピー言って国債出してるのに、そこにドカンと木材の六%が来る! こりゃ参ったな。駄目です。無理。シャッハ森林は守りましょう」

「ご理解いただき恐悦至極にございます」

 アルカード農林大臣はほっと胸をなでおろす。となりのドルボーク国防大臣は心の中で舌打ちしていた。よくもまああんな言い訳が思いつくものだ。大臣としての資質に欠けるのではないか? 自分のことを棚に上げ、そう思っていた。そしてそれはアルカード大臣も同様だった。

「教皇は……無理か。司祭に祝福してもらったって死体は消えないしね。あっ、そーだ! いいこと思いついた!」

 クラウネス国王は右手の人差し指を立てて前に出した。

「魔獣は魔獣が食って綺麗にしてたんでしょ? じゃあその死体を食う魔獣だけ蘇らせてさ、綺麗にしてもらおうよ! 食った分はうんこになるのかな? でもうんこは問題ないみたいだからさ、全部食ってもらってうんこにしてもらおうよ~! 名付けてうんこ作戦! どう、教皇!」

「魔獣の死体を蘇らせるとは……それは、教会の術には死体を蘇らせる術は確かにありますが、それは人間のためのものです。魔獣となると体の構造も違いますし、術式を組み替える必要があります。仮にできたとしても……魔獣たちは死んでからずいぶん時間がたっています。半月ほどですか? そうなると生者を蘇らせるというより、腐敗した死者を操る術の方が近いかと。つまり外法の術でございます。それを教会がやるのはもとより、たとえ市井の術師であっても、そのような術を認めるわけにはまいりませぬ」

「えー?! 死霊術になっちゃうのかー! まあそうだよね。もう腐ってべろんべろん。あんなの動いたってゾンビと一緒だわな」

 クラウネス国王は深いため息をついた。

「駄目じゃん。結局ここで話してたってなーんにもならない。決まらない。進まない。全然駄目だねー、時間の無駄。あーあ」

 国王は椅子の背もたれにどっかりともたれかかる。呆けたような顔で遠くを見つめていたが、次の瞬間に怒りを爆発させるかもしれない。大臣達や教皇はそのことをよく分かっていたので、ただ黙ってやり過ごそうとしていた。

 セルジュが国王の後ろから一歩前に出て、発言した。

「勇者ソーディアンがゲノザウラーの件の責任者となっております。その他の魔獣の件についても、彼に一任してはいかがですか?」

「えー? で、どうすんの? 出来んの? 役に立ってないじゃん?」

「ある意味では最も魔獣に通じている男です。何か妙案を閃くやもしれません。それにもし何かあっても、それは勇者の責任ということになります。勇者はとかく目立つもの。目立つついでに、責任も背負ってもらってはいかがでしょうか?」

「……セルジュ」

 国王はセルジュの方を向き、目をギラリと光らせた。

「いい案じゃない? まーとにかくさ、責任者決めないと! その通り! さすがセルジュ、よく考えてるねー! うまくいけば良し! うまくいかなくてもそれは勇者の責任! ひとまず私への不満はかわせるわけねー。それで行きましょ」

 国王は手を打った。

「はっ。ではそのように」

 セルジュが頭を下げ、王は席を立ち自室に戻っていった。難題を押し付けられなかった大臣たちはにこにことしながら部屋を出ていった。

 セルジュは窓から見える空に目を移した。雲はなく、どこまでも高い青空が広がっていた。

 あの空の向こうに天がある。そして、人の理解の及ばぬ世界がある。

「ソーディアン、君は決断したのか? でも答えは一つだよ。残念ながら」

 セルジュはしばらく空を見つめていたが、自分の仕事を片付けるために執務室へと戻っていった。

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