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 調査中止から一週間後、龍ノ森湖は釣り人で賑わっていた。

 怪獣出現を機に、でかい魚が急に釣れるようになり、口コミやニュースで人気スポットになったのだ。

 一方で、どでかい蜘蛛や蠅、蟻、蜂を見たとか、数メートルもある蛇を見たなどの怪情報も囁かれるようになった。

 そしてとうとう地元警察から特総研に、噂の真偽を確認して欲しい、と特殊生物対策課の浜口課長を通して依頼が来た。

 本来なら科学特防隊に依頼が行くのだろうが、何せ対象は怪獣と違って小物である。そんな怪しげな噂では特防隊に門前払いされるのがオチだ。特捜研に依頼が来ても不思議はない。

 所長の沼田は岡田を呼んだ。

「岡田君、すまないが若いのを連れて明日現地調査に行ってくれんかね。こういう不確定情報でも浜口課長の要請では断れんからのう」

 岡田はフィールドワークが好きなので、こういう仕事を人に振ったりはしない。所長もそれを承知で頼んでいるのだ。

「貴志君、森野さん、明日一緒に来てちょうだい」

 次の日、岡田は二人を連れて朝から調査に出発した。

 岡田達の出発から少しあと、沼田所長の元に別棟にある化学分析班から報告書が届いた。岡田が依頼した怪獣肉片サンプルの分析結果である。

 沼田所長はそれを読むと「成る程ね」とひとりごちた。

「所長、で、分析結果はどうでした」

 と南原が尋ねた。

「ええと、つまるところじゃが、怪獣の肉片は酸素に触れると急速に溶解し液状化するそうじゃ。液状化成分は成長ホルモンに似た作用が認められ……、それは地球の生物に見られない分子構造を含む新種の成分だそうじゃ」

「つまりあれは宇宙怪獣だった、ということですか」

 所長はゴホンと咳払いして添付の写真を提示した。被検体のアリがわずか三日で三倍に成長した写真である。

「所長、それって、例の目撃情報の……」

 みんなが同時に声を出した。

「あっ! それだ」


 その頃ファルコンでは、

「岡田さん、数メートルの蛇って、日本にはいませんよね。ガセネタじゃないですか」

 と森野が話を振った。

「ペットで飼われていたニシキヘビが逃げ出したとかじゃないですか」

 貴志が見解を披露する。

「アオダイショウは通常百五十センチ、ハブでも二メートル前後かしら。でもいないとも限らないわよ。怪獣が出現した影響かもしれないし」

 岡田が返事すると

「そんなこと、あるんですかね」

 貴志が懐疑的な意見で閉めた。

 ファルコンは暫く飛んで龍ノ森湖に着いた。

「この前みたいに湖水は青くなっていませんね」

 前回と同じ場所でホバリングしていると下から手を振る人がいる。

 着陸して三人がファルコンから降りると、前に見た顔の警察官が走り寄ってきた。県警の巡査部長が案内してくれると聞いていたが、山下のことだったようだ。

 巡査部長だったんだ。へえと貴志は思った。

「先日はどうも。ここの駐在の山下です。今日はわざわざすみません」

 そう言って、山下巡査部長は敬礼した。

「さっそくですが、目撃情報の大半は龍ノ森湖の東の湖畔に集中しています」

 山下巡査部長は目撃情報をまとめた地図を岡田に差し出した。

「岡田さん、怪獣の肉片が飛び散った辺りですね」

「そうなんです。私は怪獣が原因じゃないかと思っているんですが……」

 山下巡査部長がそう思うのも当然である。

 貴志でさえそう思うのだ。

「森野さんは機上待機でお願い。貴志君、行くわよ」

「あの、私も同行した方がいいですか」

 と山下巡査部長が尋ねた。

「もしお手をお借りする場合はご連絡致しますので、戻っていただいて結構です」

「そうですか、それじゃ私は駐在所に戻りますので何かあれば連絡してください。それと最近、熊の目撃情報がありますので、注意して下さい。それでは失礼します」

 そう言って山下巡査部長は敬礼して帰って行った。

「山下さんから貰った地図だと、目撃情報はここが多いですね」

「早速そこを調査よ」

 地図を見ると、ここから東へ五百メートル先に簡単な遊具を備えたアスレチック広場があり、そこが森への散策道の出入口になっている。散策道は曲がりくねったU字形をして、森の中を四キロほど散策すればまたアスレチック広場に戻れるようなルート設定になっていた。

 この散策道の一番奥の休憩所近辺で、目撃情報を示す多数の印が付いている。

 早速アスレチック広場に行ってみたが、平日のせいか誰もいない。

「このコースに沿って森に入りましょう」

 貴志と岡田は散策道に沿って周辺調査を始めた。特に変わった様子もなく森の奥の休憩所近くまで来たときだ。

 不意に岡田が「ひぃあっ」と妙な声を出した。

「岡田さん、どうしたんですか」

「今なにか足元をかすったわ」

「そろそろ目撃情報が多数ある場所です。注意してください」

 暫く歩くとまた岡田が妙な声を上げた。

「何か足元で動いたのよ」

「エッ……。何もないですよ」

「たしかに何かが通ったのよ」

「じゃあ次はしっかり見といてください」

 岡田は「分かったわ」と言って貴志の後ろへ回った。貴志の後ろを歩きたいらしい。

 ここら辺は少し高木が多いので日差しも弱く鬱蒼としている。いかにも森の中という感じだ。

 足下をみると三センチくらいの、でかい蟻が数匹うろちょろして、上を見ればでかい蜘蛛の巣が目にとまった。

「岡田さん、ほら、あれを見てください。あんな見事な蜘蛛の巣は、今まで見たことがありませんよ。雀くらいなら取れるんじゃないかな」

 そういって貴志は蜘蛛の巣を指差した。巣の中央には十センチくらいのでかい蜘蛛が貼り付いている。

 貴志が蜘蛛の巣に見とれていると、岡田が突然「ギャッ」と悲鳴をあげた。

 岡田の傍らを優に五メートルはありそうなアオダイショウが、身をくねらせながら悠然と進んでいた。

 これには貴志でさえ、うわっと声が出そうになった。

「情報は本当でしたね。一旦ファルコンに戻って、防護服を取ってきましょう。いきなり噛まれでもしたら大変なことになります」

「そ、そうね、そうしましょう」

 岡田の声が上擦っている。

 二人は一旦ファルコンに戻ることにした。

 戻り始めて暫く歩いたところで、

「た、た、貴志、くん」

 なんか壊れたテープレコーダーみたいな声がして、貴志が振り向いた。

 岡田は真っ青な顔をして、頬が引きつっている。

「どうしました?」

 岡田が恐る恐るゆっくりと後ろを向いて、指で右の腰辺りを指さし、泣きそうな声を出した。

「取って、早く取って!」

 何事かと思って貴志が見ると、八センチくらいはありそうな、ものすごくでかい蜂が岡田の腰に止まっていた。

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