ただいま

 ベルゼウス討伐の旅に加わる、そう決めたときから考えていた。

 目的を達成したあと、俺は何をするのだろう。


 モンスターを退治した森で、木こりの生活?

 妻も娘も失って、ひとりになって、殺伐とした戦いの日々を過ごした俺に、元の暮らしに戻るだなんて到底無理だと思っていた。


 自慢の腕っぷしで、傭兵にでもなろうか?

 人の暮らしを脅かすモンスターならさておき、人と人の殺し合いに加わるなんて、反吐が出る。


 昔馴染みのレスリーを頼って、格闘の興行でもやるか?

 俺にとって最も幸せだった時間は、妻と娘と森で暮らした穏やかな日々だ。見世物の喧嘩をして歓声を浴びるなんて、レスリーには悪いが望んでいない。


 仲間たちに尋ねようとも考えたが、答えが見えており、聞くまでもなかった。

 ブレイドは、ベルゼウスの領地を得るだろう。奴の人望と統率力ならば、いい町、街? いや、国が出来るに違いない。

 ホーリーは白魔術教会に帰るそうだ。きっと、世界を救った聖女としてまつり上げられる。

 シノブも、東の島へ帰ると言っている。留守を頼んだ仲間たちを思い出しては、遥か東の夜空を見つめている。


 俺は失ったものを取り戻したい、ただそれだけだった。

 同時に、失ったものは二度と戻らない、それもわかっていた。

 目標の先を見失ったのは、俺だけだ。


 俺は絶望の淵に立った。

 ひび割れた荒野と厚く暗い雲を貫くように建つ黒魔女グレタの館へ、ついに辿り着いたのだ。

 グレタを倒したあと、草も生えない荒野に立ち尽くし、真っ黒な雲に覆われるのは、俺だ。

 それでも、俺は『真実の斧』を振り上げる。

 これが俺の、終わりのはじまりだ!!


 そのとき扉が開き、真っ黒な光が胸を打った。

 そう、ミルルだ。俺より先に絶望し、俺を奈落の底に叩きつけた少女。

 そして、俺に新たな目標を与えてくれた少女。

 その目標とは──


 …  …  …


「ブレイド、オアシスの領主にならないか?」

「ミルルが作ったオアシスか?」

「ベルゼウスに代わって、どこかを統治することになるだろう。オアシスだから当然、水もある。建材や食料を届けられるし、仕事だって手伝ってやれる。困ったことがあったら、すぐに駆けつけられる。どうだ?」


 するとブレイドは、いたずらっぽくも頼もしい笑顔を見せた。

「これからは、ベルゼウス亡きあとの領地争いが起こるだろう。その平定が、俺の務めだと思っていた。かつての城に近いオアシスは、それに最適の土地だ」


 続いてレスリーが、やれやれといった苦笑いをして見せる。

「勇者様ひとりに、いい格好はさせられねぇ。俺も手伝わなきゃいけねぇな。ますますデリスターが退屈な町になっちまうぜ」


 そしてシノブが緊張を解き、優しく微笑む。

「私も、そうしよう。ミルル、アックス、ずっとそばにいるから、遠慮なく頼ってくれ」

「オアシスでいいのかい? いっそ、館に住めばいいじゃないか」

 ニヤニヤしながらレスリーが言うと、シノブは真っ赤になってうつむいた。


 それって……もしかして──。


「アックス……私なんかで、いいかな?」

「シノ──」

 ハッと息を呑む俺を、レスリーが羽交い絞めにして脇腹を小突いてきた。

「この鈍感色男めが! この! この!」

「や、やめろレスリー! こんなときに……」


 ブレイドに解放された俺は、目を泳がせているシノブと向き合った。こっちまで恥ずかしくて、まともにシノブを見ていられない。


「あの……宜しく、アックス……」

「俺でよければ……宜しく……」

 そこへミルルが割って入り、爛々らんらんと輝く瞳で俺たちふたりを交互に見つめた。

「シノブお姉さまが、私のお母様になってくれるの!?」


 屈託なく事実を告げられて、俺とシノブは目を背け合った。そこへレスリーが、俺たちふたりをまとめて捕まえ、半ば無理やりくっつけた。

「照れてるんじゃねぇ! こっちまで恥ずかしくなっちまう!」

「おめでとう、シノブ、アックス。結婚式は僧侶のホーリーに取り仕切ってもらうか?」

 さっそくブレイドが仕切っているが、ホーリーはどこか寂しそうだ。


「そうね……ふたりの結婚式が、僧侶として最後の仕事になるわね」

「ホーリー、お前は……」

「私は、白魔術教会を抜けるわ。それでね、このオアシスでミルルが作った薬を売るの」


 僧侶として罪を重ねたホーリーは、自分なりのつぐないい方を考えていたのだ。

 その答えが、黒魔女のミルルに手を差し伸べること。

 俺たちは、これからミルルの館とオアシスで、新しい道を歩き出すんだ。


「それじゃあ、みんなのお家が必要ね!」

 ミルルが空に手を伸ばすと、崩壊した城の瓦礫が飛んだ。

 通りを駆け抜けオアシスを覗うと、瓦礫は湖畔に積み上がり、あっという間に城が築かれた。


「凄いぞ、ミルル! 魔法が上手になったな!」

 手放しで褒めたのもつかの間、一番デカい瓦礫が館の屋根を貫いた。


 ズガアアァァァァァァァァァァンンン!! ……


「大変! 中にクロがいるのよ!?」

「賢い子だから、きっと大丈夫だ!」

「ドワーフさん、手伝ってくれるかしら!?」

「力自慢のオークもいるぞ! みんなでやれば、早く終わる!」

「わっ……私も行く!」


 ミルルと俺、そしてシノブ……いや、家族3人で館に飛び込んだ。壁だけを残して中はボロボロだ。クロはすんでのところで逃げ出しており、窓の外から俺たちを不思議そうに見つめていた。


「クロ! さすが、お利口さんね!」

 ミルルが外に飛び出して、石積みの筒になった館には、俺とシノブだけが残された。

「ところでシノブ、グレタがみんなに掛けた呪いとは、何だろうな」

「ずっとミルルのそばにいるように……ではないかな?」


 そうか、そうに違いない。

 みんなはミルルが作ったオアシスで、シノブは俺と、そしてミルルと一緒に暮らすことを選んだのだから。


 さてと……まずは家を直さないとな。

 俺たち家族の、新しい家を。

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魔女の育て方 山口 実徳 @minoriymgc

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