いってきます③

 モンスターを追っていると、ブレイドが小声で話しかけてきた。

「アックス。この森に俺たちを連れてきたのは、何か意図があるんだろう?」

 ブレイドの言うとおりだ。足りない頭で考えて導き出した道筋を、ベルゼウス討伐を目標とする彼らに示したかったのだ。


「世界は、この森のようにならないだろうか」

 ブレイドは何かを察したようだが、走りながらでは俺の思考にまで至らないのか、あるいはそれを拒んでいるのか、俺を不思議そうに横目で見るだけだった。


「ドワーフはゴブリンが作った酒を、ゴブリンはドワーフが作った道具を交換して、大きな争いをせずに暮らしている」

 ブレイドは前を見据えて押し黙った。想像したとおりであったようだが、固く結んだ唇から素直に肯定出来ないことが窺える。


「ブレイドも、ミルルから薬を買った。その引き換えではないが、ミルルは世界を広げている」

「……お前の言いたいことは、わかった。だが、アックス。俺たちがベルゼウスから何を得る? ベルゼウスは何をもたらす?」

 今度は、俺が押し黙った。

 荒涼とした大地、光が差さない森、モンスターが蔓延る世界を築こうとしているのは、ミルルやベルゼウスが暮らす環境を見ていればわかる。

 俺たちの望みとは真逆の世界に、俺たちが望むものはあっただろうか。


 いや、諦めてはいけない。押しかけでも父親として、ミルルにとって幸せな世界を築く責務が俺にあるんだ。

「形あるものだけが、俺たちの望みか? ミルルは形のないものを得て、喜んでいるじゃないか。森を二分する通りと同じように境界を決め、互いを認め合い、争いのない世界を約束をする。それでは不十分か?」

「夢物語はおしまいだ。前を見ろ、現実が待っている」


 木立の隙間から枯れた大地が、その向こうにはミルルが作ったオアシスが小さく見える。

 だが俺たちの視線を奪ったのは、手にした斧を縋るように掴んでいる職人たちと、彼らに睨みを効かせるモンスターの背中だった。


 俺は、彼らが助けを求めるより先に一喝した。

「何をしている! 危ないから勝手に木を切るなと言ったはずだ!」

より、助けてくれ! あんた、勇者だろう!?」

 名指しされたブレイドは職人の前に躍り出て、モンスターに切っ先を向けた。これにレスリーもホーリーも加勢する。

 

 ヒュドラが跳ね飛び、牙を剥いて襲いかかる。

 ブレイドが無数の首を一閃すると、残った身体が鋭い息を吐いて消えた。


 茂みからロック鳥が飛び上がり、鉤爪かぎづめを開いて襲いかかる。

 レスリーの拳が腹を捉えた。ロック鳥はくの字に折れ曲がると、叫び上げて仰け反って消えた。


 木立の影からグリフォンが駆け出した。間合いは一瞬で詰められて、開いたクチバシが職人の首を狙う。

 ホーリーの白魔術が氷を生み出し、すんでのところでグリフォンを拘束した。次の瞬間、炎に包まれ灰のひとつも残さず消えた。


 剣を仕舞ったブレイドは、頭を下げる職人たちに厳しい視線を向けていた。

「この森には、まだ無数の魔物がいる。素人の手に負えるものではない、もう近寄るな」


 職人たちが逃げるように立ち去ると、ブレイドは苦々しくうつむいた。

「アックス……お前はミルルの幸せを叶えるために、俺たちをここに連れてきたのだろう」


 そうだ、ブレイドの言うとおりだ。

 そして、ミルルの幸せが世界の幸せに──。


「だがな、アックス。この旅は俺たちだけのためじゃない、みんなの願いを背負っている。この旅は、みんなの幸せを叶えるためにあるんだ」

「ともに旅をしていたんだ、わかっている。だがブレイド、わかってくれ!」

「……その言葉、そのまま返すよ……」


 レスリーは、丸まった俺の肩をポンと叩いた。

「アックス、今すべきことをしようぜ。ドワーフのところに戻ろう」

 俺はレスリーに背中を押されて、みんなの先頭に立たされた。今まで歩いてきた道を、戻るために。


 ドワーフに酒と網を手渡して、通りに戻ると館の前で土煙が上がった。

「何だ!? 何があったんだ!?」

「きっと、ミルルが帰ってきたんだ……」


 案の定だった。

 玄関先でミルルとシノブがのびている。窓から入らなくなっただけ、魔法が上達したようだ。

「イタタ……アックス、ただいま」

「おかえり、ミルル。早かったじゃないか」

「まだ遊ぶって言ったのに、シノブお姉様ったら遅くなるから帰ろうって言うのよ」

 ミルルは残念そうに眉間にしわを寄せて膨れている。忍の里が、よっぽど楽しかったのだろう。


 シノブがギシギシと身体を起こして、くらくらしている頭を振った。怪我はしていないようだ、目を回しただけで済んだらしい。

「ミルルの箒が、こんなに早いとは……。確かにまだ遊べたな」

「シノブお姉様、遊び足りないわ! また連れて行って!」

「そうだな、また寄るから一緒に行こう」


 次にシノブが寄るときは、ベルゼウスの討伐が終わったあとだろう。それとも、討伐以外の道筋をブレイドが選ぶのだろうか。

 そのとき、ミルルはシノブを迎えられるのか。


 森のモンスターを倒したとはいえ、彼らの心は揺れ動いている。シノブが戻り、まもなく旅立つ今となっては、この行く末をブレイドに託すしかない。


 ミルルが鼻息荒く歩み寄る。

「アックス、忍術って凄いのね! シノブの先生が、こ─────んなに大きいカエルを出したのよ!」

 ミルルの小さな身体では、両手を目一杯伸ばしても、どれだけ大きかったのかを表せられない。


「なるほど、それは凄いなぁ……」

 その大きさは、知らず識らずのうちにミルルが召喚していた巨大カエルで、うかがい知ることが出来た。

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