いってきます②

 通りを横切る小川から、ドワーフの森へ入っていった。優しい木漏れ日が降り注ぎ、せせらぎが耳をくすぐる。深呼吸をしてみれば、青葉の香りが身体中に沁み込んでいく。食後の散策に、ピッタリだ。


「英気を養うとは、このことだなぁ」

 ブレイドは気持ちよさそうに伸びをして、森の恩恵を全身で享受している。

「こんな気持ちになれたのは、久しぶりね。ありがとう、アックス」

 ホーリーは咲く花、踊る蝶、さえずる鳥に目を奪われている。

「おっ? あれがドワーフの集落か?」

 レスリーが小川の先、思い思いの場所に建っている丸太小屋を指差した。


 小屋の外ではドワーフたちが木槌を打ってノコを引き、人間サイズの家具を作っている。ひとりが俺たちに気がついて、作業を止めた。

「よお、旦那! 僧侶の姉ちゃん、大丈夫だったかい?」

 気軽な挨拶だったが、ホーリーも俺もチクリと針で突かれたようになる。

 真実を明かす覚悟が決まらないうちは、強引にでもはぐらかして話の流れを変えるしかない。


「ええ、お陰様でスッキリしたわ、ありがとう。それより、何を作っているの?」

「オアシスに納める家具だ、旦那が注文を取ってくれたんだ」

 みんな『オアシス!?』と、裏返った声を揃えるほど驚いている。

 はじめて来たときは荒野で、2回目にはこの森が出来ていて、この3回目にはオアシスだ、驚くのが普通だろう。


 ドワーフは、おもむろに小川を指差した。そこは俺たちが来た方向、通りを横切ればゴブリンの森だ。

「あっちの向こうに、嬢ちゃんが作ったオアシスがあるそうなんだ」

「星を堕としたら窪みに水が湧いて、オアシスになったんだ」

 補足しても、みんなはポカンとするばかりだ。


 そりゃあ、そうか……。

 毎日一緒にいる俺だって驚くことばかりだが、目の前で起きているし、事実はそれ以上でもそれ以下でもない、ありのままに伝えるまでだ。

 俺もドワーフもゴブリンも、恐らくベルゼウスも、すっかり麻痺してしまっている。


「ところで、作業の途中じゃないのか? 俺たちに構わずやっていてくれ」

 するとドワーフはニヤリと笑い、大工道具を仕舞って酒瓶を取り出し、その場でドカッと座ってしまった。

「丁度キリのいいところだ、今日の仕事は終わり終わり!」

と、酒を飲みはじめた。もちろん、ルビーベリー酒である。


 酒瓶を煽り、湿った髭をグイッと拭った手の甲が、薄っすらと赤く染まっている。ホーリーは、怪訝な表情を浮かべずにはいられない。

「すっかり、それがお気に入りだな」

「ああ。こいつがなかったら、とっくに森を出ちまっているかも知れねぇな」


 もう一口……といきたいところ、もう一滴しか出てこない。せっかくの酒がなくなってしまい、ドワーフはしょんぼりと背中を丸めた。

「やれやれ、もう飲み干したのか。よかったら、取ってきてやろうか?」

「すまねぇな、旦那。宜しく頼むぜ」

「なぁに。これくらい、お安い御用さ。みんなも一緒に行くか?」

「一緒に? どこへ?」

 ブレイドもレスリーも、こんな森のどこに酒があるのかと狼狽えている。

「ゴブリンの森だよ」

 当たり前のように放った俺の言葉に、ホーリーは固く唇を結んでいた。


 通りを横切り入った森は変わらず暗く、小川のせせらぎもドロドロといている。おどろおどろしい雰囲気に、ブレイドたちは険しい表情を覗かせている。


 そこへゴブリンが通りかかった。歩くキノコを捕まえようと虫取り網を被せてみたが、スルリと通り抜けてしまった。

 俺がすくい上げるようにキノコを掴むと、そのゴブリンはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。付き合ってわかったが、彼らはこういう笑い方しか出来ないのだ。


「すまねぇな、旦那。網が破れちまったんだ」

「なぁに。世話になったんだから、このくらい。その網の修理をドワーフに頼んでおこう。ところで、酒は仕上がっているか?」

「ドワーフの奴ら、もう呑んじまったのかい!? ほどほどにしとけって、言っておいてくれ!」

 呆れながらもゴブリンは、木のうろで作った酒を瓶に詰めて渡してくれた。憎まれ口を叩かずにはいられない、これも付き合ってわかったことだ。

 いい気分にはならないが、もうすっかり慣れてしまった。


「ドワーフによく言っておくよ、ルビーベリーがなくなっちまうってな」

「ところが、その心配はねぇんだよ。摘んだそばから実るし、木の洞に入れればすぐ酒になる」

と、嬉しそうに困っている。

 生育の早さは、ミルルがルビーベリーを願って作った森だから、だろうか。ともかく、特産品が出来たことは喜ばしい。


 ニヤニヤしていたゴブリンが、途端に険しい顔になった。こちらも気を張らずにはいられない。

「旦那に相談なんだが近頃、森の外側が騒がしいんだ。気になるところだが、俺たちザコには荷が重い。ちょいと様子を──」

 そのとき、枝葉が荒々しく揺さぶられた。

 ヒュドラが地を這い、ロック鳥が飛び立って、グリフォンが木立の間を駆け抜けていった。どれも同じ方へと向かっている。

 彼らによって木々が破裂し、真っ暗な森に光が差した。神々しく見える光明に、ゴブリンは畏怖して震えている。


「ブレイド、レスリー、ホーリー。この森で何かあったらしい、一緒に来てくれないか?」

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