ないしょのお話①

 グレタたちの墓前で朝日を浴びた。

 ホーリーから真実を聞いた俺は、森をあとにしてから館に入る気になれず、ただただぼんやりと墓石を眺めているだけだった。

 身体が次第に温まり、ようやく話を反芻出来るようになる。

 思い返したくない話を、だ。


 ☆  ☆  ☆


「そんな……。確かにグレタが森を燃やして……嘲笑って……」

 森に火を放ち、上空でケラケラと嘲笑うグレタを確かに、この目で見た。だから3年間恨み続けて、敵討ちのために館へ来たんだ。

 それが……俺の見間違いだというのか……?


 こんなことは冗談にもならないし、嘘を言ってもホーリーは何の得もしない。信じられないことだが、真実としか考えられない。

 身体を屈めてホーリーの肩を掴み、震える視線を真っ直ぐ向けた。

「何故……何故、森を燃やした。……何故だ!!」


 呼吸さえ躊躇っているホーリーは音を殺して息を吸い、3年前の出来事を淡々と語りはじめた。


「ローゼンヌの森を訪れる黒魔女と錬金術師の噂があったのは、知っていたかしら」

 木こりという仕事の都合上、俺は森の真ん中に暮らしていたから、森の外側については知らないことばかりだ。

 そして、その黒魔女と錬金術師はミルルの両親ではないか。

 そう気づいた瞬間、俺の頭には考えるのも憚られる最悪なシナリオが浮かび上がった。


「教会の命を受け、ローゼンヌの森を見回りしていたの。そのとき、噂の若い黒魔女と錬金術師がやって来たわ。黒魔術で隠していたのね、詠唱をすると悪魔の実が現れたの」

 元は、グレタが作った魔女の森だ。切りひらかれて明るくなったとはいえ、多少の名残があっても不思議はない。

 そしてふたりは、ルビーベリーが人目につかぬよう、魔王城のように魔法を掛けていたのだ。

 それでは、暮らしていた俺でさえも気づかないわけだ。


「聖職者として、見過ごすことは出来なかった。木を切り倒す術がなかった私は、悪魔の実だけを燃やそうと火を放った……」

 出会った頃のホーリーには、それだけの白魔術しか扱えなかった。森を焼き尽くすなど、考えられない。


「黒魔女と錬金術師は、必死になって火を消そうとしていたわ。私などには目もくれず……」

 きっと、ミルルのためにルビーベリーを採りに来たのだろう。愛娘が楽しみにしている木の実を守りたかったのだ。


「そのうち、煙に巻かれてふたりは……」

「助けようとしなかったのか!?」

「聖職者だから! ……私は」


 白魔術の僧侶として、苦しむふたりに手を差し伸べられない立場なのだ。


 だからって……だからって!


「彼らが倒れた頃には、炎が森へと燃え広がってしまった……。私が、彼らを救えない立場だったばかりに……」

「それから、ようやく消そうとしたのか?」

「……もう、遅かったのよ。私の手に負えないほど、炎の勢いが増していて……」


 ◯  ◯  ◯


 顔を洗いに、ブレイドとレスリーが欠伸あくびをしながら玄関を開けた。

「おはよう、アックス。やっと帰ってきたか」

「一晩中、森にいたのか。さすが、木こりだな」

「おはよう。今、朝飯の支度をするから、待っていてくれ」


 ミルルとシノブは、起きているだろうか。

 ミルルの箒に乗れば、あっという間に着くかも知れないが、東の島は大陸の果てにあって、かなり遠い。あまりのんびりしていると、遊ぶ時間がなくなってしまう。

 島の話で夢中になって、夜更よふかししていなければいいのだが。


「またパンケーキで、いいか? ミルルの大好物なんだ。そうそう、森で採れた木の実を砂糖煮にしてあるから、一緒にどうだ? 甘酸っぱいからパンケーキに合うし、目が覚めるぞ」

 彼らと入れ替わりに玄関へ向かう俺は多弁で、逃げるような素振りを取ってしまう。不審に思うのが当然だろう、ブレイドが妙な顔をして尋ねてきた。


「アックス、ホーリーはどうした?」


 ☆  ☆  ☆


 森を焼き尽くす魔法がないなら、森の火を消すほどの魔法も持っていない。それでもホーリーは消火しようと必死になっていた。


 そんなときだ、グレタが現れたのは。


「グレタは火を消すため、雨を降らせていたわ。でも、雨粒まで燃やすほど、火の勢いが強かったのよ」


 グレタが消火しようと雨を降らせた、だと?


「次にグレタは、黒魔術で木を切り倒したわ。下草まで燃えていたから、これも無駄だったの。切り倒した丸太に火が移っただけ……」


 奪われたとはいえ、自らが作った森だ。娘夫婦が向かったのも、知っていただろう。必死に消火していたのも、理解出来る。

 それでは何故、火を放ったんだ。


「雨や嵐では手に負えず、木を切り倒しても丸太に燃え移るだけ。そこでグレタは、最後の手段として風上に回って火を放ったのよ」

「風上から……?」

「炎の行く手を焼き尽くそうとしたんでしょう。危険は承知で、それしかないと判断したんだわ」


 俺が見たのは、それだ。

 火消しのため、あえて火を放った。

 しかし炎の勢いがあまりに強すぎて、成す術がないと悟り、笑った。

 ただ、嘲笑ではない。グレタは悲しさのあまり狂った末に笑っていたのだ。


 ○  ○  ○


 玄関扉を開けると、ドアノブを掴んだミルルが引きずられていた。その後ろにはシノブがいる。

「ごめんごめん。おはよう、ミルル。シノブも、おはよう」

「もう、ビックリするじゃない。おはよう、アックス」

「みんな、おはよう。……ホーリーの姿が見えないが、どうした?」


 パーティーみんなの怪訝な視線は、俺ひとりに注がれた。ミルルはキョトンとしたまま、俺たちを順番に見回している。


 ブレイドは念を押すように、もう一度尋ねた。

「アックス、ホーリーに何があった」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る