お買い物に行こう③

 俺たちの前に、薬屋の主人が立ちはだかった。さっきまでとは違う、確信を得て恐怖におびえている。

「この薬……やっぱり黒魔女だったのか」


 薬屋の主人の言葉を合図にしたように、俺たちは一瞬で取り囲まれた。その矛先は黒魔女ミルルだけでなく、抱えて逃げる俺にも向けられた。

「お前、黒魔女に寝返ったか!?」

「悪しき黒魔術の信奉者め!!」

「ふたりとも火炙りだ!!」


 俺たちを囲んでいるのは、屈強な男たちばかりだ。いくら俺でも、束になって来られては自分を守るので精いっぱいだ。

 服屋の主人が、十字架に掲げたミルルの黒衣に火を放った。炎に服が踊らされ、みるみる萎れて灰になる。

「私の服……」

「何て酷いことを……」


 俺たちは耳をつんざく雄叫びに包み込まれた。

 魔女狩りの興奮は最高潮に達し、火炎に染まる無数のやいばが向けられた。


 万事休す……。


 そのとき、小脇のミルルが全身に力を込めた。

「ミルル、お前は何を──」


 俺たちを中心にして、猛烈な風が吹き荒れた。

 服はハンガーから剥がされて空を舞い、野菜は道を転がっていき、魚は地面をのたうち回る。

 窓が割れ、扉が外れ、屋根板が飛ぶと、人々も耐えかねて四方八方に吹き飛ばされた。


「ミルル! やめろ! やめるんだ!!」


 ミルルはうつむいたまま拳を握り、何も答えようとしない。

 俺はミルルを抱きしめた。こうするほかに思い浮かぶ手立てはない。


「ミルル! みんなを、俺を傷つけないでくれ! ミルル自身が傷つくことになるぞ! 俺はミルルに傷ついてほしくないんだ!!」


 風がいだ。

 何もかもを吹き飛ばして残ったものは壁と屋根の骨組みだけの家だけで、辺りは静寂に包まれていた。

「帰ろう、ミルル」

 表情を見せないためか、ミルルはうつむいたままコクンと強く深く頷いた。


 ○  ○  ○


 燃え盛る夕暮れ空を、ふたりで飛んだ。気落ちしているからか、行きより遅いがそれでも速い。

 夕陽に照らされていると、孤児院で見たミルルの顔が思い出されて、脳裏から離れない。


 ミルルが何かつぶやいた気がしたので、身体を丸めて耳を寄せた。この風圧なら、何とか喋ることが出来そうだ。

「どうした?」

「……お肉、置いてきちゃったわね」


 魔女というだけで避けられ、追われ、命までも狙われて、思うところは様々あるだろう。

 そんなミルルが言葉に出来たのは、俺が楽しみにしていた肉を置いていった後悔だけだった。


「しょうがないさ。それに、見ろ」

 俺はポケットから卵を取り出した。

「割らないよう、別にしていたんだ。今日はパンケーキを作れるぞ」


 ミルルは微かに「うん」と頷いた。

 ほんの少し、元気を取り戻してくれたようだ。

 それでいい、今の俺たちには、それで十分だ。


 俺たち白魔術世界が魔女を苦しめたと、ミルルは確かに言っていた。

 ……どういうことだ?


 魔女を苦しめたから反撃を受けた、そんな記録はどこにも残っていないはずだ。

 俺も妻も娘もパーティーの仲間たちも、白魔術世界の人間たちは、みんな魔女が悪さをしたから争いになったと伝え聞いている。

 実際、グレタに何かをした覚えもないのにローゼンヌの森を焼かれたから、敵討ちを決意した。


 じっと前を見据えるミルルに視線を落とした。

 来てみたら、すっかり形を変えてしまったな。


 それとも、俺たちは知らず識らずのうちに魔女を苦しめていたのだろうか。

 それがわかっても気持ちが晴れるとは思えないが、何故グレタが森を焼いたのか、妻と娘の命を奪ったのか、その理由がわかるかも知れない。

 白魔術が魔女を如何に苦しめたのか、ミルルに聞かなければならない。


 恨みを抱くように魔女が言い伝えたのか。

 白魔術世界が都合よく歴史を書き換えたのか。

 誤り歪んでいる歴史は白魔術と黒魔術、どっちなんだ……。


 それと、ブレイドたちに懇願したときに覚悟はしていたが、ミルルと一緒にいる俺は黒魔術世界に寝返った人間として見られているのを、改めて思い知った。

 俺はグレタに俺以外のすべてを奪われたから、魔女を恨む気持ちは理解したい。

 だが、豊かな交易都市で暮らす彼らは、魔女に何を奪われたというのだろう。

 魔女というだけで、これほどまでに恨みを買うのは何故なんだ。


 俺の頭で考えたところで、答えなんか出やしないな。ミルルがいつもの元気を取り戻し、聞けるような機会があれば確かめよう。

 自分を諦め、自分に呆れ、またたきはじめた星を眺めた。


「ミルル! 前! 前! 前─────!!」

 ミルルの目には景色が映っていなかった。

 俺たちは高速を維持したまま、窓から館へ飛び込んだ。

 ミルルの父親特製の回復薬は、まだあるだろうか。


 

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