お買い物に行こう①

「卵と小麦粉……生野菜を食べないと身体に悪いし、干し物でもいいから肉か魚が食べたいな」


 台所の在庫を確かめ書きつけていると、ミルルが螺旋階段を駆け下りて、玄関脇に立て掛けていた箒を掴み取った。

「アックス! 早く行きましょう!」

「待て待て、足りないものを調べてからだ」

「それだけあれば十分よ」


 後ろにキュッとまとめた金髪に、とんがり帽子を被せながらミルルは書きつけを覗き込む。その瞳には、文字なんかひとつも入っていない。生まれてはじめての買い物に、はやる気持ちを抑えきれないのだ。


「あとは俺の服……うん、こんなところだろう」

「終わったの!? 早く早く!!」

「その前に、一番大事なことだ。グレタの財布は見つかったか?」

「お金は少なかったけど、お父様が作ったお薬があるの。売ったらお金になるかしら?」


 ミルルはポケットから取り出した薬瓶を、誇らしげに見せつけた。

「おお! 薬は貴重だ! それで、何の薬だ?」

「眠り薬としびれ薬、毒薬と……ねぇ、媚薬って何かしら?」

「……すまんが、回復薬や解毒薬、気付け薬とかはないのか?」


 金になりそうなものを探し、手放してもいいとミルルが言ったものを、小麦粉の空袋に詰め込んでいく。

 さすが、最強の魔女と錬金術師の家。金になりそうな薬は、いくらでもある。

「袋がパンパンよ。こんなに持っていくの?」

「そう頻繁に買い物出来ないだろう、とりあえず金に替えて、残った分でキャラバンから買おう」

「そうじゃなくて、アックスに持てるの?」

「これくらい大丈夫だ。力仕事なら任せてくれ」


 さぁ、買い物だ。

 目指すはここから最も近いオアシスの町、カタブーラ。歩いて3日の距離を、箒に乗ってひとっ飛びする。

「やっぱり多かったか、重くはないか?」

「これくらい大丈夫よ! しっかり掴まってね」

 鼻息荒いミルルと一緒に、箒に跨る。

 俺にとって、はじめての空の旅。しかもミルルの魔法だから、余計に緊張してしまう。


「もう一度聞くが、ミルルは飛んだことがあるんだよな?」

「もちろんよ! ひとりでは、はじめてだけど」


 ゾワッと鳥肌が立った次の瞬間、俺たちは雲の上にいた。

 ここは……天国か……?

 急激な上昇に耐えきれず意識は朦朧としているが、雲の形が見えないことから、もの凄い速さで飛んでいるのは何となく、いや何とかわかる。


「この辺りかしら?」

 ミルルの声は空中に置き去りにされて、俺の耳には入ってこない。聞こえたとしても、凄まじい風圧に阻まれて返事はおろか、相槌を打つことすら出来ないだろう。


「もう、情けないわね」

 ミルルがクイッと足首を伸ばすと、雲の切れ間に見えた町へと真っ逆さまに落ちていく。

 そこで俺は、ようやく声を出せた。

「あああああ!! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!」


 箒の先にまで地面が迫ると、急減速してフィッと浮き上がり、今までが嘘のようにふわりふわりと着地した。

「ね? なかなかのものでしょう?」

「そ……そうだな。真似しようにも、出来ることではないな」

 目を回して腰を抜かす俺を、ミルルは高飛車に見下ろしている。慌てふためく様子がないから、これがミルルの普通なのだろう。


「あれがカタブーラ? 凄い! お家がいっぱいだわ!」

「……違う……ランドハーバーだ!! 大陸の端の交易都市だぞ!? こんな遠くまで来たのか!!」

 やったぞ! ここなら魚が豊富で、肉も野菜も手に入る。オアシスなんかとは、比べものにならないほど豊かな町だ。

 はやる気持ちを抑えきれず、ミルルを抱き上げ町へと全力で走っていった。


 町の入口で、ミルルは目を丸くして固まった。

「人がいっぱい……」

「こんなにたくさんの人を見るのは、はじめてか。凄いだろう? ここなら何でも売っているぞ。欲しいものがあったら、買ってやろう」

「私のお金よ? 偉そうにしないでくれない?」


 仁王立ちしてフフンと鼻を鳴らすミルルから、やれやれ参ったと視線を逸らすと、町行く人々が怪訝な顔でこちらを見ていた。


 箒……黒衣……黒のとんがり帽子……。


 魔女そのものの格好に、冷たい視線を浴びせていたのだ。

「どうして、あんな格好を……」

「何と忌々いまいましい……」

「魔女の真似事などして……」

 いや、ミルルは魔女そのものだ。なおさらよくない。


 俺は聞こえよがしに声を張った。

「ミルル! 葬式は大変だったな! まずは服を買いに行こう! 楽な格好がしたいだろう!? 箒は門の脇に立て掛けなさい」

「この服が正装だから十分よ? 無駄遣いはよくないわ」


 そうは言っても、やはり女の子。

 ミルルは色とりどりの服を前にして、青い瞳を輝かせていた。

「アックス! 私、この服が欲しい! この服に決めたわ!」

「あつらえたようにピッタリだな。明るい色も、よく似合うじゃないか」


 ミルルが俺の名前を読んだので、服屋の主人が「おやっ?」と片眉を上げた。

「てっきり親子かと思いました、違うんですね」

「ええ、姪なんです! 祖母さんが亡くなって、喪主の兄から預かっているんです」

と取り繕って、何とか切り抜けた。不自然に見えていなければいいのだが……。

「買い物をするので、しばらく服を預かってくれませんか?」

 構いませんよ、と言った主人から訝しげな表情は拭えなかった。


 そんな俺の心配など、まったく気にする様子がないミルルは、上機嫌に店をひとつひとつ回っていた。

「凄いわ! いろんなお店があるのね! ここは何のお店かしら?」

「ミルル、まずは薬屋だ。服を買ったから、もう金がないんだ」

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