一緒に暮らそう①

 家の裏は墓地になっていて、墓石が4つ並んでいた。

「この古いのがお祖父様、これがお父様で、これはお母様よ」

「この、棺が収まっているのは……」

「グレタお祖母様」

「ミルルが掘ったのか?」

「グレタお祖母様が、最期を悟って掘ったの」


 それを見ていたミルルは、どれだけ不安だったのだろう。

 孫ひとりをのこすことがわかっていながら自らの墓を掘るのは、どんな気分だったのだろう。


 ……死期を悟っていたならば、誰かにミルルを託すのではないか?


「もう一方のお祖父さんとお祖母さんと、会ったことはないのか?」

「会ったことも、聞いたこともないの」

 寂しそうにするかと思いきや、ミルルは大興奮で教えてくれた。


「お父様とお母様は、大恋愛だったの! あちらのお祖父様がお付き合いに大反対したから、手と手を取り合って駆け落ちしたんですって!」

 そこまで話すと、夢の中にひたるようにうっとりとしてみせた。

 魔女であろうと、恋に恋する女の子だ。


「ミルル。最近、グレタの元に誰かが来たということは、なかったのか?」

「あなたたちが来るまで、誰も来ていないわ」

「誰かに手紙を送ったり、とかは?」

「そういえば、手紙を書いていたけど……これのことかしら?」


 グレタの棺の真ん中には、1通の手紙が入っていた。


  *  *  *


何よりも、誰よりも大切なミルルへ。


 大きくなるまで、そばにいてあげられなくて、ごめんなさい。

 私はお祖母ちゃんだから永くないのはわかっていたけど、こればっかりは魔法でも、どうしようもないの。

 お父さんとお母さんを守れなくて、ごめんね。

 寂しくないよう頑張ったけど、お祖母ちゃんとふたりきりでは、やっぱり寂しかったでしょう?

 ひとりで生きていけるよう、お料理もお洗濯もお掃除も、たくさん練習したね。

 ミルルだったら、大丈夫。だって、このグレタの孫だもの。

 楽しいときは、思いっきり笑いなさい。

 悲しいときは、我慢しないで泣きなさい。

 怒るのは、ほどほどにね。

 生まれ変わりがあったとしたら、ときどき様子を見に来るわ。

 また会える日が来たとしたら、私が大好きな、元気な笑顔を見せて頂戴ね。

 さようなら。


グレタ


  *  *  *


 涙が溢れて止まらなくなって、嗚咽おえつを漏らして泣き崩れた。


「ちょっと! なんであなたが泣いているの!?」

「ミルルには、まだわからないか……この気持ちが……ウワァァァ!! オーゥオゥオゥ!」

「あなたが先に泣くからきょうざめしたの! お陰で涙も引っ込んじゃったわ!」


 そんなやり取りをしている間に、手紙は花束に変わっていた。グレタは自ら、手向ける花を用意していたのだ。

「お祖母様が大好きだった、菖蒲あやめの花……」

 グレタを棺に寝かせて花を手向け、蓋を閉じて土を盛る。この間ミルルはずっと手を組んでひざまずき、冥福を祈っていた。


 小さな背中を見ているうちに、グレタに抱いていた怒りはどこかへ消え失せてしまったようだ。

 残されたのは、やり場のない虚しさだけだ。


 ミルルは気持ちを払うように、威勢よく立ち上がり声を上げた。

「さぁ、ご飯にしましょう! お祖母様直伝の、とびっきりのパンケーキを焼いてあげるわ!」


 食堂ダイニングは1階だ。ちなみに2階はミルルと夫婦の部屋がある。

「メリーポート商会の小麦粉だ! 町まで買いに行っていたのか!?」

「こんなに重いのは、キャラバンよ。たまにしか通らないけど」

「こう言っては悪いが、こんな何もないところをキャラバンが通るのか?」

「お祖母様が魔法で呼んだのよ。これからは私もやらないと」

 制御の効かないミルルの魔法では、町ごと来てしまうのではないか。


「それじゃあ、まずは火起こしだ。炭か薪はないのか?」

「魔女は、そんなまどろっこしいことはしないのよ?」

 ミルルが人差し指をピンと立てると、指先からマッチほどの火が──


 ──爆発した。

「ちょっと失敗……ケホッ」

「ウェッホッ!! 小麦粉に着火しなくて、よかったな。家ごと粉になっちまう」

 結局、俺が見つけた薪で火を起こすのだ。


「薪もキャラバンから買ったのか?」

「そうよ。この辺に木はないし、そもそも私、木を見たことがないの」

 確かに、草1本生えていない荒野の真ん中だ。よくもまぁ、こんな不便なところで暮らしているものだ。


 すべては魔法のなせる技、か。

 裏を返せば、魔法が使えなければ、この土地で生きていけない。

 魔法を使いこなすことは、魔女であるミルルにとって死活問題だ。

 一緒に暮らしている俺も、妻や娘や森を奪った黒魔術に頼るしかないのだ。


 俺は小麦粉と卵にまみれた。

「……何をしている」

「パンケーキの生地を混ぜていたの、魔法で」

「泡立て器を使え、これは料理だ」


 作り直した生地を焼くと表面が乾き、ぷつぷつと気泡が立ってきた。そろそろ裏返す頃だろう。


 ビチャッ!!


 パンケーキが天井に貼り付いた。


「今度は何だ!?」

「裏返そうと思ったのよ、魔法で」

 ミルルにとって死活問題とはいえ、俺は我慢の限界だった。

「どうして何でも魔法に頼るんだ!?」

「私は魔女よ!? お父様も、お母様も、お祖母様だって、こうしていたの! 私は、出来るようになりたいの!!」


 べちゃっ。


 パンケーキが天井から、俺たちの頭を冷ましてくれた。


「わかったよ、ミルル。少しずつ、やろうな」

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