第2話「襲撃と脱出」

それからの日々は忙しく過ぎていった。

ほぼ百パーセントの確率で僕の船は襲撃されるだろう。しかしながら、もし襲撃されれば、辺境伯の長男が死ぬことになるのだ。対外的には非常に不味いはず。

仮にも上位貴族に連なる力を持った辺境伯である。その力不足で子息を亡くすのは恥もいいところだ。

メイド達の噂から想像する糞親父の性格からすると、その恥は結構な屈辱に違いない。だとすると、どのようにして僕を殺すのか、これに尽きる。


科学技術が高度に発達したこの時代において、一人旅など部屋から部屋へ移動するに等しいくらいに簡単である。

それは高度に自動化されたプログラムによる自動航行システムの恩恵だ。

目的地を入力すれば、あとは寝ているだけで目的地に着く。

まぁ、失敗の要素しては宇宙海賊などからの襲撃だが、一般的に航行に使用されるのは超空間ゲートであり、ゲート通過中は外からの攻撃なほぼありえない。

だとすると、

「やはり、船の故障が一番可能性が高いかな」

宇宙船の故障。

人間の作った物すべてに共通するのは、絶対に壊れない物などない、と言いう事だろう。

宇宙空間では無力に近い人間が生きていくためには、宇宙船に頼る必要がある。

酸素や水、食料含めて人間には必要なものが多くあり、そのどれか一つでも欠けると簡単に死んでしまう。人間は非常にもろい生き物なのだ。

しかしながら、僕の前世の記憶にあるように、無重力空間での生活で筋力が低下することなどのデメリットはほとんど解消している。

体内に入れたナノマシンによる恩恵だ。

ナノマシンはもともと、高位貴族の寿命延長を目的に開発され、現在に至ってはほとんどの市民に至るまでナノマシンを注入している。

生まれた直後に注入されたナノマシンは、体内で最適化され、成長と共に増加していく。

そんなナノマシンにより、現在の人類の寿命は平均400歳という驚きの年齢だ。

ちなみに、糞親父もお母様も含めてまだ若い。お母様は27歳だし、糞親父は直接聞いたわけではないけど、32歳らしい。前世の僕と変わらない年齢だ。

そんな年齢なのに、小さな子供を排除しようとするのは恥ずかしくないのだろうか?

まぁ、いいや。

「とりあえず、やれることはやっておきたいね」

前世の知識は対人ではある程度役に立つが、科学技術の知識ではどうしようもない。

これまで本で得た知識をアドバンテージとして活かすしかないのだ。


失敗した際のサブプランを複数用意した時点でタイムアップとなった。

そう、出航の時間である。

「らいるぅー」

いけ好かない執事から告げられたあの日から、お母様にはそこまで変化はなかった。ベッドに連れ込まれるのも何時もの事だし、毎日抱き着かれるのも何時もの事。ただい、少しいつもより時間が長かったようにも思えるけど。

そんなお母様とは今日、お別れだ。

今世で2人目の母親となったお母様。前世以上の愛情をうけて育った身としては、感謝し足りない。まぁ、ここが今生の別れとならないように、努力はするけど、まだどうなるかわからない。

「お母様、行って来ます」

男の子たるもの、冒険は必要だ。まぁ、死地とわかっていくのは少し違うとは思うが、しょうがない。こればっかりはどうしようもない。

何時もまでも離れないお母様をミリアが剥がし、最後にマリアが近づいて来た。

「ライル様、こちらを」

短く告げるマリア。

そのこ言葉と同時に差し出されたのは小さなペンダントだった。

「これは?」

そう問い返しながらも僕はペンダントを開けた。その中には小さな赤ん坊を抱えたお母様の画像があった。

「奥様からのお守りです」

確かに、このペンダントには見覚えがあった。

お母様の首からかかっていたペンダントだ。だとすると、抱えられている赤ん坊は僕か。

「うん、ありがとう」

お守り。非科学的と言われようが、神にすがろうが死んでやるつもりはない。生き残って糞親父にぎゃふんと言わせてやる。

そんな意気込みを抱えて僕は船に乗り込んだ。


乗り込んだ宇宙船は一般的な船だった。

民間用に作られた小型宇宙船。

今回は超空間ゲートを使用しての移動な為、自力で恒星間航行できる機能はいらない。その為、星系内移動用の一般的な船が用意されたのだろう。

まぁ、一般的な貴族の移動は基本的には私軍の戦闘艦がほとんどだが、どうやら僕にはらしい。

高級な棺桶、と思えば、それなりか。

僕はため息をつきながらも、船長席に座り、操作を開始する。

現在この船が止まっているのは宇宙空間にある港だ。

この港には所狭しと宇宙船が止まっているが、僕がいるのは貴族専用の港である為、結構空いている。視界の隅の方には戦闘艦が見えているが、今は気にしない。

「さて、出航しますか」

一人だから気楽なものだ。例え、この後に危険が待っているとわかっていても、今から緊張していては先に進めない。それに、初めての一人旅ですこしワクワクしている自分もいる。

現在の宇宙船の操作は非常に簡単だ。

目的地の入力。これだけでほぼ自動で行ってくれる。

インストールされているナビAIに目的地を告げるだけでほぼ完了してしまう。

後は港の管理AIの指示に従って自動で出航してくれる。

よって、目的地を入力した後はつくまでヒマになるのだ。


「さて、さすがに持ち込む物までは確認されなかったのは幸いかなぁ」

今回の旅は、名目上は連邦主星での貴族のデビュタントパーティーである。その為、貴族子息としての正装をしていく必要がある。もちろん着替えるのは、主星についてからであるが、荷物として持っていくのも伝統なのだそうだ。

「悪しき伝統はとっととやめるに越したことはないだろうに」

どこの世界にも悪しき伝統は残っているものだ。

前世の僕の職場にも同じような伝統が残っていたりした。まあ、思い出したくもないので、ここは割愛しよう。

「さて、とりあえず、簡易宇宙服は持ち込めたから着ておくとして・・・」

船外作業用の簡易宇宙服。全身タイツの様な薄めの素材でできており、下着のように着ることで、船外での活動も可能になる宇宙服だ。いくらナノマシンの恩恵があろうと、さすがに真空では生きていけないのが人間だ。

ちなみにヘルメットは宇宙船に標準として備え付けられているものが使える。

僕を殺そうとするのであれば、この船を沈めるのが手っ取り早い。その場合、跡形も残らないほどの大出力で消された場合は、どうしようもないが、撃墜レベルだと生き残れる可能性が高い。

今の宇宙船は非常に頑丈なのだ。

ちょっとのデブリでは穴が開くどころか、傷すらつかない。

船体保護シールドもあるし、船殻も非常に頑丈なのだ。

まぁ、そんな船を沈めるために武装も強くなっているが、それはとりあえず、おいておこう。考え出したらきりがない。


「さて、宇宙服も着たし、あとはっと」

何かあった時用の非常食やツール系も一通り持ってきたが、これらは離身離さずは難しい。まぁ、できるだけ身近においておくしかないだろう。

「そもそも移動は2日もかかんないだけどねぇ」

超空間ゲートの恩恵は非常に大きく、数千光年離れている星間もゲートにより1日ほどの距離である。光の数千倍のスピードで移動できるこのゲートには驚きすぎて言葉もない。まぁ、その中身自体は未だに未解明なブラックボックスがほとんどらしいけど。がんばれ、連邦の技術者諸君。


そうこうしている間に船は港を飛び出し、超空間ゲートの待機場まで移動していた。

「貴族特権で早めに入れるからねぇ、待ってる人たちごめんね」

超空間ゲートには使用料がいる。その機能を保持するために膨大なエネルギーを使用しているからだ。昔見た本によれば、大きな戦艦10隻分の出力が必要になるらしい。どれだけ燃費悪いのよ。

その為、超空間ゲートの使用料は非常に高価であり、しかしながら恒星間航行能力を持った船も非常に高価だ。よって、商人や移動目的の人々は高額な使用料を払い、超空間ゲートを利用するのだ。

高いと言っても船を買えるぐらい高いわけではないからね。それだと誰も使わなくなる。

それに、超空間ゲートは安全度合いも非常に高い。まれに事故で超空間からはじき出される事もあるらしいが、海賊の襲来はないと断言できる。

そもそも、超空間ゲートは双方向での行き来しかできず、一つのゲートに対し、対となるゲートまでしか移動できない。

今回の主星までの移動もそういったゲートを何度かくぐり、向かうのだ。

「まぁ、普通なら通行料の往復だけでこの船2隻は買えちゃうくらいの長距離移動なんだけどね」

そんなことを呟いているとようやく準備ができたようだ。

『只今より超空間ゲートへの侵入を開始致します。振動にご注意ください。』

ナビAIからの音声が超空間ゲートへの侵入を告げた。

前世の感覚からすると超空間ゲートは、要するにワープなわけだが、体感では何ら変化はない。よく創作物などで表現されていた感覚が曖昧になるやぼやけるなどと言った症状は待ったくない。少しばかり船が揺れた程度だ。

「さて、一つ目のゲートは問題ないようだね」

だとすると、やはり仕掛けがあるのは辺境伯領から出る3つ目のゲートからだろう。

超空間ゲートを使用していることから、外部からの襲撃の線は低い。船の遠隔操作も、超空間ゲート内では通常空間への通信は不可能。

「そうなると考えられるのは一つ、この船への細工。時限爆弾かなにかかな」

古典的、アナログだが確実なのは船自体の自爆だろう。事故、と言い切るのは難しいが全くないわけではないからね。でもその可能性はほとんどないだろう。

「あのマリアが見逃すはずもないしねぇ」

僕のいたずら全てをまるで見えているかのように回避するマリアによる事前チェックを通過しているのだ。マリア自身は『ご子息が乗られる船を確認して何が悪いのですか?』と平然と確認してたよ。

お父様付きの従者たちはこめかみに血管浮かばせてたけどね。

「なら、あとは航行プログラムかなぁ」

さすがに完璧メイドのマリアでも、船の航行プログラムまで確認はできない。まぁ、もしかしたらできるのかもしれないけど、今回はそんな時間はなかったから除外する。

「ここまで来たらあとはなるようにしかならない、か」

人生諦めも肝心だ。と、前世の記憶から大人の様なことも思っている。

詰めすぎるといざというときに対応できなくなるからね。

「よし、安全なうちに寝ておこうか」

万が一を考えて、緊急脱出ポッドがある扉の付近で仮眠をとることにした僕は、位置を固めるとすぐに寝てしまった。



『・・・ほう・・・・緊急警報』

次に起きたのは非常に不味いタイミングだった。

「ちょっ」

予想していた3つ目のゲートではなく、一つ目のゲートの9割くらいの所での警報だった。

「早すぎだろっ。糞親父っ、殺意高くないっ!?」

とにかく、ほとんど安全を約束されている宇宙船の緊急警報だ。碌な事態ではないだろう。

「ナビ、現状報告っ!」

とりあえず、どんな状況なのかを確認するためにも現状把握だ。

飛び起きた僕は運転席へ駆け込み、ナビAIへ問いかける。現時点で僕が生きているという事は船そのものが壊れたわけではなさそうだ。

『航行ルートが逸脱しています。早急に航行ルートを修正してください。修正されない場合、超空間から脱落します』

早口で告げられた内容は予想していた中では一番最悪ではなかったものの、3番目くらいには最悪なものだった。

「やっぱり確実に僕を殺しに来ているよね、これ」

これが意味するのは、異空間での漂流だ。

超空間とは、通常空間を膨大なエネルギーにより無理やり繋いだ空間だ。その為、超空間と通常空間との狭間には膨大なエネルギーが渦巻いており、異空間化している。

案件としては非常に少ないが、超空間での事故はまれに起こる。そしてその被害者が帰還したという記録もない。

「ようするに、そういう事か」

いらない者は、いらない場所へ飛ばして消す。

「文字通り、帰らぬ人ね。死んではないけど、死と同意義の漂流か」

さて、そうなら早めに修正する必要がある。

幸い、船の操作は覚えている。メイドの一人が船に詳しく、バーチャルゲームでよく対戦していたので、体が覚えている。

しかしながら現実そううまくいくものではないらしい。

『エラー、修正航路の書き込みができません。管理者権限にてロックがかかっています』

やはりこのナビAIに細工がされていたようだ。

だとするとこの航路の修正はほぼ不可能とみていいだろう。

「じゃ、他の船をあてにして脱出ポッドで脱出しますか」

超空間は簡単いえば巨大な筒状のものであり、その中を高速で行き来できる技術だ。よって、後続の船が通りかかるまで頑張れば、救助は可能だという事でもある。

すぐに2つある脱出ポッドの一つを操作する。しかしながらここにも細工がされていたようで、

「なんで1/2の確率で壊れてるんだよ」

幸い、もう一つのポッドが生きているようで、そちらに乗り込む。

この時、もう少し疑いを持っていれば、展開が変わったかもしれない。

でも、この時の僕は意外と冷静なようで慌てていたのだろう。

乗り込んですぐに、脱出のボタンを押していたのだ。


大きな警告音とともに船外へはじき出される脱出ポッド。そしての行き先は、

「ちくしょう、これもかっ」

超空間から離れる動き。要するに当初の予定通り、超空間からの脱落ルートに乗ったのだ。それも宇宙船よりもひ弱な脱出ポッドで。

「計算通りかっ、糞親父っ!」

僕の言葉は軋む脱出ポッドの音と、まるでミキサーのように振り回される体の感覚を最後にブラックアウトした。

最後になぜかお母様の声が聞こえた気がした。

 





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る