Growing for a dream


「マジか、エル……」


 驚愕きょうがく焦燥しょうそうのあまり、思わず乱暴に頭をいてしまう。普段と違う手触りの、滑らかな銀髪が指の間を抜けていく。

 自分の想像以上に、自体は面倒な方へ転がっているようだ。

 精神の入れ替わりだけでも困惑ものなのに、元の体が跡形あとかたもなくなってしまい、そのうえ入れ替わり先のポジションが人生ハードモードだなんて。正確には妖精生ようせいせいだが。うん、語呂ごろが悪い。


「い、今すぐにでも邪神を再封印できないのかエル!?」

「それが……なんか無理っぽいの」

「どうしてだエル!?」

「だって、まだ魔闘乙女マジバトヒロイン初心者だもん」


 どうやら、今のほむらでは力不足らしい。先代の技術レベルには程遠い、ひよっこルーキー初心者マークなのだという。それについて、元のエルルは「戦いの中で成長すればいいエル!」と言っていたそうだが……。


「気が長い話だな、エル」


 このままではドリームランドとゾスの眷属、その戦いの中心人物として巻き込まれてしまう。

 せめて事の発端であるドリームランドに行けたら、連絡が取れるのなら、助けのひとつでも望めたかもしれない。オレの肉体やエルルの魂を復活させたり、代わりの妖精を派遣してもらったり。きっと事態の打開を図ってくれるはず。

 だが、それは不可能。

 ほむら曰く、エルルは次元の裂け目を通って地球に来たらしいが、その場所や発生条件は不明。連絡手段も存在しないらしい。

 完全に手詰まりだ。

 オレはこのまま、ドリームランドの王女エルルとして、ほむらの相棒妖精として、敵の魔の手をかいくぐり、過酷な戦いを続けないといけない。

 地球のために、全ての生命のために。

 ただの一般男性だったオレが、見るからに普通の女子高校生と共に。

 意味不明、無茶苦茶だ。

 そんな夢の中の出来事みたいな、突飛とっぴ支離滅裂しりめつれつな話――


「いや、ちょっと待てよ……?」


 ――……そう、夢だ。まさに夢のような話だ。

 ただし眠っている時に見る方ではない。人々が胸に抱く希望、願望、展望その他諸々の意味の方である。

 魔闘乙女マジバトヒロインと共に、それすなわち、正義の味方として戦うということ。

 ずっと夢見てきた、憧れの姿だ。

 前線に立つかサポートするか、人型か妖精型かの違いこそあれど、この状況はまさに僥倖ぎょうこう、待ちに待った天からの恵み。

 夢描いた理想の自分とは少し離れているものの、卑屈にくすぶっていた時よりもずっと近い。

 もしかして、否、もしかしなくても、これはチャンスではないか?

 とっくに諦めていた、幼少時代からの叶わぬ夢。

 心の片隅で腐りかけていた願いが、思わぬ形で舞い込んできた。

 まさに棚からぼたもち瓢箪ひょうたんからこま

 それとも、醜い怪人にされて得た希望だから、ケガの功名とでも言うべきか。

 なんにせよ、千載一遇の大チャンスだ。

 逃す手はないし、そもそもオレの体は盛大に爆裂している。退路などない背水の陣。選択肢など元よりないのだ。

 それに、自爆特攻で志半ばに散った、本当のエルルの無念を晴らすためでもある。ひょんなことから成り代わってしまったオレが、彼女の意志を継がなくては。

 毎日を惰性だせいで生きていたオレにだって、できることがきっとあるはずだ。

 ひとりの元一般男性として、現妖精の王女として。

 失うものなどなにもない。

 それならただ、前に進むだけだ。

 

「ほむら、聞いてほしいエル」

「どうしたの、そんな真面目っぽい顔して?」


 きょとんとしているほむらを見据える。

 これからしばらく、もしくはずっと相棒になる少女だ。

 彼女のために、自身のために、この決意はきちんと言葉にしておきたい。


「なにも思い出せない、覚えていないけど、オレはほむらと一緒に戦う。人を、この街を、全ての生命と地球を守るために」


 これは誓いの儀式だ。

 散華さんげした本当のエルルの思いを受け継ぎ、夢を諦めて腐っていたかつての自分と決別するための、ターニングポイントたるセレモニーだ。

 オレは生まれ変わる。

 姿形だけじゃない、その生き方さえも。


「ぷっ」

「え」


 少しの沈黙の後、ほむらが吹き出した。

 ほほを朱に染めて、これ以上笑うまいと、背中を丸めて堪えている。


「な、なんか変なこと言ったか?」

「だ、だって……“オレ”って……、フフッ、語尾もないから、違和感凄いし、ちょっとおかしくって……アハハハ」


 ああ、しまった。

 勢いに任せて言ったせいか、エルルらしく振る舞うことを忘れていた。

 今後はエルルの代わりを担うのだから、素の自分は控えていかないと。

 オレは照れ隠しに、頭をポリポリと掻いてしまう。これも癖なので、気を付けないといけないな。

 しかし、笑いの沸点が低過ぎやしないか。これがいわゆる、はしが転がってもおかしい年頃なのだろう。


「大丈夫、大丈夫。一人称がオレでも、エルルのさは変わらないから」

「びび、きゅう?」


 ……ん?

 急に知らない単語が飛び出してきたぞ。

 女子高校生の間で流行っている言葉か、それともドリームランドの専門用語なのか。全く馴染なじみのない単語に困惑して、思わずオウム返ししてしまう。


「ビビキューってのは、“ビビッドでキュート”の略で、とっても可愛いって意味だよ!」

「初めて聞いた言葉だけどエル」

「だってあたしが作った言葉だもん! 子供の時からの口癖、みたいな?」

「えぇ……」


 意味と出自を聞いて納得、知らなくて当然だ。

 というか、やけに個性の強い口癖だな、とツッコミを入れたくなる。

 まるで女児向けアニメのキャラクターが使う、印象付けで安易に設定した口癖のようだ。もっとも、語尾を付けて話す妖精に、人のことをとやかく言う資格はないのだが。

 それと、面と向かって「可愛い」と言われると、気恥ずかしくて体中がむずがゆくなる。生まれてこの方可愛らしさとは無縁の生活を送ってきたし、一般男性に対しての「可愛い」は称賛より侮蔑ぶべつとして捉えられがちだ。シチュエーション自体早々ない。

 だが、今のオレは妖精で、しかも王女様――英語で言えばプリンセス。女の子の憧れ要素をダブルゲットしているので、「可愛い」と言われるのも当然の結果だ。

 ……そういえば。

 王女で思い出したが、この体、妖精とはいえ一応女性なんだよな。

 さりげなく手を伸ばし、ワンピースの上から、股の間をポンポンと叩いてみる。

 いちもつの感触、ナッシング。

 うん、完全に性別メスだわコレ。


 その時、ズドンという轟音ごうおんと共に、家が小刻みに震えた。

 地震かと身構えるも、揺れ方が違う。もっと人為的なものだ。

 まさか。

 はっとしたオレとほむらは、ほぼ同時に窓の外を見た。

 視界の先、家々の合間から、不吉な黒煙がもうもうと立ち上っていた。

 事故か事件か。鼓膜に届く悲鳴から、ただ事ではないのは明らかだ。

 そう。例えば、怪人が暴れている、とか。


「行かなきゃ!」


 人々の危機を察知して、ほむらは弾かれたように家を飛び出していく。

 これが、彼女にとっての日常。

 ゾスの眷属が暴れて騒ぎが起こり、街を守るため戦いにおもむく。うら若き乙女が貴重な青春と自らの命を賭けて。

 ひとりで行かせるなんて、できる訳がない。

 オレは一呼吸遅れて、ほむらの後に続き、騒動の渦中へと向かった。

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