0-week-old


「えーっと、つまり、記憶喪失になっちゃったってこと?」

「……多分そうかな」

「語尾付け忘れているよ」

「……そうかな、エル」


 ここはマジバトドレイクの変身者、龍崎ほむらの自宅だ。一軒家の二階に位置する自室にて、オレとほむらは床に座り向かい合っている。正座で。

 可愛い家具と小物に囲まれた、ステレオタイプな女子の部屋。そこに招かれた、赤の他人な一般男性の図。という事案確定の地獄絵図になるはずだったのだが、今のオレはどうしてなのか、三頭身でぷにぷに妖精姿である。おかげで絵面はまともで通報される心配もない。


 先刻の戦いからすぐ後、オレは治療のためにほむらの家まで運ばれた。大爆発で大ケガかと思われたが、目立った外傷はなく、かすり傷が少々ある程度で済んでいたのだ。なんという奇跡だろうか。日頃の行いが良かったのだろう。

 しかし、問題は中身の方である。

 どういう理屈か不明だが、今のオレはエルルという名の妖精になってしまったらしい。映画やドラマでよく見かける、激突したふたりの意識が入れ替わる、という現象に似ている。思春期真っ盛りの男女ペアで起こりがちの、同じ条件でぶつかり直すと元に戻る可能性があったりなかったりするアレだ。その時不思議なことが起こった、としか言いようがない。

 それだけでも荒唐無稽こうとうむけいな状況なのだが、加えてオレの体が爆発四散したので始末に負えない。

 本来魔闘乙女マジバトヒロインは、必殺技で取り込まれた人間を救出できるらしいのだが、自爆特攻したせいか、その辺の機能がうまく働かなかった模様。ほむら曰く、現場には血の一滴も残っていなかったらしい。

 つまり、オレの戻る先は消滅してしまったのだ。おそらく、エルル本来の意識も、オレの体と一緒に粉微塵こなみじん。一発昇天、あるいは成仏せずに浮遊霊化。どちらにしろ、お亡くなりになっている。

 以上の事情から、姿は妖精だが中身は一般男性。彼女と積み重ねてきたはずの経験も記憶もゼロなのだ。会話が噛み合うはずもない。

 ということで、オレは記憶喪失のフリをしている。

 突撃と爆発のせいで、自分がどこの誰かも、ほむらや魔闘乙女マジバトヒロインについても、全ての事柄を忘れてしまった、という設定でゴリ押すのだ。


「だ、だから最初から、魔闘乙女マジバトヒロインとか、とにかく色々、全部教えてほしい」


 これなら自然な形で情報が得られるはずだ。正義の味方を全うする彼女なら、快く一から十まで懇切丁寧こんせつていねいに教えてくれるだろう。


「だから語尾がないってば」


 と、思ったところで、またもや語尾の指摘だ。

 エルルという妖精は、普段から一人称が名前で語尾に「エル」と付く、特徴的な話し方をする。記憶喪失(という設定)のせいとはいえ、言わないと違和感があるそうだ。細かいなぁ。


「……最初から、全部教えてほしいエル」


 面倒だが話を先に進めるため、オレは語尾を付けて言い直す。それを聞いて満足したのか、ほむらは満面の笑みを浮かべている。そんなに大事だろうか、語尾って。


「それじゃあ、エルルと初めて会った時のことから話そっかなぁ~」


 ふたりの運命的出会い。それは二月の初め頃、ごく最近の出来事だ。

 突然の遭遇だった。

 雪がちらつく学校帰り、怪人に追われているエルルと街角でばったり。可愛いものが大好きな彼女は、考えるよりも先に体が動いていた。敵を恐れずエルルを守ろうとしたのだ。

 しかし、ただの女子高校生なので戦う術はない。このままではふたりとも怪人の餌食になってしまうだけ。

 そこでエルルは、たったひとつ持ち合わせていた魔闘乙女マジバトヒロインの力を渡した。

 危機的状況で否応なく受け取るハメになったほむらは、その力を使って戦士になり、迫り来る怪人を華麗に撃退した。

 それが、マジバトドレイク誕生の瞬間だった。


「オレ……じゃなくて、エルルは何者なんだエル?」

「なんかね、エルルはドリームランドってところの王女みたいなの。だから悪い奴らに狙われているっぽくて」


 地球から遙か遠くに離れた星、妖精達が住む惑星ドリームランド。

 エルルはその星を総べる王族で、将来はドリームランド全体を背負う女王に就任する器だそうだ。要するに宇宙人のプリンセス。ロイヤルなエイリアン。オカルトマニアなら「宇宙人キター!」と歓喜の小躍りをするだろう。

 そんな大物が何故なぜ地球にいるかというと、相棒となる魔闘乙女マジバトヒロイン探しのためだそうだ。

 魔闘乙女マジバトヒロインとは、妖精達が生み出した戦闘用肉体強化装備構築システムで、地球の少女と力を合わせて起動し、絶大な身体能力を行使できるとのこと。

 では、なんのために魔闘乙女マジバトヒロインが必要なのか。

 その答えは、敵の封印だ。

 

「名前は確か、ゾスの眷属けんぞくだったかな?」


 ゾスの眷属。

 太古の昔、地球に降り立った悪の一族で、地球の生きとし生けるもの全てを滅ぼすことを目的としている。

 これまでに何度も生物の絶滅を引き起こしており、大きなもので五回、小さいものは数え切れないほど。だが、白亜紀はくあき末からは表立った行動はせず、起きた絶滅も少なめ。人間が文明を築く頃には休眠状態だった。

 しかし四半世紀前、彼らは突如目覚めて生命絶滅活動を開始。圧倒的な力の前に人類は無力。完全に絶滅タイムだ、喜べない。このままただ滅ぼされるのを待つだけなのか、と誰もが思った時、救世主が現れた。

 それが先代の魔闘乙女マジバトヒロインだ。彼女とパートナーの妖精による活躍でゾスの眷属は敗北、最強の敵も海の奥底に封印された。……はずだったのだが、先代の封印は不完全だった。そのため、四半世紀の時を経て、手下の幹部怪人達が出現するようになってしまう。

 そこでドリームランドは王女であるエルルを地球に送り、選ばれた少女と共に再度封印を行おうとしているのだ。


「じゃあエルルが狙われているのは、再び封印されたくないってことか……エル?」

「ううん、それだけじゃないんだって」


 ゾスの眷属、その最終的な目的は地球上の生物全ての絶滅、というのは変わらない。だが、そのためには彼らが崇める大いなる存在、海底深くに沈んだ邪神の力が必要不可欠らしい。

 前述の通り、最強の敵――邪神は先代によって封印された。しかし、封じられたのなら、それを解けばいい。そこで彼らは復活の儀式をしようと画策。その鍵になるのが王族の血を引く妖精だそうだ。

 つまり、再封印のために必要なのも、復活に必要なのもエルル。この体が地球の命運を握る重要なピースとなっているのだ。

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