第48話 世界〝は〟救ったらしい


 和風都市ショウザンのギルド。

 ユートピアの本拠地の庭に桜の木が植えられた日。


 ログインしてきたレモンティーは「これを見るニャ」とカイリのスマートフォンにメッセージを送る。

 ネットニュースの文章をコピーしてペーストしたものにその記事の写真を添付していた。


「シイナくんですね!」


 頭頂部を赤くして、両サイドを刈り込んだヘアースタイル。ゲーム内に転生した時と同じ外見に、プロeスポーツチームMARSのサッカーチームのようなユニフォームを身につけている。そのシイナがお揃いのユニフォームの少年たち――現実の世界でのチームメンバーと共にトロフィーを掲げていた。

 シイナは他のチームメンバーより身長が高い。周りが背伸びしてトロフィーに手を添えている様子がおかしくて、カイリのスマートフォンを覗き込んでいたルナは「こいつ、絶対『オレのおかげじゃねーの』って思ってるよ」と毒づく。


「そんなことないですよ! インタビューを読んでください!」

「そりゃあ、インタビューでは『チームメンバーと力を合わせた結果です』みたいな、思ってもない綺麗事を言うでしょ」

「異世界からの応援がオレに自信をくれました、って言ってます!」


 それでもルナは「別に応援してないけど」と面白くなさそうな顔をした。




 ブラックカイリを“知恵の実”が扮した剣(ルナが所持することはできたが、ゲームの仕様上、剣系の武器はナイトとナイトの上位職のパラディンしか装備できないので、結局シイナが装備した)の致命的な一撃で貫いたシイナは、一般プレイヤーがログアウトする時のように消滅する。


 別れの挨拶はない。


 ほどなくして緊急メンテナンスが明けて、元屋みのりは通常通りレモンティーとしてログインし、カイリはデスペナルティを食らってプラトン砂漠から最も近い都市である精鋭都市テレスの病院に送られていた。ルナはスマートフォンでカイリの現在位置が病院にあることを確認してから《移動速度上昇》で移動する。ギルドメンバーであったはずのシイナの名前は、ギルドメンバーの一覧にない。


「やなやつだった」


 走りながらルナは呟いた。プロゲーマーだから、そのモバイルFPSゲームに人生を賭けている。もう二度と会うことはないだろう。会わないほうがいい。ちょっと前ならせいせいした気持ちになっただろうに、その真逆の気持ちがルナには芽生えていた。


「……やなやつだった」


 感傷を振り払うように足を動かす。ゲームの世界だから、この星々を雲が隠すはずはない。つまり、雨なんて降るわけがないというのに、夜風に水滴が混じった。

 その水滴を涙とは呼びたくない。水滴の正体を涙と認めてしまえば、ルナはシイナとの別れを『悲しい』と認めてしまうようなものだ。あんなやなやつがいなくなってくれたのだから、悲しいはずがない。ルナは「本当にやなやつだった!」と力一杯叫んだ。

 これが生涯初めての友との別れである。


 緊急メンテナンスが明けたばかりのTGXの世界で、この声を聞いた者はいない。




 心象世界で六道海陸とお話しして、目を覚ましたら病院で寝かされていたカイリはまず自分が衣服を着用しているかを確かめた。

 ちゃんと《紫紺のローブ》を着ている。また素っ裸でベッドの上にいて、毛布をかけられているわけではなかった。


(ルナさんとシイナくん、どこ行っちゃったんでしょう……)


 視線の先にNPCでマンチカンの看護師が見える。カイリは毛布に潜りこんで、スマートフォンを呼び出すとギルドメンバーの一覧からルナがプラトン砂漠にいることはわかった。レモンティーはこの時まだログインしておらず、シイナは一覧から名前が消えている。


「えっ」


 何回更新してもシイナの名前は表示されない。カイリが祈りをこめて更新しても出てこなかった。

 そんなプレイヤーはいなかったかのように、ユートピアはそもそも3人だけのギルドであったかのように。


「……?」


 スマートフォンを叩いたり、振ったりしてみる。壊れてしまったわけではないようだ。あとでルナに聞いてみよう。


「わたしがわたしと仲良くなったおかげで、なんか、内側から勇気がメラメラと燃え上がってくるような気がするんです」


 インベントリから《白銀の杖》をスワイプして左手に握る。

 今なら、火属性の魔法も使えるかもしれない。

 ただ、場所が場所である。病院の中で魔法を使ったら看護師から怒られてしまうだろう。あとで試してみよう。病院で怒られて病院送りなんてしゃれにならない。




 レモンティーは一部始終の外側にいた。緊急メンテナンスの最中に起こった出来事は、ルナの口から聞いている。

 その場にいられなかったのが残念だ。

 力になりたかった。

 レモンティーも調査できた範囲のカイリに関する情報をカイリに伝える。レモンティーの話を聞いて、カイリはあっけらかんと笑って「わたしはわたしの友だち第一号になりました!」とわけのわからないことを報告された。この子は一回病院に連れていきたい。ゲームの世界の病院ではなく本物の病院に。

 乗っ取りへの対策として、使用していたこれまでのパスワードは変更した。ルナは「あの侵入方法だと対処しようがなさそう……」とぼやいていたが、今後のために複雑なパスワードにはしておく。




 とはいえ、敵性プログラムがもたらした危機は去った。

 シイナが生き返ったのが何よりの証拠だ。


 全ては大団円。

 めでたしめでたしである。






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TGX・ポンコツ賢者 でも、世界〝は〟救えますか? 秋乃晃 @EM_Akino

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