第42話 乗っ取られたらしい


 和風都市ショウザンのユートピア本拠地に撤退した転生者御一行。

 ここで状況を整理する。


「レモさんをギルドから追放しよう」

「なんでですか! 却下です!」


 カイリが拳を振り上げつつ、理由も聞かずに却下しようとするのでルナは「落ち着いて」とまずは宥めた。

 この3人の中でギルドメンバーを追放する権限があるのはギルドマスターのカイリだけである。


「ギルドメニューを見てもらえるとわかるんだけど、ギルメンはギルメンの居場所がわかる。だから、レモさんを追放しないとボクたちがどこに行ったかすぐバレちゃう」


 ルナに言われてシイナがスマートフォンを取り出し、ギルドメニューを開く。レモンティーの現在位置はプラトン砂漠となっていた。シイナは「そんで、向こうは《テレポート》があるからすぐ追いつくってか」と納得する。


「でも、逆に言えばこのままにしておけばいつでもレモン先輩の場所がわかります! 話をすればわかってくれます!」


 カイリの主張に、3人の中でいちばん付き合いが短いシイナは「あれ、話し合いで解決できそーか?」と懐疑的だ。ルナが【統率】を発動してその場から逃げなかったとしたら3対31の不利な戦いを強いられていただろう。


「いつものレモさんと様子が違った。そりゃあ、普段通りならなんとかなるだろうけど……」


 ルナはレモンティーのただならぬ雰囲気を感じ取っていた。まとっているオーラがレモンティーのものとは異なっていて、それでいてレモンティーのアバターであるシャムネコタイプのリフェス族のメイジ。この短時間のあいだに、キナコと共にルナへ反旗を翻す計画が立案されて実行されるなんてにわかに信じがたいが、相手方からの殺気はビシビシと伝わった。次に目を合わせたら全力で叩きのめしにくるだろう。

 ルナが効率良く魔法攻撃を連発し、シイナが《HK416》をフルオートで撃ちまくれば勝機はある。ただし、相手は旧知の仲だ。できれば話し合いだけで解決したいというのは、ルナもカイリに同意である。



 チーン



「なんだ?」


 シイナがスマートフォンの画面を見る。メールを受信した時の通知音だが、シイナのスマートフォンではないようで「オマエのか?」とカイリに確認する。言われてカイリもスマートフォンを呼び出した。


「メールが届いてます!」


 ルナとシイナがカイリの手元のスマートフォンの画面を覗き込む。

 カイリが人差し指で画面をタップし、メールを開いた。


『レモンティーです。返事をください』


 本文はこの一文だけである。カイリはレモンティーにこのスマートフォンのメールアプリに設定されていたメールアドレスを教えた記憶はなかった。そもそも一般プレイヤーはスマートフォンが見えないのだから「転生者がスマートフォンを持っている」と教えたところで、持っていることを視認できない。


「なんでレモさんがメルアド知ってるわけ?」


 ルナの疑問に、カイリは「わたし、叔父さんにメール送りました! あの、初心者ミッション終わった後の写真をつけて! ……でも、レモン先輩には教えていません」と答える。


「現世にメール送ってんじゃねーよ」

「まずかったですかね?」

「常識的に考えて死んだやつからメール来たらこえーじゃんか」


 シイナの真っ当なツッコミに「えー……叔父さん喜ぶかなって思って……」と目を泳がせるカイリ。ルナは「このメールの送り主が本当にレモさんなら、メールで説得してみない?」と半分は疑念、もう半分は期待を込めて返信を勧めた。


「そうですね! やってみます!」


 カイリはレモンティーに返事を送る。

 一瞬で返事が来た。


『ウチは今ログインしていない』


 ルナとシイナに文面を見せる。ルナは「うーん……?」と腕を組み、シイナは「は?」とややキレ気味の声を漏らした。ログインしていないというのならさっきのレモンティーはなんだったというのか。ログインしていないプレイヤーのアバターは画面に表示されない。プレイヤーがログイン画面からログインすることで、前回ログアウトした場所に出現する仕様となっている。


「わたしたちを攻撃しようとするのをやめてほしい、って伝えますね!」


 カイリが文面を打ち込み、送信する。

 今度はややあって『今どこにいるの』という返事が来た。


「これは教えちゃまずいですよね」

「まずいでしょ」

「馬鹿正直に教えるやつがいるかよ」


 ルナとシイナが立て続けにNGを出したので、カイリはレモンティーに現在位置を教えない。

 すると、レモンティーは『レモンティーは今、アカウントを乗っ取られていて、ウチではない誰かが操作している』と送ってきた。


「セキュリティガバガバかよ」


 悪態をつくシイナは置いといて、ルナはこの返事を見るなり「さっきのレモさんがおかしかったのはそういうことか!」と腑に落ちたようだった。あのレモさんが手のひら返して敵意を剥き出しにしてくるのはやっぱりおかしい。この違和感は勘違いではなかった。


「ウチではない誰かって誰なんですか!」


 カイリは口に出しながら文字を並べて、メッセージを送る。

 レモンティーからの返事は『敵性プログラム、“知恵の実”だと思う』というものだった。


「なるほどなー?」


 今度はシイナが閃いたようで「オレはあのネコちゃんごとその“知恵の実”ってやつをぶっ殺せばいーわけだ!」と口走った。特別ミッションは『敵性プログラムを倒す』ことであり、シイナはこの特別ミッションさえクリアできれば望みが叶うのである。探し回る必要はない。案外近くに倒すべき敵がいた。2EZ(=Too Easy)だ。


「知恵ちゃんが?」


 対照的にカイリは信じられないといった面持ちで目を見開く。博士の優秀な助手であり、人工知能の“知恵の実”こと知恵ちゃん。海陸とも冗談を言い合って軽口を叩き合い笑うような仲だった。はずなのに。


(どうしてあんなに怖い顔をしてきたの……?)






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