第41話 様子がおかしいらしい



 口々に文句を言われてシイナは「オマエらが耳塞げや」と言い返した。アサルトライフル用の消音装置は、モバイルFPSゲームならフィールド上あるいは家屋の中にドロップしている。しかしここは『Transport Gaming Xanadu』というMMORPG。そんなものはない。


「せめて撃つ前に合図しないか」


 ルナの提案を「撃とうとしてたら気付くべ」と軽く受け流すシイナ。一時的でも、同じギルドメンバーとしてやっていくのだから仲良くしてほしい。カイリはタイプの違う男の子2人に挟まれて(早くレモン先輩戻ってこないかな……)と念じていた。レモン先輩なら2人の間を取り持って、折衷案を出してくれそう。自分にはそこまで器用なことはできない。


「あ! あれがオアシスですか?」


 この流れを断ち切るべく、カイリは前方に見えてきた青色とヤシの木を指差す。

 砂漠の中の水場。


「カイリちゃんが落ちてきた思い出の場所」


 まだ1週間も経っていないのに懐かしい。この数日が充実していたことの証左である。カイリはその感慨を打ち砕くように「わたし、その記憶ないんですよね……」と呟いた。こちらの世界に来てからのカイリの確かな記憶は、精鋭都市テレスの†お布団ぽかぽか防衛軍†の本拠地のベッドの上から始まっている。悲鳴を轟かせながら夜空を“流れ星”のように落ちてきたのは不確かな記憶だった。オアシスの水面に激突した衝撃が凄まじすぎて、瞬く星々の一部となっていた現実はあぶくのように弾け飛んでしまったからである。


「でけー湖だこと」


 シイナは右手でひさしを作ってオアシスを一望した。その隣で、ルナはスマートフォンを呼び出してインベントリから《競泳水着》を1着取り出す。もう1着はスワイプして自分で装備した。TGXで《水中探索》スキルが実装されているのはこの《競泳水着》だけなので、オアシスに潜り込んでカイリの専用装備を探すには《競泳水着》を装備しないといけない。


「でっけー」


 これまで《妖精王の鎧》で隠されていたルナの胸部に目を奪われるシイナ。ルナの生前は男性だと自制心を働かせようとするも、現在目の前にあるふたつの山はまぎれもなく女性の胸部である。むしろ生前が男性なのだから下手に出たら揉ませてもらえるかもしれない。

 一方のカイリは「まさかとは思いますけど、ルナさんがお持ちになられているもう1着ってわたしの分ですか?」と眉根をピクピクさせながらルナに訊ねた。

 どう見ても女性用である。


「このゲームの仕様で「嫌です! またエッチな格好させようとして!」


 あまりにも嫌すぎてルナのセリフに被せてきた。シイナは「オレはどっちかってーとビキニの方がいいかなー」とどうでもいい個人の趣味を暴露していく。水着としてのビキニというより防具としてのアーマーの意味合いが強いため《ビキニアーマー》には《水中探索》スキルは付いていない。


「ずっとわたくしの胸を見てるくせに?」

「バレてたか。同性のよしみで揉ませてくれん?」

「バレバレなんだよなあ……」

「何、ヤらせてくれんの?」


 Dカップの前に「生前が男な女性とセックスするのは沽券に関わるのではないか」というなんだかよくわからない強がりはどこかにいってしまいそうだ。理性でつなぎ止めろ。

 ルナが「どうぞ」と言ってしまいそうな流れなのでカイリは顔を真っ赤にして「コラー! コラコラー! わたしのギルドでは! 不純異性交遊は禁止です!」と叫びながら両腕をぶん回した。特にダメージは出ていないが「ギルドマスター様がそうおっしゃるならやめておきましょうか」とルナを退かせることに成功した。ふぅ。危ないところだった。



「なんだありゃ?」


 また遠くに何かを見つけたらしいシイナが語尾に疑問符をつけた。

 視線の先はオアシスの対岸である。


「あれは」


 ルナはスマートフォンのカメラを起動して、ピントを合わせてステータスを確認する。表示されたプレイヤー名は“レモンティー”だった。レモンティーを先頭に、その後ろに見知ったリフェス族が続いている。


「――†お布団ぽかぽか防衛軍†のギルメンだ」


 シイナは「なんだよそのだせー名前」とルナのMPを削るような余計な一言を吐き捨てた。カイリもスマートフォンを取り出して同じようにカメラを起動し、ステータスを見て「レモン先輩じゃないですか! ログインしたなら言ってくれればいいのに!」とのんきに手を振る。


「なんでよそんとこのギルメン引き連れてんの?」

「†お布団ぽかぽか防衛軍†はルナさんとレモン先輩が元々所属していたギルドです!」


 カイリも所属していたのだが、超短期間だったので所属していたという感覚が薄いようだ。シイナは「元々っつーことはなんかあって抜けたんか?」とルナの肩をつっついてこちらに注意を向けさせてから訊ねる。


「転生者だと他のギルメンにバレないように、カイリちゃんと2人だけのギルドを作りたくて」

「バレたらまずいん?」

「チーターって言われるかもしれないし?」

「ほぉん」


 実際にシイナの存在がチーターだなんだとゲーム内で噂になっていたぐらいだ。注意するに越したことはない。カイリは「なんで前のメンバーと一緒にいるんでしょう?」と首を傾げる。ログアウトする前は六道海陸のことを調べてくると言っていたのに、急にどうしたというのか。


「アイツが裏切って、前のギルドの連中に転生者のことを話した的な?」


 シイナの推測を、ルナは「レモさんはそんなことしないと思うな」と否定した。

 カイリも「レモン先輩は義理堅いですしね!」と強調する。


「でも、30匹ぐらいネコちゃん連れて来るっておかしくねーか?」


 次の瞬間、3人の転生者の前にレモンティーと†お布団ぽかぽか防衛軍†のギルドメンバーたちが現れた。

 お得意の《テレポート》である。

 レモンティーの右隣に立っている†お布団ぽかぽか防衛軍†の現在のギルドマスター・キナコはその毛を逆立てながら「覚悟しろニャ!」という言葉と共に長槍を突き上げた。これを合図にして後続のギルドメンバーたちが武器を構える。


「レモン先輩! どうしたんですか!」


 カイリが声を張り上げて呼びかけた。レモンティーは目を細めて「ろくどうかいり、みつけた」とその肉球付きの手をこちらに向けてくる。シイナにはこの姿が「中指立てられてね?」と見えたらしい。


 ルナは左薬指の指輪をかざして【統率】を発動する。

 ガーディアンのスキル《デコイ》で身代わりを作り出してから、シーフの《ダークスモーク》にて相手の視界を遮った。


「わあ!?」

「なんだなんだ?」


 敵よりも味方が混乱しているが、ここは逃亡するしかない。

《テレポート》する。





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