第十幕:virtual
第十幕:virtual
やがて『共和国』の最新兵器である
「急げ、レオニード! 何としても、如何なる犠牲を払ってでも、夜が明ける前に
「了解」
無線機越しにそう言って、
「■■、■■■■■■!」
「■■■! ■■■■■■■■■!」
そして階段を駆け下り終えたレオニードが鉄扉を潜り、研究棟の格納庫へと続く通路を渡り切れば、その終着点で歩哨の任に就いていた二人の『共和国』陸軍の兵士達が彼を見咎めるなりそう言って『共和国』語でもって警告した。そしてレオニードが警告に従わないと判断すると、彼を即座に射殺すべく、手にした
「遅い!」
しかしながら歩哨の任に就いていた兵士達が
「!」
レオニードの手によって胸部と頭部に直径0.45インチの穴を穿たれた二人の『共和国』陸軍の兵士達は、断末魔の叫び声を上げる間も無くその場に崩れ落ち、かっと眼を見開いたまま絶命していた。そして絶命した兵士達の死体をちらりと一瞥したレオニードが、彼らが警護していた格納庫のシャッター扉の脇のカードリーダーに偽造セキュリティカードを
「これが
重く頑丈なシャッター扉を潜って照明が灯された格納庫の内部へと足を踏み入れ、そう言って感嘆の声を漏らしたレオニードの眼前には、硬く冷たい装甲に覆われた一輛の戦車が堂々と我が物顔でもって鎮座していた。いや、果たしてそれを、単に『戦車』と呼称してしまって良いのかどうかと言う点にはいささか疑問の余地が残らざるを得ない。何故ならそこに鎮座していたのは巨大な特殊合金製の胴体と、その胴体の左右から、やはり特殊合金製の鳥類のそれにも似た逆関節の四本の脚が生え揃った、見るからに異様なシルエットの機動兵器だったからである。
「とにかく、こいつを破壊すれば、俺達の作戦は完遂された事になる。きっと今は亡きイエヴァの魂も、安らかな眠りに就いてくれる事だろう」
まるで彼自身を強引に納得させるかのような表情と口調でもってそう言ったレオニードは、無人の格納庫を縦断して
「何だ?」
果たしてそう言って訝しむばかりのレオニードを他所に、格納庫内に響き渡るその耳障りな重低音は、
「しまった! 既に情報が漏洩していたか!」
レオニードはそう言って舌打ち交じりに口惜しがるが、残念ながら、こうなってしまっては時既に遅しと言う他無い。そして
「糞っ!」
そう言って口汚く悪態を吐きながら、咄嗟に身を翻したレオニードは素早く後方へと飛び退り、眼の前に振り下ろされた
「まさか
態勢を立て直しながらそう言ったレオニードの言葉通り、彼、及び彼が所属する特級秘匿部隊『クラースヌイ・ピスタリェート』の司令部に居並ぶ面々は、おそらく『共和国』の最新兵器は未だ未だ実験段階で留め置かれているものと予想していたのだ。しかしながらその最新兵器である
「レオニード、無事か?」
するとレオニードの耳に装着された極小の無線機越しに、司令部に居る筈のミロスラーヴァ少佐がそう言って彼の身を案じながら問い掛けた。
「ああ、俺なら無事だ。少なくとも、現段階では掠り傷の一つも負ってはいない。しかしながら、どうやら
レオニードがそう言ってミロスラーヴァ少佐の問い掛けに答えれば、彼の眼の前に屹立する
「しまった!」
砲口を向けられたレオニードはそう言うと、考えるより早く反射的に床を蹴って駆け出し、格納庫の天井を支える太く頑丈なコンクリート製の柱の陰へとその身を隠した。すると恐竜のそれにも似たシルエットを誇る
「!」
こちらを向いた機関砲の砲口が耳を
「糞っ!」
再び口汚く悪態を吐くレオニードであったが、このまま柱の陰に身を隠しているばかりでは、やがてジリ貧に陥ってしまう事は火を見るよりも明らかである。とは言え安易に
「?」
するとその時不意に、大口径の機関砲による制圧射撃がぴたりと止んだので、柱を背にしたレオニードは一体何事だろうかと訝しんだ。そこで身を隠した柱の陰からそっと顔を覗かせながら敵機の様子を
「ヤバい!」
咄嗟にそう言ったレオニードが柱の陰から跳び出した次の瞬間、こちらを向いた
「!」
すると
「糞っ! よりにもよって天井を支えている柱を破壊するだなんて、まるで後先を考えていないような危ない真似をしてくれる!」
そう言って重ねて悪態を吐きながら、レオニードは遥か頭上から崩れ落ちて来る格納庫の天井の残骸、つまり重量が何tから何十tにも達するコンクリートの塊に押し潰されないように慌てて逃げ惑うばかりだ。そしてそこかしこに落着しては床に亀裂を走らせるコンクリートの塊を必死になって回避し続けていると、その惨状を生み出した張本人である
「やったか?」
自業自得、もしくは身から出た錆とでも言うべきか、自らの愚行によって生き埋めの憂き目に遭った
「!」
しかしながら生き埋めになっていた筈の
「糞っ! 駄目か! なんて奴だ!」
果たしてこれで何度目になるのか、崩れ落ちて来た天井の残骸をものともしない
「ヤバい!」
すると崩れ落ちた天井の残骸を跳ね除けながら立ち上がった
「!」
やがて逃げ惑うばかりのレオニードを照準の中央に捉えた滑腔砲の砲口が火を噴き、新たな
「レ、レレレレオニード! ぶ、ぶぶぶ、ぶじ、無事だった?」
「ヴァレンチナ! どうしてキミがここに?」
そう言ったレオニードの言葉通り、
「く、くくく、喰らえ!」
「や、ややややった!」
そう言って勝ち誇るヴァレンチナの言葉通り、彼女が射出した新たな成形炸薬弾頭もまたモンロー効果によって高速高圧のメタルジェットを発生させ、そのメタルジェットが
「レ、レレレレオニード! い、いいい、いま、今がチャンスよ! ととと
ヴァレンチナは全ての弾頭を撃ち尽くした発射器を放り捨てながらそう言うが、彼女の手によって二脚もの鳥脚を破壊されてしまった
「ヴァレンチナ、危ない!
格納庫のこちら側に立つレオニードがそう言って警告した次の瞬間、
「ヴァレンチナ!」
レオニードはそう言ってヴァレンチナの身を案じるが、真っ白に
「糞っ!」
するとそう言って悪態を吐いたレオニードは格納庫の床を蹴って駆け出し、体勢を崩して
「■■■! ■■■■■■!」
ロックを解除したハッチを開けてみれば、そこには
「うるさい、死ね!」
しかしながらレオニードはそう言って死を宣告すると、突然ハッチを開けられて驚いている戦車長の胸と眉間に照準を合わせながら、手にしたカシン12自動拳銃の引き金を素早く四回引き絞った。サプレッサーによって減退されたくぐもった銃声と共に都合四発の銃弾の弾頭が射出され、その弾頭でもって胸部と頭部を破壊された戦車長は、苦しむ間も無く息絶える。
「これで終いだ!」
カシン12自動拳銃でもって戦車長を射殺し終えたレオニードはそう言いながら、彼の腰回りに装着されたベルトポーチの中からC4プラスチック爆弾を取り出すと、それを
「!」
まるで直下型の地震さながらに、研究棟の建屋全体をぐらぐらと震わせるほどの轟音を従えながらC4プラスチック爆弾が爆発し、
「やったか?」
再びそう言って、C4プラスチック爆弾が爆発した際の爆風と爆炎を回避すべく床に身を伏せていたレオニードはゆっくりと顔を上げ、黒煙がもうもうと立ち込める格納庫内の様子を改めて確認した。すると胴体部分が内側から木端微塵に吹き飛んだ
「そうだ、ヴァレンチナは? ああ、ヴァレンチナは、彼女は無事なのか? ヴァレンチナ! どこだ、ヴァレンチナ!」
「ヴァレンチナ! おい、しっかりしろ、ヴァレンチナ! 眼を覚ませ! 眼を覚ますんだ、ヴァレンチナ!」
抱きかかえた彼女の肩を激しく揺すりながらそう言って、ヴァレンチナの名を連呼し続ければ、やがて気を失っていたらしき彼女はゆっくりと眼を開けた。
「……レオニード?」
「ああ、ヴァレンチナ、気が付いたか! 良かった、てっきりキミもまたイエヴァの様に死んでしまったんじゃないかと思って、気が気じゃなかったんだぞ! それで、身体の具合は大丈夫なのか? どこか、怪我をしている箇所や、感覚がおかしいような箇所は無いか?」
「え? ええ、あ、あああ、あた、あたしなら大丈夫だから……」
未だ少しばかり意識が朦朧としながらもそう言ったヴァレンチナが、レオニードの手によって抱きかかえられた状態から自力でもって立ち上がろうとした次の瞬間、自身の両脚に体重を乗せた彼女は左の太腿に走る激痛に顔を歪める。
「痛っ!」
そう言ったヴァレンチナががくんと膝から崩れ落ち、硬く冷たいコンクリート敷きの格納庫の床に受け身も取れぬまま無様に転倒してしまったのも、無理からぬ事であった。何故なら都市型迷彩服に包まれた彼女の左の太腿には、どうやら機関砲の砲撃によって弾け飛んで来たものと思われる鋼鉄製の異形鉄筋の破片が、深々と突き刺さってしまっていたからである。
「おい、大丈夫か、ヴァレンチナ!」
「だ、だだだ大丈夫、ここここんな怪我くらい、な、ななな、なん、何ともありませんから……痛っ!」
左太腿に負った怪我を押して立ち上がろうとするヴァレンチナであったが、彼女はそう言って、再びがくんと膝から崩れ落ちてしまった。
「無理だ、そんな怪我を負った状態では立つ事も、ましてや歩いたり走ったりする事は出来ないぞ!」
「だだだだけどレオニード、は、ははは、はや、早くここから逃げないと、おおお追手に捕まってしまいます! だだだだから痛がっているような暇なんてありません! そ、それに、ももももし仮にあたしが逃げられないとしたら、あ、あああ、あな、あなただけでも一人で逃げてください!」
「だったら、俺がキミを背負って、一緒に逃げ
そう言ったレオニードはおもむろに身を屈めながらヴァレンチナの腕を取って腋の下に頭を潜り込ませ、更に彼女の左右の脚の間に彼の腕を通すと、俗に『ファイヤーマンズ・キャリー』と呼ばれる消防士が要救助者を運搬する際の手法でもってヴァレンチナの身体を肩に担ぎ上げた。
「さあ、行くぞ、ヴァレンチナ。
レオニードは意を決してそう言うと、左太腿に重傷を負ったヴァレンチナを肩に担ぎ上げたまま、木端微塵に吹き飛んだ
「こちらレオニード、命令通り、極秘資料の奪取と
「了解した。レオニード、それにヴァレンチナも、良くやったぞ。既に外交ルートを通じてスイス連邦のディ・ゾンネ
「了解」
無線機越しにそう言って、ヴァレンチナを肩に担いだレオニードは、遠く『連邦』の地の司令部に居る筈のミロスラーヴァ少佐による新たな命令を了承した。
「良し、ここからが正念場だ! いいか、ヴァレンチナ? 決して振り落とされないように、俺の身体にしっかり掴まっているんだぞ?」
自分自身に発破を掛けながらそう言ったレオニードは研究棟の地下深くに位置する格納庫を後にすると、手負いのヴァレンチナを肩に担いだまま来た道を引き返すような格好でもって階段を駆け上がり、まずはミロスラーヴァ少佐の指示に従って地上に在る筈の車庫を目指す。
「お、おおおお願いですからレオニード、あ、あああ、あた、あたしなんかに構ってないで、ああああなただけでも一人で逃げてくださいってば!」
「馬鹿な事を言うな。この俺が、キミの様な美しい女性を、それも自分の婚約者を見捨てて一人で逃げ出すような甲斐性無しだとでも思っているのかい? もし仮に、そう思っているのだとしたら、それは俺を
そう言ってヴァレンチナの要求を一蹴した、もしくは一笑に付したレオニードは、やがて階段を駆け上がり切った先の鉄扉を潜って地上へと到達した。研究棟の建屋の内部から戸外の空気にその身を晒せば、真冬の『共和国』の凍るように冷たい北風が剥き出しの頬に突き刺さり、いつの間にか重く分厚い雪雲に覆われていた灰色の夜空にははらはらと小雪が舞っている。
「確か車庫が在るのは、西の方角だったな」
レオニードが舞い散る小雪を気にする素振りも見せぬままそう言って、研究棟から見て西の方角へと足を向けた次の瞬間、遅蒔きながらも軍事基地内の火災報知器か緊急警報装置か何かが耳障りなサイレン音を奏で始めた。どうやらこれで、彼らが
「糞っ! こうなったら、一刻も早く車庫に行って車輛を調達しなければ! ヴァレンチナ、急ぐぞ!」
けたたましいまでのサイレン音が鳴り響く夜空の下で、ヴァレンチナを肩に担いだままそう言ったレオニードは可能な限り彼自身を急かしつつも、敵兵に発見されぬよう物陰から物陰へと身を隠しながら移動を開始した。すると雪上迷彩服に身を包んだ『共和国』陸軍の兵士達が、C4プラスチック爆弾の爆発によって発生した火災を鎮火すべく、もしくは
「こちらレオニード、車庫を発見した。これより車輛を調達し、軍事基地からの逃走を開始する」
「了解した。その車庫の更に西の方角に在る筈の出入り口は、比較的警備が手薄で、軍事基地と外界とを隔てるゲートも突破し易いだろう。そこを突破して基地の外へと脱出した後は、凍った河沿いに、真っ直ぐ北の方角を目指せ。そのまま国境付近で、キミ達二人を回収する準備を整える」
「了解」
彼の耳に装着された極小の無線機越しにそう言って、レオニードはミロスラーヴァ少佐の新たな指示を、迷う事無く即座に了承した。そしてヴァレンチナを肩に担いだまま眼の前の車庫の内部へと足を踏み入れてみれば、そこには今まさに退出せんとしていた『共和国』陸軍の兵士が立っており、彼らは図らずも至近距離でもって鉢合わせする格好になってしまう。
「■■■! ■■■■■■■! ■■■■■■■!」
東北訛りの『共和国』語でもってそう言って驚くと同時に警告しつつ、兵士は肩から吊り下げていた
「よし、これにしよう」
どうやら車庫の管理及び警備の任に就いていたらしい兵士を始末し終えたレオニードはそう言って、その車庫の一角に駐車されていた四輪駆動の軍用車輛の内の一輛に目星を付けると、まずはその助手席にヴァレンチナを乗り込ませた。そして彼自身もまた運転席に乗り込み、慣れた手付きでもってピッキングツールを利用しながら強制的にエンジンを始動させると、軍用車輛を車庫から発進させて西の方角に在る筈だと言う軍事基地の出入り口を目指す。
「さあ、行くぞ」
そう言ったレオニードは時計回りにハンドルを切って軍用車輛を西の方角に向けると同時に、はらはらと小雪が舞い散る夜空の下で、アクセルペダルをベタ踏み状態になるまで踏み込んだ。そして有らん限りの速度でもって400mばかりも直進し続ければ、やがて前方に、ミロスラーヴァ少佐の言葉通り軍事基地と外界とを隔てるゲートが姿を現す。
「■■! ■■■! ■■■■■!」
ゲートの傍らで歩哨の任に就いていた『共和国』陸軍の兵士達が慌てふためきながらそう言って、こちらへと急速接近しつつある軍用車輛に向けて『共和国』語でもって警告するものの、レオニードとヴァレンチナを乗せた軍用車輛はその警告を無視してアルミ合金製のゲートに突っ込んだ。彼ら二人の身体ががたがたと激しく揺さぶられるほどの衝撃と共に、頑丈なバンパーが激突したゲートが、まるで温められた飴細工の様にぐにゃりと明後日の方向に折れ曲がる。そしてミロスラーヴァ少佐が警備が手薄だと言っていた出入り口を跨ぎ越した軍用車輛は、いとも容易く軍事基地の敷地の外へと脱出する事に成功するのであった。
「良し、これで後は凍った河沿いに走り続けながら、北の方角に在る筈の国境を目指せばいい。ヴァレンチナ、ここから先は悪路ばかりで揺れるだろうが、キミの傷の具合は大丈夫か?」
「ええ、だだだ大丈夫。しゅ、しゅしゅしゅ出血も殆ど止まったし、ふふふ太い血管は傷付いていないと思うから」
「そうか、だったらもう安心だ。それじゃあ国境に辿り着くまで、辛いだろうが、我慢してくれ」
軍用車輛の運転席でハンドルを握るレオニードがそう言えば、助手席に座るヴァレンチナは異形鉄筋の破片が突き刺さった左太腿に走る痛みを押しながら身を乗り出し、隣に座る彼女の婚約者にそっと顔を寄せる。
「レ、レレレレオニード……」
「ヴァレンチナ……」
脇見運転と言う極めて危険な行為に手を染めつつも、そう言ったレオニードとヴァレンチナは互いの顔と顔とを寄せ合いながら、やがて自然な流れでもって唇を重ね合った。
「……ヴァレンチナ、愛してるよ」
「レ、レオニード……ああああたしも愛してます……」
がたがたと激しく揺れる車中でそう言って、互いの愛念の有無を確認し合うレオニードとヴァレンチナの二人を乗せた軍用車輛は、北の国境目指して疾走し続ける。
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