3日後

 ですから、何度も申し上げている通り、「Lucidaルシーダ」は単なるVRゲームではないんです。

 そうですね、「明晰夢」ってあるでしょう。ご存じない?


 そうですか。へえ。えーとですね、夢を見ているときにあっ、これは夢だ、って気づくことあるでしょう。

 そうするとその夢の中で自由にいろいろできることがあるでしょう。空を飛んだり、好きな人に会いに行ったり。

 ふだん起きて暮らしているときと比べてもずっと、何ていうんですか、想像力。妄想力。そういうものが「ブースト」されて感じるわけですね。

「ステーキを食べること」を妄想するには限度がありますが、明晰夢で見るステーキの夢は見た目、温度感、味、香りのどれもが、より現実味を帯びて感じられるわけです。

 弊社のLucidaはですね、夢というわけではないんですが、いわばその「妄想にブーストをかける」ことができるソフトなんですね。

 まず脳波を分析してプレイヤーが脳内に夢想している情景を解析します。ここで「何を見ているか」を判断するわけです。

 そしてAIを使ってその「何か」の映像を作り出してプレイヤーに見せる。映像だけではないですね、音も、味も香りも、肌に感じる感覚も、すべてプレイヤーが実際に感じているんだと錯覚させるような電気信号を作り出し、脳を刺激する。これがLucidaのやっていることのすべてです。

 そしてここからが特徴的なんですがね、みなさん「言ってみたいセリフ」というのがあるでしょう。

「私のために争わないで!」とかね。えへへ。いやあ。別にそういうわけでもないですが。例えばですよ。例えば。

「この中にお医者様はいらっしゃいませんか!」とかね。ほうら。一度は言ってみたいでしょう。

 Lucidaには、このようなセリフを予め入力しておくと、映像の中でそれを自然に発することができるような状況を作り出してくれる、という機能があるんです。

「この中にお医者様は〜」と入力しておいて、HMDをセットしてLucidaを起動する。

 そうすると、飛行機の中。あなたはフライトアテンダント、あるいはパーサーなどの姿をしている。お客さんの一人が突然倒れる。これはまずい。ホノルルまではあと3時間はある。引き返すにも同じくらいかかる。さあどうしよう。

 そしてあなたは決然とこう言うわけです。「この中にお医者様はいらっしゃいませんか!」とね。

 ええ。夢のようなソフトですよね。文字通り。


 ええ。それはもちろん、いいことばかりではありません。最大の欠点として、「自分の想像力以上のことは見ることができない」んですね。

 ステーキのことを妄想しますよね、そうすると五感を最大限に刺激するステーキが出てくる。しかし、知らないものは出てこないんです。ステーキやハンバーグは出せてもアルマヴィーヴァは出てきようもない。


 え? ああ。チリワインです。すみません。好きなもので。

 そうですねそうなると、タバコはお吸いになられますか? よかった。つまり「タバコ」は出せても「マルボロ」は出せない、ということです。

 Lucidaが見せてくれる映像は、どこまで行っても、プレイヤーの想像力次第というわけです。

 このことはご理解の上お使いいただけたら、とはマニュアルにも書かせていただいております。

 依存……。ええ確かに、そういう話は聞いております。しかしそれは弊社の責に帰するものではないと、そう考えております。

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