私が私を受け入れるまで

おじゃが

第1話

1.

「ねーねー、この服どう?似合う?」

「似合ってるよ」

「そーだよねー!この格好で彼とデートに行くんだー」

「絶対ベタ惚れっしょ!」

 こんな会話がひびく女性人気の高い喫茶店。彼女たちの後ろで内田和葉うちだかずはは1人、大好きなカフェラテを堪能たんのうしていた。


 もともと、和葉かずはは人と関わるとエネルギーを消耗しょうもうし、1人のときに精神を回復させることができる『内向型』だった。しかし、彼女の両親と妹は、正反対の外向型。毎日のようにホームパーティを開き、外に連れ出される、そんな環境が苦痛で仕方なかった。


 小学校5年生の時に

「私、人と関わると疲れるんだ……休ませて」

 と母親に打ち明けても、

「ふーん、普通じゃないね。本当に私の娘なのかしら」

 と冷ややかな返答を返されてから、人に本音を言えなくなった。

 世の中、人と関わることがすべてなんだ。

 この一件から、大学生になって一人暮らしをしても、自分のペースで行動できず、友人に合わせる毎日が続いた。

 そんな中でアルバイトのシフトが1日なくなり、行きつけの隣のカフェでゆったりくつろごうと思っていたあとのこれだった。


 女の人というのは、いつもこんな会話ばかり。もっとこう、有益な本や考えさせられる道徳的な音楽の話とかがしたいよ。なんてことを思いながら、和葉かずはは大好きなバンド、ワールドエンドのことを思い返していた。




2.

「ワールドエンド、好きなんですか?」

 そう声を掛けたのは、身長が高く顔立ちの整っているウェイターだった。スラリとした細身の身体とキラキラとかがやく焦げ茶色の瞳に、彼女は目を奪われた。

「えっ、どうしてわかるんです?」

「貴方の付けているキーホルダーは、ワールドエンドのライブでしか買えない限定グッズですからね」

 うらやましいですよ、と彼は笑う。

「どの曲が特に好きなんですか?」

 とウェイターが話題を深掘る。

「特に、売れる前の自分なりの正しさを描写した『世界平和』とか『天使と悪魔』が好きですね。プチブレイクしたキレイな曲調の『パレード』も捨て難いですけど」

「ふふっ、本当に好きなんですね」

 と笑った彼を見て、和葉は内容がディープすぎたかな?と自問自答していると、

「こんなに深くワールドエンドを語れる人、初めて見ました。なかなかマイナーなバンドなので、話せる人がいなくて」

 とウェイターは生き生きとした声で微笑ほほえんだ。


「カフェラテ、特別に無料でお付けしますね。僕は金・土・日の午前中はここで働いているから、またお話しましょう」

 と彼は告げて、業務に戻っていった。



 楽しかったなぁ。またこんな話ができたらいいなぁ。パワーをもらえた気がする。

 彼の名前はなんて名前なんだろう。

 彼の名前は……あぁ、ネームプレートを確認しておけば良かったあ!

 と和葉かずはは帰り際に後悔しながら自転車を走らせた。


3.

「お前って、明るいのに深く考えすぎるところあるよな」

 外川 春樹そとかわはるきは、バイト仲間にこう指摘を受け、思い悩んだ。

「そりゃあわかってるよ。仕方ないじゃねぇか、深く考えるほうが得なんだから」

「だけどさぁ、明るくて楽観的な人間の方が、接客業はいいんだぞ。せっかくおしゃれなんだから、もう少し気にしないで相手に声をかけてみたらいいのに」


 春樹は、自分が『外向型』だということは昔からわかっていた。だけど、家族がみんな人見知りの『内向型』。よく知らない人に声をかけたりしては、親に怒られた。義務教育の通知表でも、もう少し行動を抑えましょうと書かれていた。好きなものを話して知識の浅さに『にわか』とののしられたこともあった。


 なのに今更外向的になれだと?頭イカれてんじゃねぇのか?なんてことを彼は感じていた。


 ワールドエンドと出会ったのは、1年前。単純に曲がキレイだったから好きになった。だけど、曲をいたり、メンバーの人間性を知るうちに、ひとつの事を突き詰める大切さをワールドエンドから学んでいった。


 カフェラテを頼んだ女の子、本物のファンだろうな。あぁ、俺の考えが浅いだけに、薄っぺらい会話しかできなかった!


 今度あったら、彼女に会話の主導権を握ってもらおう。来週は給料日だから、バイト先の隣の書店で漫画を買いに行こう。

 春樹はるきはそう想いをめぐらせて、仕事着に腕を通した。


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私が私を受け入れるまで おじゃが @ojaga1006

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