第6話 勘違い?①

「そういや、最初の軍事拠点とやらには、あとどれくらいで着くんだ?」


 ガタゴトと揺れる馬車の中、ふわぁっと隠すことなく大欠伸を見せたネロは、むにゃむにゃと口を言わせながらのんびりと尋ねる。


「そうね……さっきこの林を抜けたところだから、きっと、昼過ぎには到着出来るんじゃないかしら?」


 ミレニアは傍らに置いた地図を広げながら答える。


「じゃあ、飯は拠点に着いてからか」


「そうなるわね。手の込んだ食事は商隊が到着してからになるから、夕食以降でしょうけれど」


「ま、贅沢は言わねぇよ。三日くらいゆっくりできるんだろ?」


 えぇ、と頷くミレニアに、ネロはほっと安堵のため息を漏らす。どうやら、延々と馬車に揺られる旅路に飽きてきたようだ。

 旧帝国は軍国主義国家だった。『侵略王』の異名を取ったギュンターの治世下で、それは強く推し進められ、国内にはたくさんの軍事拠点が設けられている。ミレニアたちは、旧帝国領を出るまでは、基本的に軍事拠点を辿るようにして北上していく計画を取っていた。


(普段は非戦闘員を優先して街に寄らせているけれど、戦闘員たちも十分に休息を取る必要があるものね……)


 ミレニアは、目的地である北方地域を、かつて父が領土を拡張していったときのように、軍事力を以て制圧するつもりはなかった。


(厳しい自然を相手に暮らしていくには、先人たちの知恵に頼るのが一番効率がいいわ。その相手を武力で押さえつけてしまうのは、要らぬ反感を買ってしまい、得策とは言えない。対話を中心にして先住民たちの理解を得て行かなければ……)


 革命が成ってから、ミレニアたちが帝都を経つまで、半年程度の準備期間があった。厳しい自然や襲い来る魔物を相手に苦心して進軍していき、北方地域に到達するころには、革命から数えて一年はゆうに経っている計算だ。

 当然、それまでには原住民たちの間でも革命の事実は周知されることだろう。ミレニアたち一行が、旧帝国とは違う勢力という印象も強めなければならない。

 もしも旧帝国の勢力だと認識されてしまえば、穏便に話し合いが出来なくなる。旧帝国の勢力を懐に抱え込むことは即ち、今大陸内で最も大きな勢力となっている王国を敵に回すことと同義だからだ。これ以上なく警戒されることだろう。


(私が元旧帝国の皇族だったという情報まで伝わっていたら、なおのこと、最初の警戒心を解くのに苦労するはず……武力で侵略なんて、決して考えてはいけないわ)


 だからこそ、ミレニア一行には非戦闘員が一定人数存在するのだ。

 あくまで戦闘員たちは、道中で遭遇する魔物や物資を狙うならず者、万が一原住民に武力で徹底抗戦されたときに備えているだけだ。この計画の肝はむしろ、ミレニアを筆頭とした非戦闘員たちにある。


 厳しい自然を相手にするが故に居つく人間が少ない北方地域では、人出を確保できないせいで、十分に整備された道路すらほとんどないと聞く。

 そこで、労働奴隷や剣闘奴隷たちがまずはそれらの道を切り開く。それを見せながら原住民たちの知恵を賜われるように対話を重ね、労働力を提供することで住みよい街を作り国へと発展させていくと約束するから、一緒に手を取って『自由の国』を作らないかと持ち掛けていくのだ。


(男の奴隷たちが仕事に邁進できるように、しばらく女たちには後方支援をしてもらうことになるわ。慣れない土地と環境で朝から晩まで力仕事をさせて、さらに衣食住の安寧まで任せるのは効率が悪い。徹底的に男には力仕事に従事してもらえるよう、物資の確保をする補給路の交渉も、女たちに働いてもらいましょう)


 出来る者が、出来ることをやる。それが、ミレニアが考える国造りの計画だった。

 そのために、非戦闘員をたくさん連れての行軍となってしまったこのイレギュラーな事態を解消する手立てが、旧帝国領内に点在する軍事施設を辿る方法なのだ。


「そう言えばネロ。革命軍は、軍事施設から物資を奪ったりはしなかったの?」


「まさか。俺たちは基本的に、民兵に毛が生えた程度の集まりだぞ。訓練された軍人たちの統制の取れた動きに敵うわけない。軍事拠点に喧嘩売るなんて、無謀もいいところだ。出来る限り避けて通ったよ」


「そう……じゃあ、もしかしたら、少しは物資も残っているかもしれないわね」


 ふむふむ、と頷きながらミレニアは頭の中で、ここまでの数日で消費した消耗品の物資を計算しながら、次の拠点にたどり着くまでに必要になるであろう物資の量を考える。

 いくつかは商隊から仕入れたり、途中で立ち寄る街で仕入れたりすることも出来るだろうが、タダで手に入る物があるのならそれを利用しない手はない。


「どうせ、革命の報を聞いて、国に点在する軍事施設にいた者たちは皆、すぐにゴーティスお兄様の軍に合流しようと、持てる物だけをかき集めて、慌てて逃げ出したはずよ。到底、拠点内全ての物資を持っていくことは出来なかったでしょうから、余っているものもあるでしょう。食料は、保存食がどれだけ残っているか不安だけれど――衣服や携帯燃料、野営用のテント、砦建設用の道具なんかがあれば言うことなしね」


「服?」


「えぇ。革命が起きたのは春だったでしょう。ということは、冬服は全て置いて行った可能性が高いわ。……寒冷地を攻略する我々にとって、軍のために仕立てられた冬服は得難い物資よ。防寒に関しては最高級の仕上がりのそれらは、サイズが合えば男たちがそのまま着ても勿論いいし、行軍中の馬車の中で非戦闘員がリメイクして女も身に着けられるような外套にしたりショールにしたり、男たちが服の上から一枚羽織るマントや帽子、手袋なんかにしても良いわ。……非戦闘員たちは皆、無駄に馬車の中にいる時間があるのだもの。馬車酔いしない程度に、作業をさせるのは良いアイディアでしょう」


「なるほどなぁ……さすが、色々考えてるんだな」


 感心したように言うネロに、クスクスと笑う。ここ数日、馬車の中でずっと一緒にいるせいか、彼が元々敵対していたはずの革命軍の側近であったことなど忘れてしまいかねないほどに打ち解けてきた。


「ネロも、これまでずっと馬車に乗っていた分、拠点に着いたらしっかり働いてもらうわよ」


「勿論、それは構わないけど……俺、何したらいいんだ……?」


 拠点では、物資調達のほかに、普段なかなか休めない戦闘員たちを、ゆっくりとふかふかのベッドと滋養のある食事で休ませてやることが主目的だ。


「ふふ。ではレティ、現地ではネロの面倒を見てあげて?優秀なフットマンのように働ける男に、指導してあげてちょうだい」


「はい、ミレニア様」


 菫色の瞳が柔らかく笑んで返事をする。

 ふと馬車の外を見ると、ゆっくりと景色が映り替わり、目的地が近づいていることが予感された。 

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