第6話 幼馴染はパーフェクトレディ

 


  あの後彩月さんは授業が始まる一分前ぐらいに教室に戻ってきた。


  そして授業が終わり放課後がやってきて今に至る。


「あんな感じで、話しかけても逃げられるんだよ」


  あちらから話しかけてくるのはいいけど、こちらから話しかけるのはダメみたいな感じ。こっちから話しかけるとフリーズの後に逃げられる。


「で、何笑ってんだよお前ら」


  さっきから笑いっぱなしの二人をジト目で睨みつける。


「いや、だってさ、ねぇ?」

「笑うしかないだろ。逃げられた時の一葉の顔といったら……!」


  喧嘩売ってんのか。

  何はともあれ、 一応俺が話しかけられない理由に納得した根本が話しかけに行ってくれるらしい。ちなみに彩月さんはまだ教室に残っている。ちらちらと視線を感じるが気のせいだろう。


「それじゃ、オレがさりげなく話しかけて、さりげなくお前らの事情を話してやるよ」

「大丈夫か?」

「おうとも。任せとけ!」


  何故だろう、グッとサムズアップする根本を見ていると無性に不安に駆られるのは……。大丈夫かなぁ……。


「ねぇ、ちょっといい?」


  背後から、冷たい声が聞こえてきた。


「……」


  ギギギッと錆び付いたロボットのように後ろを振り返ると、予想に違わず彩月さんがいた。……え、なぜ?

  どういう事だと二人に視線を向けてみるも、何も知らないとばかりに首を横に振る。


「ちょっといい? か……青柳くん」


  やはりお呼びは俺のようだ。

  振り向くと、彼女の透き通った黒い瞳が微かに揺れた。けれどそれも一瞬の事で、次の瞬間にはいつもの全てを見通すかのような瞳に戻っていた。


「……どうかした? 彩月さん」


  とりあえず話を聞いとけ、という意味だろうか。根本が腕を組み一歩後ろに下がり、藤谷もそれを真似るように下がる。


「いえ、昼休憩声をかけてきてくれたから何かあったのかと思って、ね」

「わざわざ聞きに来てくれたんだ。ありがとう」

「いや、その……ほら、昼休憩の件は私の勘違いで中断させてしまったわけなのだし、貴方が悪い、というものではないわ。むしろ勘違いで貴方の話を勝手に中断させてしまったことは私の方に非があるから」


  めちゃくちゃ早口でフォローされてしまった。しかも自虐が混じってるし……。


「そんな事ないよ。人間なんだから、ちょっとした勘違いからの失敗ってよくあるから」

「……」


  とりあえずフォローをし返そうと思ったのだが、なにやら彩月さんの反応が悪い。なんなら、眉間にシワが寄り始めているような……。


  俺、なんかやっちゃいました?


  視線をスライドさせて、なにか失言をしてしまったかと聞いてみるも、根本はさぁと肩を竦めるだけ。藤谷に至っては気づいてすらいない。

  気まずい時間が、刻々と過ぎていく。そして――


「――私は失敗はしないわ。さっきの発言、撤回します。私は方便として移動教室だから、と理由をつけ教室から離れました」


  えぇ……。

  堂々と嘘をついたと発言をする彩月さんに軽く引いてしまう。根本も引いているようだ。藤谷は聞いてすらいない。


「そ、そう……」

「そうよ。それで、話って何かしら?」


  ちょうどいい機会だ。わざわざ根本に頼んだことが無駄になるがまあいいだろう。


「実は昨日のことについてなんだけど、彩月さんが思ってるような関係じゃないからね?」

「ええ、わかってるわ。帰り道に一緒に晩御飯の買い物に行く程度の関係よね。分かってるから」

「それ絶対分かってないでしょ……」


  というか、字面にしてみると俺と藤谷がすごい親密な関係なように見える不思議。現実は特にそういう訳では無いのに。


「俺の家と藤谷の家が隣同士っていうか、同じアパートなんだよ」

「本当に?」

「ほんとうほんとう」

「それ以外に深い関係があるんじゃないの?」

「ないない」

「……そう。まあ、私には関係の無いことだけれどね」


  本人から教育を頼まれているが別に関係は深くはない。

  同じアパートって説明だけで納得してもらえるかどうかは分からなかったが……、


「……そう」


  今の満足そうな表情を見るに問題は無さそうだ。


「それで、だ。彩月さんに頼みたいことがあるんだけど、いいかな?」

「……? どういったことかによるけれど、聞くだけでいいのなら」


  さて、ここからが本題だ。


「そこにいる藤谷と、仲良く……友達になってやってくれないか?」

「そ――」

「はぁ!?」


  突然飛び火したことに心外だとばかりに驚きの声をあげた藤谷は、首に腕を回してきたかと思うとそのまま廊下へ引っ張り出された。


「ちょいちょい、なにやってんだよ!?」

「なにって……友達作りだけど?」


  見てわからなかったのか? と首を傾げると、藤谷はそうじゃないと勢いよく首を横に振った。


「あたしが言いたいのは、あたしの友達をなんであんたが作ってんのってこと!」


  まあ、そうだろうな。自分の意思を完全に無視した行動にはさすがの藤谷も怒りを覚えたことだろう。そんな彼女を落ち着かせるため、一拍置いて口を開く。


「まあ落ち着け。なんで俺がこんなことをしたかだけど、それはお前の願いを叶えるためだ」

「……願い?」


  え、こいつ忘れてないよな。何言ってんだこいつ、とばかりに首を傾げてやがるけど。さすがに忘れてないことを祈りつつ、人差し指を藤谷の目の前で立てながら懇切丁寧に教えてやる。


「パーフェクト姉になりたいんだろ?」

「ぱーふぇくと……ああ! パーフェク姉ね! まあ、そうね、なるわ」


  断言ときたか。

  明言を避けることはせず、堂々と言い放った彼女の言葉には決意が滲み出てきていた。……でも、忘れてたんだよなぁこいつ。


「なら、友達の一人や二人作っとけよ。家事出来るけど友達いないなんて中途半端なパーフェクト姉にはなりたくないだろ?」


  中途半端なパーフェクトだなんて、一言で矛盾している言葉でも藤谷には心を打つ言葉だったようで特に反論はない。

  かと思いきや、どこかいじけるように、ぽしょりと彼女は言った。


「……友達ならあんたがいるじゃん」

「お、おう……?」


  不良が捨て猫を拾う、猫カフェで出会う鬼上司、普段ツンな態度の猫の唐突なデレ。

  これが……ギャップ萌えというやつか。猫要素はないが、普段とは違うギャップが俺に襲いかかる。


「……というか、友達って思ってくれてたんだな」


  動揺を面に出さないよう意識しながら、何気なしにそう言った。


「いや、あたしのことなんだと思ってるんだよ。これだけ色々してもらって、ただの隣人ってわけないだろ」

「普通に使用人とか使いっ走りとかと思われてるもんだと思ってた」

「どこの普通だよ、それは……」


  友達か。友達、か。


「まあ、何にしてもだ。女友達がいてもいいだろうが。同性だからこそ相談出来ることだってあるだろうし」


  場の空気を変えるために話題を元に戻す。


「そういうもんか?」

「そういうものだろ」


  知らんけど。


「……まあ確かに青柳の言うことももっとも……か」


  どうやら納得してくれたみたいでよかった。


「問題は彩月さんがそれを受けてくれるかってところだな」


  納得しているようなので、俺たちは教室へと戻る。教室の中には彩月さんと話す根本の姿があった。


「おー、戻ってきたか」

「あー……と、何話してるの?」


  言外に余計なことを言ってないだろうな? と問い詰めると、察したのか察してないのか分からないが、ウインクを返してきやがった。さらに不安になってきた。


「え、ほんとに何話してたの?」

「ほら、いきなり話したことない人同士ってのも気まずいだろうし、オレと一葉入れてグループ作らないかって提案してたんだよ」


  なにそれ聞いていない。徐々に藤谷からフェイドアウトしていこうと思ってたのに。


「でも、彩月さんはいいの? ほら、同性同士の方が気が楽だとか」


  藤谷に聞いても、いいんじゃね? としか返ってきそうにないので、彩月さんに水を向ける。


「問題ないわ。交友関係は広い方がいいものね。もちろん、貴方に拒否権はあるけれど」


  若干頬が火照っている彩月さんは口早にそう言った。

  どうやら、彩月さんは俺と根本が付いてくることに不満はないらしい。とりあえず、可能性は低いだろうけど一応……。


「藤谷はどう――」

「いいんじゃね」


  ここまで予想通りの返答だと呆れの前に軽い感動を覚えてしまう。


「じゃあ、よろしくね。彩月さん」

「さんは要らないわ。それと、そこの二人に話してるみたいに砕けた口調でいいわよ」

「そう? じゃ、よろしくな」


  手を差し出すと、彩月はじーっとこちらを凝視したかと思うとちょこっとだけ手に触れてきた。これが握手代わりということなのだろう。


「よし、じゃー四人で帰ろっか!」

「いや。今日は彩月と帰ってくれ。ちょっと根本に聞きたいことがある」


  そう藤谷が提案してきたが、俺はそう言いながら根本を拘束した。


「拘束するのはいいけど、ちょっと痛いんだが。聞いてるか? おーい」

「そうか。じゃあ、一緒に帰ろうよ、彩月さん」

「そうね。では」

「気をつけてな」


  腕の中で悲鳴をあげる根本を二人は無視してさっさと帰ってしまった。二人の姿が見えなくなって少しすると、するりと根本は腕の中から抜け出した。


「で、どういうつもりだ?」

「なにが?」


  分からないな、とばかりに肩を竦める根本の態度に、俺はついつい苛立ってしまう。


「なんでグループを作ろうと思ったのかって話」

「そっちの方が面白そうだからな」

「面白そうって……」


  まさかこいつは、俺が今置かれている状況をある程度は把握しているということか。そのうえで面白くなる方へと誘導したと。


「まあいいじゃねぇか。目的自体は達成出来たんだしよ」


  確かに根本のおかげで、俺の中の想定よりも早くかつ良い方向へと転がっている。だが、そんな中でも解せない点がひとつある。

  それは、俺が藤谷と彩月をくっつけようとしているということを誰かに話した覚えはない。なのに何故ある程度状況を把握しているのか。


「一葉の言動や感情の動きを見ていたら、ある程度は予測がつくからな」

「何それ怖い」


  些細なことで自分を分析されている、というのはわざわざ聞かされると何とも言えない気持ちになる。

  だが、そうやって言いたい事を推測する根本も限界があるのか、根本が俺に問いかけてきた。


「だが、どう考えても理由がわからない。どうしてあの二人をくっつけようと思ったんだ?」


  今回彩月に接触した理由はただひとつ。本人と藤谷の仲を進展させることだ。そしてなぜわざわざ彩月なのかという理由はただ一つ。それは――


「彩月がパーフェクトレデイだからだよ」

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