第5話 幼なじみは話せない

 


「根本、ちょっと相談いいか?」


  昼休みに入るなり、俺は根本の席へ向かいそう話しかけた。根本は俺から話しかけに来たことが信じられなかったのか、一度辺りを見回し、目を擦り、自分を指さした。


「え、オレ?」

「……お前以外に気軽に話しかけられるやついねぇよ」

「あ、なんかすまん」


  本当に謝られることじゃない。授業とか、提出物とかでコミュニケーションがしっかりとれるのであれば、学校生活に支障は出ないからな。ちなみにこれは経験則。


「相談って、昨日終わったんじゃなかったのか?」

「それとは別件。……いや、ちょっと関係あるけども」

「……まあいいけど。昼飯、持って行ってもいいか?」


  藤谷は昼休みに入るなりどこかへ行ってしまったので、別に移動する必要は無い。しかし、教室内はどこもかしこも友達同士で集まってお喋りを繰り広げているので、些か騒がしい。

  ……何するにしても、静かなところの方がいいからな。


「おう。俺も昼飯持っていくから、ちょっと待ってて」

「りょ」


  そうして俺たちは、二人揃って弁当持って昨日の場所へと向かう。


「あれー、どしたの?」


  階段を上っていると、頭上からなにやら聞きなれた声が降ってきた。まさか、と思いつつ見上げてみると、焼きそばパンを頬張る藤谷の姿がそこにはあった。


「なんでいるの……」

「いたら悪いのかよー。いいじゃん、どこに居ようとも」

「いやまあそうなんだけどさ……」


  頭を掻きながら横を見る。根本に場所を変えるか聞いてみようと思ったのだが、既にそこに彼の姿はなかった。


「おいそこのお前、何してんだ?」

「もう行っちゃったかあ」


  ここはどうするか相談するべきところだと思うのだが、彼にはそんな考えなど通じないらしい。藤谷の隣に立ってこちらを見下ろす根本を見ながら、そっと息を吐いた。


「ほら、さっさと来いよ。飯食う時間無くなるぞー」

「そうそう。残ったらあたしが食べるからさ、安心しな」

「残ったら帰ってから食べるよ……というか、仲良いなお前ら」


  この二人仲良かったっけ……? と軽く首を捻りながら階段を上り終わる。昨日と同じ薄暗い踊り場には似合わない藤谷の明るい髪が微かに揺れた。


「いやいやいや。仲良いって言われても……そもそもこの人、だれ?」

「流れで会話してたけど、確か同じクラスの藤谷……だよな? オレ話したことないけど」

「ええ……」


  初対面、どころか名前すら把握してないのによくそんなに盛り上がれたな。


「じゃあまずは自己紹介でもするか? オレは根本、こいつの友人だ」


  そう言いながら肩を叩いてきた。……痛い。


「あたしか。あたしは藤谷 咲希、こいつの……隣人? だ」


  そう言いながら小突いてきた。……攻撃するな。


「隣人……あー、あんたが話の」


  へー、と藤谷を一通り眺めたあと、根本はとても不愉快な笑みを浮かべて振り向いてきた。


「……なるほど」

「なるほど、じゃないよ。多分お前が考えてること全部外れてるぞ」


  この下衆の笑みを見れば何を考えているのか大体想像がつく。


「保護者と被保護者」

「ごめん、あってるわ」


  正しく関係を見破られてしまっていたようだ。心做しか、下衆な笑みが誇らしげに見える。でも、若干面白がってる感じがするので下衆さは抜けない。


「あんたら、もしかしてあたしのことバカにしてる?」

「してないしてない」


  バカだとは思ってるけど。


「んで、相談ってなんのことだ?」


  このままじゃ話が進まないとでも思ったのか、一つ手を叩いた根本の方へ意識が引き寄せられた。

  ……いや、それここで言うのかよ。別にいいけど。


「お、なんだ? 悩み事か? しょーがないなー。ここはあたしが一肌脱いであげようか!」

「いや、いらない。というか余計なことしないで踏み込まないで気にしないで」

「照れるなって。大丈夫、あたし人の秘密を言いふらしたりしないから!」


  そういう事じゃないんだよなぁ……。というか、こいつの前で話すの絶対失敗だったろ。

  恨みの籠った目で根本を睨みつけてやるが、それに気づいていないのか早くしろと無言で訴えかけてくる。

  まあ、いいか……。


「で、相談についてなんだけど……」

「うんうん」


  藤谷がいつになく真剣に俺の話に聞き入っている。この態度をもっと他のところで発揮出来れば……!


「昨日、こいつといるところを彩月さんに見られた」


  透き通った瞳をキラキラさせている藤谷を指さして、簡潔にそう述べた。


「……はい?」


  だが、やはり簡潔すぎたようで藤谷はもちろん根本もよく分かっていないような表情をしていた。


「あー……と。その、それに対して何を相談してるんだ?」

「変に勘違いされたら困るだろうが」


  藤谷は友達はいないがよく目立つ。外国人の転校生で、金髪碧眼ときたらそりゃ目立つ。つまり、そんな人物に浮いた話が出ようものなら、日々の生活のスパイス代わりにあることないこと言いふらされるのではないか、というのが相談内容だ。


  建前上は、の話になるけれども。


  藤谷を巻き込んだのは後々の手間が省けた。とは言っても、余計な茶々を入れられる可能性を考えればあとから巻き込む方がベターだったのだが。


「なーんだ。そんなことかよ」


  藤谷はすぐに興味を失ったようで、焼きそばパンをもっしゃもっしゃと食べるのを再開した。


「で、それの何が問題なんだ? 彩月さんは詳しくは知らないけど、言いふらすような人じゃないだろ。まさか……」


  根本は無言の間に意味を含ませる。


「違う違う。ただ単に幼なじみってだけ」

「幼なじみっ!?」


  思いの外藤谷が食いついてきた。

  さっきの三倍増しでお目目がキラッキラしていて、一歩ほど思わず下がってしまった。ええ……どうしたの急に……。

  俺が困惑しているのを他所に藤谷はなにやら話し始めていた。


「幼なじみっていいよね! ご飯作ってくれるし、掃除してくれるし、買い物行ってくれる!!」

「おいこら。藤谷、お前もしかして幼なじみのこと使用人みたいなものだとでも思ってるのか?」


  そうでなくても、なんて嫌な幼なじみ像だ。絶対自分に都合のいいように歪曲してるだろ。


「えっ! 違うの!?」

「これ素だったのか……?」


  心底驚く藤谷の様子を見て、根本がちょっと引いたのか口元がひくついていた。


「まあ、そろそろ幼なじみ談議は終了してくれ。早くしないと休み時間が終わる」

「あー、確かに」


  時間を確認し終えると、二人してペースを上げて昼飯を食べ始めた。


「……聞く気ある?」

「きにふるは。はんとひいてふ」

「ない」


  ほんと藤谷さぁ、ほんと。

  だが、元々藤谷に話に来ていた訳では無いし藤谷か聞こうが聞かまいがどっちでもいい。


「で、だ。相談も言うより頼み事になるんだけど、彩月さんの誤解を解いて来てくれないか?」

「え、なんで?」


  反射的に思わず、といった感じで聞き返されてしまった。いやまあそうだよね、そりゃなんでって思うよな。


「恥ずかしいからってすぐに人に頼るのは良くないよー?」


  おま言う。

  昼飯を食べ終わったらしい藤谷がさっそく茶々を入れてきた。


「正論だな。一葉、まずはお前から話しかけたらどうだ。別に仲が悪い、という訳でもないんだろ?」

「そうだな。そういう訳でもない」


  仲が悪い、という訳では無い。ただ、別の問題があるが……それは説明したところで理解してもらえるか分からない。


「わかった。一度、話しかけてみる」

「おう。まあ頑張れ」


  善は急げと言うし、昼休みもあと少し。ちょうど二人とも昼飯を食べ終わったようなので、今から行ってみるか。




  教室に戻り見回すと、半数以上の生徒がどこかに行っている中で一人だけ席に着き、ノートを開いて勉強をしている少女が目に付いた。


「な、なあ、ちょっと言い?」


  根本以外とクラスで話したことないため、呼びかける声は自然と震えていた。


「あら、何かしら」


  忙しなく動いていたシャーペンがピタと動きを止めて、理知的な瞳がこちらを捉える。……と、フリーズした。


「えっ……と、ちょっと話したいことあるんだけど、いい?」


  馴れ馴れしすぎないよう、かと言って変に敬語になってしまわないように気をつけながら、そう言葉を紡いだ。

  けれど、突然話しかけてしまったせいで処理が追いついていないのか固まったまま動かない。


「大丈夫……?」

「…………っ!?」


  目の前で何度か手を振ると、ようやく再起動した。どうしよう……これもう一度出直した方がいいかな。


「ぁ……と、じゅ……!」

「じゅ?」


  途切れ途切れながらも、彼女の口から言葉が漏れる。そして、ガタッと勢いよく席から立ったかと思うと、


「授業……! そろそろ、授業始まるから。移動しないと……!!」


  そう言い残して、教室から出ていってしまった。

  事の成り行きを見守っていた藤谷と根本の視線が痛い。


  ……まあ、何はともあれ言うことはただ一つ。


「次の授業、教室なんだけど……」

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