もしも、タイムマシーンがあったなら

 結局は彼氏を失った埋め合わせに身体を重ねることを許したんだと思う。

 彼氏と別れた理由なんて誰が悪いとか何が悪いとかよくわからないもので、はっきりとわかったのは私はもう彼氏には求められていないということだった。

 こんな年齢にもなると求められていないというのはとても淋しいことで、だから安易に求めてくれる相手に寄り添いたくなった。


 でも実際には事に及ぼうとなった段階で何だか冷めてしまった。

 いや、醒めてしまった。

 お酒を飲む以前の何かに私は酔っている事に気づいてしまった。

 可哀想な私とか淋しい私とか、そういう陳腐な詩の様な何かに。

 男からしてみればただただヤれる女なんだと、消費物みたいなもんだとそう思えてしまった瞬間、私は覆い被さろうとする荻原を蹴飛ばしていた。


 ベッドから落とされて、何をするんだ、と冷静さを取り持ちつつ動揺の声を上げる荻原。

 私はまるで計画してた様に、順序を守る様に起き上がり、座り込んだままの荻原の顔を踏みつける様に蹴った。

 相手の鼻の感触が素足だと意外に堅い。

 そうやって何度か蹴りながらそういえば荻原の顔をろくに憶えていなかった事に気づいた。

 私はそれほどこの男に興味が無かったんだと、恐くなった。


 足に血がつく。

 最近は足が地についてる感覚が失われていた気がしたので、上手い話だと少し笑えた。


 鼻からなのか唇が切れてなのかわからない、足についてしまった血をベッドのシーツに擦りつける。


 荻原は一体何故こんな状態になったのかわかっていないようで、怯え、怒り、動揺し反抗の睨みを私にきかしながら顔を両手でおさえていた。

 その手ごともう一度荻原の顔を蹴った。

 押す様な前蹴りで、荻原は上半身から仰向けに倒れていく。


 ひぃ、と荻原は声をあげた。


 漫画みたいだなと思った。

 多分言ってしまった本人も頭の片隅で思ったんじゃないだろうか、ああ本当によくわからない恐怖に対して人は、ひぃ、と鳴いてしまうのだと。


 立ててもいない計画は続く。

 私はベッドから降りて、飾ってあった花瓶から花を抜いた。

 ラブホテルにせめてもの飾り気を出したかった様だが、造花なのが余計に悲しみを引き立たせてる気がする。

 花瓶の中には水は入ってなくて、私はそれを持ち上げて――。



 私の足もとには、死体。

 男の死体。

 後頭部から血を垂れ流し、俯せに横たわっている死体。


 もしも、タイムマシーンがあったなら。


 私はどの過去に戻るべきなんだろうか。

 そこから全てをやり直すべきなんだろうか。

 それとも、過去の自分に何かアドバイスだけを伝えてやるべきなんだろうか。


 男という分岐点は私には色々とあってしまう。

 やり直すべき分岐点がどれなのか最早わからない。

 どれもこれも光輝くものに見えて、どれもこれも酷くつまらないものに見える。


 今、私自身が酷くつまらない者なのだから。

 過去を変えたところで代わり映えしないだろう。

 私は相変わらずつまらない理由で男と別れ、つまらない理由で男に抱かれ、つまらない理由で男を殺す。

 だから私はそれらを乗り越えた未来を知りたい。

 全てを克服し幸せに生きる未来に逃げたい。


 そう幸せな未来を生きたいならば今を、この現状を、この惨状をどうにかしないといけない。

 ミステリーの完全密室を作る犯人の様に、この場を切り抜けなきゃならない。

 しかし、そんな知恵は私には無い。

 ミステリー小説をあまり読まないし、ドラマや映画もごくたまにしか観ないから。

 ……とすると、過去に戻り勉強するべきか。




 もしも、タイムマシーンがあったなら。

 

 私は――。

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拡張する未来と時間遡行 清泪(せいな) @seina35

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