第39話

 最近不穏な視線を感じることが多くなっていた。

 だいたいこの手の視線は夏輝さんファンの関係が多かったので、その関係だろうと思ったし、翔子と静音さんが夏輝さんがあたしに懐いていることに関してその噂をどうにかすると言っていたこともあって、このところ静観していたのだけどどうも視線の質が違ってきてる気がする。

 いったいどんな手を使って夏輝さんファンの考えを変えたのか気になって、お昼休憩のとき、裏庭で羽衣ちゃんとお弁当を食べているときに尋ねてみた。

「千鶴と月宮先輩とに関する噂? あぁ、そういえばなんか小耳に挟んだなぁ」

「どんな噂?」

「確か、実は千鶴は月宮先輩の性奴隷だって話だったかな」

「ぶっ! けほっけほっ!」

 おにぎりを食べているところにそんなことを言われてむせてしまう。

「なな、なんでそんな話に!?」

「さぁ? わたしも小耳に挟んだだけだから詳しくは知らないよ」

 いったいどんな手を使ったらあたしが夏輝さんの性奴隷なんかになってるって話になるんだ。

 これは早急にふたりを問い詰めないと夏輝さんファンからだけでなく、他の普通の生徒からも変な目で見られかねない。

 お弁当をとにかく急いで掻き込んで、羽衣ちゃんに断りを入れてからクラスに戻る。

 翔子も静音さんも同じクラスだからすぐに捕まるはずだ。

 翔子は友達とお喋りしながらお弁当を食べている最中で、静音さんはひとりでお弁当を食べている。

 仕方がないのでふたりが食べ終わるのを待ってからふたりを呼び出し、廊下に連れ出す。

「いったい何なの、千鶴」

「どうかした?」

「どうかした? じゃないよ。この前、夏輝さんファンからの悪評をどうにかするって言ってたけど、あれ、どんな手を使ったわけ?」

「どんなって、あれから静音と話し合って、『千鶴は夏輝さんにとってお気に入りのおもちゃみたいなものだから深い意味はない。お気に入りのおもちゃが手に入ったら誰だってそうなるでしょ』って話を広めただけよ」

「右に同じく。ついでにわたしは『千鶴はわたしのものだから夏輝ちゃんもそれをわかって遊んでる』って付け加えた」

「ちょっ! 静音! 打ち合わせた以外の話を広めないでよ!」

 猛然と翔子は静音に言い寄るけれど、静音さんは表情を変えずに平気な顔。

 何となくわかってきた。

 要はこうだ。

 あたしは夏輝さんのおもちゃである。あたしは静音さんのものである。きっとあたしと静音さんは深い仲なんだろう。その深い仲に夏輝さんも加わっている。でもあたしは夏輝さんのおもちゃだから性奴隷に違いない。

 何とも強引な論法だけど、噂なんてどこでどう歪曲されるかわかったもんじゃない。

 がっくり来た。

 確かにふたりで打ち合わせただけの話を広めたなら、ここまで話がこじれることはなかったと思う。

 でも静音さんが余計なひと言を付け加えたせいで、あたしはあらぬ嫌疑をかけられてるってわけだ。

「何かあったの?」

「あったも何も、羽衣ちゃんから聞いた噂だとあたし、夏輝さんの性奴隷になってるんだよ!?」

「せ、性奴隷!?」

「セックスはしてないからその表現はおかしい」

「そういう問題じゃないよね!?」

「あー、何となくあたしにもわかってきたわ。静音が余計なことを付け加えたせいで、話が捻じ曲がっちゃったのね」

「余計なことは言ってない。千鶴が夏輝ちゃんより仲のいい人がいると言う話があればもっと説得力が増すと思っただけ」

「じゃぁ素直に仲がいいって言おうよ! なんで静音さんのものになってるの!?」

「そのほうがより仲がいいと思ってもらえるはずだと思った」

 静音さんの表情は変わらないけど、きっと悪気はないのだと思った。

 翔子の言い訳は理解できるし、静音さんにも悪気はない。

 でも夏輝さんファンの視線はより不穏になったわけで、ふたりの思惑ははっきり言って失敗だったと言わざるを得ない。

「どうすんの、この状況……」

 きっと夏輝さんは宣言どおり、毎日あたしにおんぶしてもらって登校するつもりだろうし、実際そうするだろう。

 そうなるとあたしが夏輝さんに言いように使われてるって話に信憑性が増してくるわけで、いきおいそれはあたしが夏輝さんの性奴隷だと言うことを裏付ける可能性が大なのだ。

「静音が余計なこと言うから」

「わたしだって千鶴のためを思っただけ」

「それでも打ち合わせたとおりのことだけ言ってればこんなことにならなかったかもしれないじゃない」

「それは結果論。こうなった以上、これからのことを考えたほうがいい」

「それはそうだけど……」

 静音さんのほうが正論だ。

 もう噂は羽衣ちゃんの耳に入るまで広まってるんだから今度はそれを打ち消す方法を考えたほうがいい。

「でもどうするの? これから夏輝さんはずっとあたしにおんぶされて登校するのは決定事項なんだよ?」

「夏輝さんに言ってやめてもらうのは?」

「それを言って落ち込まれるのはあたしなんだよ? 翔子だって夏輝さんが落ち込むところを見たいと思う?」

「それはちょっと……。普段明るいから落ち込まれると破壊力がすごいもんね」

「でしょう? だからその線はなし。だからより強力な噂を流して今の噂を駆逐する以外に手はないと思うんだよ」

「でもここまでこじれたら打ち消すのは簡単じゃないと思う」

「こじれた原因の一端は静音さんにもあるんだからちょっとは考えてよぉ」

「じゃぁホントにわたしのものになる? 学校でキスでもしたら噂なんて一気に吹き飛ぶと思うけど」

「なんでそういう発想になるかな!? それに、そんなことしたら静音さんに憧れてる男子を敵に回すと思うんだけど」

「わたしはその辺の有象無象なんて気にしない」

「あたしが気にするの! 夏輝さんの関係でただでさえ白い目で見られることがあるのに、これ以上敵を増やしてどうするの!」

「千鶴は要求が多い」

「普通に、平穏に、学校生活を送りたいだけだよ!?」

「まぁまぁ、千鶴も落ち着いて。確かに任せろと言った手前、あたしたちにも責任はあるわ。静音、とにかく何か考えましょう。この際だから舞子や友喜音さんの手を借りるのも仕方がないわ」

「わかった」

「頼むよ、ふたりとも」

「わかってるわよ。静音、帰ったら早速作戦会議よ」

「わかった。でもなんで夏輝ちゃんの性奴隷なんだろう? わたしの性奴隷ならわたしはぜんぜん構わないのに」

「そっちでも構うよ!」

 相変わらず静音さんの思考回路もぶっ飛んでる。

 頭の痛い悩みができてしまったけど、あたしがあれこれ言って余計にこじれるより、同じ寮生であるみんなの口から否定してもらったほうがまだ信憑性はあると思う。

 だからこそふたりに任せることにしたんだけど、話を終えて自分の席に戻ったあたしを羽衣ちゃんが出迎えた。

「なんだか大変なことになってるね」

「聞こえてた?」

「少しね。でもわたしが考えるに、鍵谷先輩に頼るのが一番じゃないかなって思うな」

「友喜音さんに? なんで?」

「だって一番月宮先輩と付き合いが長いじゃない? そんな相手が実はこうなんだよって言うのが一番信憑性があると思うけどな」

「でもここまで話が変な方向に行ってるのに、友喜音さんだけの話で終息するかな?」

「そこはわかんないけど、わたしは鍵谷先輩に頼るのが一番だと思うよ」

「うーん、そうかぁ。じゃぁ今日の作戦会議に友喜音さんに参加してもらえるように頼んでみようかなぁ。受験生で忙しいからあんまり手を煩わせたくないんだけど」

「じゃぁ月宮先輩が卒業するまで我慢する?」

「それは勘弁して」

「じゃぁちょっとの間だと思って鍵谷先輩に頼ってみたら?」

「そうだね。うん、そうする」

 確かに一番夏輝さんのことをよくわかってる友喜音さんが加わってくれれば百人力な気がする。

 あとで翔子と静音さんにも話しておこうと思ってあたしはようやくちょっと希望が見えた気がして気が楽になった。

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