第6話

 あたしがこの誠陵館に入ってから5日。

 始業式まであと2日と言う時期になって最後の寮生が帰ってきた。

 お昼ご飯を食べてしばらくしてからだったので、彩也子さん、舞子さん、静音さん、夏輝さん、友喜音さんの4人とともに最後の寮生を出迎えた。

「お帰りなさい、翔子ちゃん」

「ただいま、彩也子さん」

 あたしと同じようにキャリーバッグを持ったその寮生はショートボブに少し丸い顔立ち、バランスの取れた身体つきが印象に残るくらいの、見た目は普通の女子高生だった。

「で、話に聞いてた新しい寮生ってのは?」

「あ、あたしです。初めまして、志摩千鶴と言います。これからよろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げて自己紹介をすると、翔子さんは目を瞠ってあたしを見た。

「志摩…千鶴?」

「あ、はい。そうですけど」

「初めまして?」

「え? あ、はい。初対面ですよね?」

「あぁ、そうね。ふんっ」

 何か余計なことを言っただろうか?

 翔子さんはそっぽを向いてしまって不機嫌そうだ。

「あたしは福井翔子。2年生よ」

「あ、同い年ですね」

「そうね」

 つれない。

 こっちは同じ寮に暮らす寮生として仲良くしたいのに、翔子さんはつんけんしていてあたしとまともに目を合わせようともしない。

「じゃぁあたし、荷物片付けてるから晩ご飯の時間になったら呼んで」

 そう言って翔子さんは不機嫌な様子のまま、寮に入っていってしまった。

 それを見送ってからあたしは首を傾げた。

「ねぇ舞子さん、福井さんっていつもあんな感じなの?」

「そうでもないぜ。至って普通の女の子だ。帰る途中のバスで痴漢にでも遭ったか?」

 それはないだろう。だいたい清水学園は辺鄙な場所にあるし、バスの本数も少ない。いきおい、それは利用客が少ないと言うことであって満員電車でぎゅうぎゅう詰めになって痴漢に遭うなんてことはないだろう。

 だったらどうしてあんなふうにつんけんしているのだろうと疑問が湧いてくる。

「まぁ気にするな! ちょっと虫の居所が悪いだけだろう! すぐに元通りになる!」

「はぁ」

 まぁ、確かに機嫌が悪いときだってあるだろう。それがたまたま今だけの話ならそっとしておくのがいいのかもしれない。

 あたしの自己紹介もすませたし、これでこの誠陵館に住む寮生は全員揃ったことになる。

 三々五々、散らばっていってしまったみんなと同じように自分の部屋に戻ったあたしは、宿題は友喜音さんに見てもらって終わったし、特にやることがないのでごろごろしながら晩ご飯までの時間を潰した。

 7時過ぎごろになって彩也子さんが晩ご飯ができたと言ってくれたので、食堂に行ってみんなと晩ご飯を食べる。

 けれど翔子さんはまだ不機嫌そうで、むすっとしたまま晩ご飯を食べている。

 一時のことと思っていたけれど、まだ怒っている感じでいったい何がそうさせているのだろうと思いつつ、晩ご飯を食べていると彩也子さんが晩ご飯が終わったタイミングで言った。

「これでみんな揃ったことだし、明後日から学校。明日しか日にちはないから明日、千鶴ちゃんの歓迎会をします」

「おぉ! それは何よりだ!」

「賛成。でも夏輝ちゃん、食べてばっかりじゃなくて色々して遊ぼうぜ」

「無論だ! どんなゲームでもどんと来いだ!」

「静音もやるわよね?」

「うん」

「友喜音ちゃんは?」

「わ、私は見てるだけでいい。ゲームとか得意じゃないし」

「あら、残念。千鶴は強制参加ね。千鶴の歓迎会だもんな。主賓がいなくちゃ始まらない」

「わかってますよ」

 歓迎会かぁ。

 翔子さんがまだ不機嫌なのが気にはなるけど、明日になれば少しは機嫌も直っているだろう。

 ただ、ゲームとか舞子さんが選ぶゲームとなるといったいどんなものになるのかと言う一抹の不安があるけれど。

 でも夏輝さんがここぞの言うときの彩也子さんの手料理は絶品だと言ってくれたので、ただ食べてお喋りをしてときどきゲームなんかをするくらいなら楽しい時間が過ごせるのではないかと思った。

 話の流れで歓迎会以外での彩也子さんが主催するパーティの話になったけれど、こういう歓迎会や誰かの誕生日、クリスマス、バレンタインデーなどなど、季節のイベントごとには必ず彩也子さんは豪勢な料理を作ってくれて、おまけに街まで出ていってケーキも買ってきてくれるとのこと。

 優しいし、料理上手だし、寮の手入れや寮生の服の洗濯とか、色々とやることはたくさんあると言うのに彩也子さんはいつもにこにこと笑顔でそれらをこなしている。

 これほど寮母さんにふさわしい人はいないんじゃないかってくらいのできた人だ。おまけに美人だし、胸は何カップあるのかわかんないくらい大きいし。

 胸の話はいらないか。考えると平均サイズのあたしが凹みそうだし。

 でもこんなできた女性をお嫁さんにできる人は幸せだろうなぁなんてことも思った。

 それはさておき、翔子さんがまだ不機嫌なのは気になったけれど、明日の歓迎会は純粋に楽しみだったので晩ご飯が終わった後、どんな歓迎会になるのだろうとうきうきしながらお風呂の順番を待つことにする。

 晩ご飯を食べ終わって1時間ほどしてから彩也子さんがお風呂が沸いたと言ってくれたので、どういう順番でと思い、舞子さんの部屋に向かう。たぶん、翔子さんが帰ってきたから翔子さんが一番風呂になるんだろうなぁと思いつつ舞子さんのいる104号室に向かう。

 舞子さんからは同じ女同士で恥ずかしいこともないだろうと言うことでノックはいらないと言われていたので、一言入りますよぉと断りを入れて104号室の扉を開けた。

「なっ…!」

「は?」

 そこにいたのは舞子さんではなく下着姿の翔子さんだった。

「な、なんで福井さんが舞子さんの部屋に!?」

「ここは104号室じゃなくて103号室よ!」

「えぇ!?」

 慌てて扉のプレートを見るとほとんど見えないくらい擦れた文字で103号室と書いてあった。

「ご、ごめんなさい! 間違えました!」

「だったら早く出てけー!」

 顔を真っ赤にして怒鳴られて、慌てて扉を閉める。

 静音さんとは違った意味でまた白い肌を見ることになってしまってドキドキした。

 もちろん、怒られたこともあるんだろうけど。

 103号室の扉を背に、大きく吐息をすると隣の104号室から怒鳴り声を聞きつけたのだろう舞子さんが現れた。

「どうした?」

「舞子さんの部屋と福井さんの部屋を間違えちゃって怒られちゃって」

「あぁ、なるほどね。着替えでも見たか?」

「ばっちり……」

「あはは。翔子はあれでちぃと気が強い。初対面の人間に見られて恥ずかしかったんだろうな。まぁ後で謝っとくことだ。話がわからない相手じゃないから謝れば許してくれるさ」

「そうですね。そうします」

「ところで何の用だったんだ?」

「あぁ、お風呂の順番です」

「なる。こういうときは……」

「一番風呂は福井さんだよね?」

「わかってるじゃないか。まぁ、また千鶴が翔子に言うのはきついだろう。うちから言っておくから千鶴は部屋に戻っていいぞ」

「そうします」

「あぁ」

 やらかしたなぁ。

 そう思ったけれど、見られて困ることはないからノックはいらないと言う舞子さん、何もないところですっ転んであたしの顔に胸を押し当てること多数の静音さん、恥じらいと言う言葉を知らない夏輝さんと色んな意味で個性的な面々に囲まれている中、下着姿を見られてあんなに怒られる、と言うのはこの寮に来て初めてだったのである意味新鮮だった。

 むしろ友喜音さんと同じ常識人のような気がして、不機嫌な理由がわかって、それが解消できて、そして仲良くなれればいい友達関係が築けるのではないかと淡い期待を持った。

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