第2話 月見の夜の罠

 安芸守とは、芝原城主の久米くめ安芸守義広よしひろのことである。

 義広は、持隆の妹を妻に迎えており、持隆の腹心ともいうべき側近中の側近であった。

 細川持隆が一人残った義広を前に当たり散らす。

「三好義賢め、わが重臣らの前で公然とに異を唱えるとは、不遜きわまれり。躬をなんと思っておるのか。いままでの恩を忘れ、ほざきおって。許せぬ。成敗いたす。ただちに討伐の兵を挙げ、あやつの首をねよ」

 この下命に、義広は驚愕した。

「しっ、しかし、義賢どのは阿波の三郡を領し、細川家の中でも最大勢力。しかも、畿内の覇者三好長慶どのの弟御におわす。その者を討ち取れば、われらもただでは済まされぬことと相成りましょう」

「ふむ」

「よって、謀殺により、その死を闇から闇へと葬り去るしかないものと存じまする」

「では、いかにしてると申すか」

「いかがでございましょう。勝瑞城の北にある龍音寺りゅうおんじで、月見の宴を催し、歓談なされるということでは……」

「月見にことよせておびきだし、討ち取るというか」

「御意。酒に毒を盛るという手もございまする」

「それはよい。ただちに手配りせよ」

「はっ、では国奉行の四宮与吉兵衛しのみやよきちべえどのと相談し、事を進めまする」

「くれぐれも抜かるでないぞ」

 久米義広から密命を打ち明けられた与吉兵衛は、顔では平然とうなずきながらも、内心ふるえあがった。万が一、失敗すれば家族はもとより一族郎党ことごとくに害が及ぶであろう。たとえ、成功しても、あとで陰謀を察した三好一族から報復されかねない。

 危ういことに加担し、身を滅ぼすわけにはいかぬと考えた与吉兵衛は、三好家の家老である久保左京進に「かくかくしかじか」と急を報せた。内通である。

 やがて月見の宴の日となった。

 細川持隆は予定どおり、龍音寺に小姓らを引き伴れて赴いた。義賢饗応きょうおう役の小姓は、その懐に毒薬を忍ばせていた。

 無論、持隆側は自分たちの計略が洩れているとは、露ほども気づいていない。まったくの無防備であった。

 この阿波で国主の自分に刃向かう者などあろうはずもなく、小癪こしゃくな三好義賢を成敗さえすれば、「望月もちづきの欠けたることもなし」であった。

 西の空を血の色に染めて、真っ赤な夕陽が落ちようとしていた。

 

 

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