第4話 サポートアイテムは美少女メイド

「なに、これ」


 目の前のデッサン用人形が、淡い緑の光を放ちはじめたのだ。


 頭からは髪の毛が生えてきてショートボブヘアーに。


 胸がもにゅりもにゅりと盛り上がって、腰はきゅっとくびれる。


 ぱっちりとした瞳に丸っこい鼻、グミのような唇を持つ小さな口と、可愛らしい顔も浮かび上がってくる。


 どういう、こと、だ?


 叩いたときに、なんか変なモード起動させちゃった?


 ってかこのままいけば、裸の美少女ドールが完成するってこと?


 なにそれ最高じゃん。


 デッサン人形よりもいろんな意味で実用的になりますなぁ……なんて思っていたら、俺が通っていた高校の制服を着ましたよっと。


 黒色のシンプルなセーラー服の胸元には赤いリボンがついていて、ゆらゆら揺れるプリーツスカートは膝上丈になるよう折られている。


 なんで制服着るの……って、この姿はもしかして、鹿目さん?


「いや、まさかね」


 そんなわけがないと思い直していると、発光を終えたメイド型ドールの指先がピクリ、ピクリ、と動きはじめる…………動きはじめるっ?


 俺は思わずベッドの上に飛びのいた。


 マジで、こ、こいつ動くの?


 美少女になっただけじゃなくて、もしかしていろんなお世話をしてもらえるの?


 これ、実は滅茶苦茶当たりのサポートアイテムなんじゃ……。


「まままさか、そんなわけないって」


 過度な期待をしないよう、自分にツッコんで冷静さを保つ。


 美少女になった人形がゆっくりと立ち上がり、ぱちくりと目を開けた。


 漆黒に輝く大きな瞳が俺を捉え、ぱちぱちと瞬きをした後、嬉しそうにほほ笑んだ。


「おはようございます。比企戸盛男さん。ご飯にしますか、お風呂にしますか、それとも」


 え? この質問ってやっぱりもしかしてもしかするの?


 女神様ありがとう!


 俺にもついにバラ色のハーレム生活が……。


「私と一生引きこもりますか?」


「なんでそうなるんだよぉおおおお!」


 俺は頭を抱えて絶叫する。


「私と一生引きこもりますかってなんだよ! ぜってぇ引きこもらねぇわ! いやすでに引きこもってたわ!」


 どうして悲しい現実を突きつけてくるのかなぁ?


 女神様ふざけんな!


 こんな心を抉る人形、今すぐ返品してやるわ。


「ってか比企戸盛男じゃねぇから!」


 あぶねー、あやうくスルーするところだった。


「比企戸盛男さんではないのですか? おかしいです。女神様から、私がこの世界ではじめて見る人間の名は比企戸盛男だと」


「ちげーよ。俺の名前は石川誠道だ」


 あのクソ女神。


 今度会ったら絶対ただじゃおかねぇ。


「かしこまりました。ではデータを更新いたします。石川誠道さん。改めて問いますが、私と一生引きこも」


「るわけねぇだろ!」


「そうですか。残念です。私と引きこもってくれたら、誠心誠意、真心こめてありとあらゆるご奉仕をいたしましたのに」


 少しだけ頬を赤らめて、残念そうに顔を伏せる美少女人形。


 え、マジ?


 もしかして俺、絶好のチャンスを不意にした?


 フラグ折った?


「いや、それを早く言ってくださいよ。誠心誠意、真心こめてキャッキャムフフなご奉仕をしてもらえるなら、あなたとどこまでも引きこもりますよ」


 前言撤回。


 失敗したと思ったら即方向転換するのが性交……じゃなくて成功の元。


「そうですか!」


 美少女人形の顔がぱぁっと明るくなる。


「でしたら、さっそく私と一緒に気持ちよくなりましょう。安心して、すべて私にお任せください。あなたの柔らかい部分もすぐに固くなります。喘ぎ声も我慢せずに出してもらってかまいません」


「お、お願いしましゅう」


 むしろ、え?


 こんな今すぐ……いいの?


 俺、ほんとに我慢しないよ?


「私を受け入れていただいてありがとうございます」


 深々とお辞儀をした美少女人形が歩み寄ってきて、目の前に女の子座りで座る。


 唇めちゃくちゃプルっとしてるじゃん。


 そのとろんとした目で見上げてくるのも最高オブ最高。


「では、じっとしていてください。まずはいろいろと調べますね」


「は、は、はひっ!」


 返事をした瞬間、美少女人形の人差し指が、俺の胸の真ん中に置かれた。


 その指がゆっくりと左右に動き、乳首のまわりをなぞった。


「ははははあぬぅぅうぅうう」


 こ、これはもしかしてもしかすると、俺の性感帯を調べてくれているんじゃないの。


 あなたに触れられるのなら、体全部が性感帯ですよ。


「次は、こっちですね」


 美少女人形の細い指が、なめらかに下に動いてお腹に到達する。


 え、いいの?


 この先ってもうあれしか残ってないよね?


 俺は、俺の下腹部で動く美少女人形の人差し指と、興奮で上気した美少女人形の頬を交互に見つめる。


「なるほど、へぇ、そういうことですかぁ」


 と、びくりびくりと動く俺の反応を楽しそうに眺めるその漆黒の瞳。


「わかりました。では誠道さん。覚悟はよろしいですか」


「はい。あなたの好きにしてくらはいっ!」


「もちろんです」


 美少女メイドの瞳がハートになる。


 ああ、俺はいったい、どうなっちゃうのー? 


「ではさっそく……今日は腹筋百回からスタートしましょう。私と一緒に引きこもり道を極めましょう」


「……は?」


 俺の体に宿っていた興奮が、一気に冷めていく。


「ふ、腹筋?」


「はい。厳しいトレーニングを課して誠道さんを喘がせながら、柔らかい筋肉を鍛えて固くする。それが私の使命ですから!」


「今すぐここから立ち去れー」


 なんだそりゃ!


 俺の妄想力返してよぉ。


 ひとりで勝手に思い込んで、超恥ずかしいじゃん。


「つかぬことをお聞きしますが、土辺態男どへんたいおさんはいったいどんなキャッキャウフフな妄想をしていたのですか?」


「そう言ってるってことは全部わかってるよね。ってか俺は土辺態男じゃねぇ! 比企戸盛男だ! いや比企戸盛男でもねぇよ!」


 ああ、やっぱり俺の異世界転生は最悪だ。


 その後、俺はなぜかものすごく筋トレをすすめてくる謎の美少女人形と、後世に残る舌戦を繰り広げることになった。

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