第3話 新偉人

 その後は、まあ想像通りというかなんというか、とにかく悲惨だった。


 女神様の計らいで、広々とした二階建ての家を用意してもらい、しばらくなにもせずに暮らせるだけのお金――単位は女神様の名前と同じリスズ――ももらっての転生となった。


 言語問題に関しては、なんと俺たちが転生する異世界の共通言語が日本語だったのだから驚きだ。


 なぜそうなったのかというと、女神リスズが管理する世界の中ではじめて言葉や文字が誕生したのが地球で、その素晴らしさに感動した女神リスズが、各世界に地球で生まれた言葉と文字を広めたから。


 英語やフランス語、中国語が共通言語の異世界もあるらしい。


 普通、転生時にこれだけの恩恵を受ければ、異世界での生活はストレスなくはじまるはずなのだが……なんせ俺は大度出独裁国家の奴隷だからね。


 俺は、毎日のように大度出独裁国家の面々に、経験値稼ぎのために利用されていた。


 経験値とは【攻撃】や【防御】等の基本ステータスをレベルアップさせるために必要なもので、戦闘経験を積むことで獲得できる。


 大度出たちは、俺をボコるという戦闘経験でドンドン経験値を獲得し、各種ステータスをレベルアップさせていった。


 勅使太一が、経験値を通常の二倍の速度で稼げる空間を作り出すことができたから(女神様からカンストした固有ステータスをもらった際に習得した技)、俺は毎日のようにその空間に連れていかれ、ボコられていた。


「俺もうすぐ【攻撃】LV100超えるわ」


 自慢げな大度出が、あざだらけで横たわる俺を見下してくる。


 でもまあ、ボコられるも一応戦闘経験だから、俺も獲得した経験値でステータスをレベルアップだ!


 そう思っていたのだが、なぜか俺は経験値を稼ぐことができなかった。


 さらに悪いことに、大度出や勅使たちは、女神様からカンストした固有ステータスをもらうだけで、いくつかの必殺技を覚えていたのだが、俺はなぜか、




【??????】


 習得条件 攻撃LV○○以上




 といったように、【攻撃】や【防御】等の基本ステータスをレベルアップさせることで、はじめて技を習得できる仕様になっていた。


 ほほぉ、【新偉人】がカンストしているだけでは技を覚えられないということかどういうことだよ! 


 これじゃあカンストしている意味ないじゃん!


 しかも経験値がもらえないから基本ステータス上げられないんですけど、これって俺がひ弱ニートだからLV1でカンストってことですか?


 そうですよね!


 所詮俺は引きこもりだから、LV1でも満足しないといけないですよね!


 また、俺の技欄の中には、習得条件が特殊過ぎるものもあった。


 その一例がこれ。




【??????】


 習得条件 大切な人が傷つけられ、怒りが頂点に達したとき




 この条件が一番きつかった。


 だって俺は引きこもりだ。


 大切な人なんていないし、大切だと思ってきた人はみんな俺を裏切った。


 だから俺は大切な人なんて作りたくもないし、こんな俺に作れるとも思わなかった。


「だめだな。こんな雑魚ボコってももうなんも面白くねぇ」


 その言葉を最後に、大度出たちが俺の前に現れることもなくなった。


 都合のいいように利用されて、用済みになれば捨てられるなんて、俺は家出女子高生かよ。


「くそぉ、ふざけやがって……」


 でもこれでようやく異世界を満喫できるじゃん、耐え抜いた甲斐あったわー。


 なんて前向きな気持ちにはなれず、俺は家に引きこもるだけ。


 異世界でも大度出たちにいじめられ、どうせ俺は俺だ、なにも変われないんだと、この世のすべてに絶望していた。


「こんな、【新偉人】なんてよ。ふざけやがって」


 自室のベッドの上で膝を抱えてうずくまる。


 この世界で死ぬことになれば、俺という存在は完全に消失してしまうのだろうか。


 その方がいいのかもしれない。


 もちろん自分という存在がなくなるのは怖いが、それ以上にこのまま惨めで無価値な人間として無気力に生きつづけることの方が、怖いと思ってしまった。


「……あのクソ女神、ほんと、ざけんなよ」


 敷き詰められた石畳とか、荘厳な宮殿のような図書館とか、魔道具によってライトアップされた夜間の街並みとか、ここグランダラの街は情緒にあふれているのに、こうやって引きこもっていたら異世界転生した意味ねぇんだよなぁ。


「しかもサポートアイテムがこれってさぁ」


 俺は壁際に置かれてある、女神リスズが与えてくれた異世界を生き抜くためのサポートアイテムを見る。


 それは、画家が人体造形を学ぶために使うデッサン人形。


 しかも無駄にでかい。


 立たせれば、俺の肩のあたりに頭がくるんじゃないだろうか。


 つまり……これはあれですか?


 引きこもりの俺に、女神様が唯一の友達を与えてくれたってことですか。


 人間とは話せないコミュ障の引きこもりも、この人形となら話せるだろ、ってそういうことですか。


「なんだよ、女神様、引きこもりの特性わかってるぅ! 無駄に人間なんか用意したらコミュ障発揮して、気まずいだけの空間が発生するわけねぇんだよクソがぁ! これでデッサンの勉強してどうしろっつうんだよ!」


 そりゃあさ、俺だって自分で女の子のエロい絵がうまく描けたらどんなにいいか、妄想したことはあるよ。


 だって、そうすれば大好きなあの子の裸も、テレビで活躍するアイドルの裸も、俺の意のまま気の向くまま。


 男なら一度は妄想したことあるよね。


 なんなら男の絵師さんが絵師になった理由の99パーセントがそれだよね(個人の見解です)。


「ああ、俺は現世でも引きこもり、転生先でも引きこもり。石川誠道から比企戸盛男ひきこもりおに改名しようかなぁ……ってほんとふざけんな!」


 怒りを抑えられなくなった俺は、ふらふらと等身大デッサン人形に歩み寄り、思い切り頭を叩く。


 これくらいのやつあたりは許してほしいね。


 人様に当たるよりはましだし。


 やつあたりできる人様がそばにいないだけなんですけど。


「なにが比企戸盛男だよ! 引きこもりのなにが悪い……ん? …………え?」


 気がつけば、俺は何度も瞬きを繰り返していた。

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