23





──サイ、あなたの人生を私に頂戴。





 * * *




「──ッ」


「……やっとお目覚めかい」

 洞窟に響く声。周囲を見渡し状況を把握しようとしていたサイの瞳は、薄闇の中に生まれた人の声に不意をつかれる。微かに浮かび上がる輪郭。それは、折れた右腕に手を添えながら胡座あぐらをかく見覚えのある男の姿であった。


 年の頃は三十に満たないほどか、強い光を持っていた男の眼は鋭さを潜め、半ば抜けた空気を含みながらサイへと視線を注ぐ。折れた腕の状態があまり良くないのか、額にうっすらと脂汗を滲ませてはいるが、男の佇まいがそれを隠す。


「構えないでくれよ。こちとら、あんたが気絶している内に殺ろうと思えばいつでも殺れたんだ。どうやらここからは出られないみたいだし、一時休戦としようや」

「出られない?」

「出口が分厚い鉄の扉で塞がれてやがった。誰もいないみたいだし、こんな場所で得物も取られたまんまじゃお手上げだ」


 男の言葉を聞いて、サイは自らの愛剣が失われていることに気付いた。尚も続く男の言葉は戸惑いが混ざっているのか、尻切れに言葉が小さくなってゆく。話の流れから、村を見張っていた野盗の男はサイと事を起こすつもりはないようだ。といっても、それだけで油断の出来る相手でもない。


「閉じ込められているのか」

「風の流れがあるから、何処かに穴は空いているんだろうがな。まああったとしても、どうせ人の身ではおおよそ到達できない場所だろうよ」

 サイの疑問に答えるように、男はおもむろに天に向かって指を指す。男につられてサイが目を凝らした先。そこは闇に包まれ何も見えはしないが、声が反響して木霊を作ることから、高所まで続いているであろう空間が感じとれた。


「クェアロだ」

「クェアロ?」

「俺の名だ。出会いは最悪ではあるが、サイ導師、あんたとは仲良くしといた方が良さそうだと思ってな」

 そう言いながら小さく笑うクェアロ。折れた腕なぞ日常茶飯事かの如く、戦っていた間柄とは到底思えないほどにあっけらかんと言い放つクェアロの言葉に、サイはその真意を測りかねる。


「不思議か? 元々俺も雇われの身なんだよ。何をやるにしてもそこに感情的な理由はない。金が貰えりゃそれだけでいい。あんたと敵対するのは、貰った金よりも高く付きそうだってことさ。むしろ、現状をかえりみれば、場を荒らしてもらった方がこちらの利益になりそうだ」

「芯のないやつだ」

「勘定が出来ると言ってくれ。それに、あんたの方が話が通じそうだからな。下手を打った手前、今の俺はあまり良い立場ではないのさ」


「随分と簡単に喋るんだな。いいのか?」

「あいつは元々人を信用するようなタマじゃない。もそうさ。利害が一致している内は利用し合いもするが、そこに裏切りだの何だのと安い言葉を挟む余地はない。一から百に至るまで、全部商売だよ」


「……あいつとは、誰だ? そいつがこの事件の首謀者なのか?」

「あんたはもう会っているはずだぜ、サイ導師。あんたの情報をくれたのはあいつだからな」

「俺がもう会っている?」

 思いもよらないクェアロの発言に、サイは首をひねる。

 禅問答のように取り留めのない会話は、選んでいるかのように確信だけを逸れながら進んでゆく。

 

「人の執念とは恐ろしいものだよな、サイ導師。ちなみにだが……ゲト・サイラスの経歴を知っているか?」


「ルード帝国から流れてきたとは聞いているが」

「重要なのは、その間にもう一つ要素が入るということさ。ルード帝国出身のゲト・サイラス。剣の都、剣闘都市アインハーグの元剣闘士であり、前剣闘王ゼルブ・サイラスの息子」


「元……剣闘士?」

「剣闘士ゲト・サイラスの行いが、鬼を生み出しちまった。厄介な事にゲト・サイラス自身にその気は無いのだろうがね。俺は良い金が出るってんで一枚噛んでいるだけだ」


「一体何があった」

「それは……」

 その時、遠く離れた場所から地鳴りのような鈍い音が響く。

 一瞬の静寂を払うように、サイとクェアロ以外の第三者の気配が流れ込むと、足音と共にその存在を主張する。


「クェアロ、いるか?」

 灯りと共に光が舞い込む。光源を得てぼんやりと壁面が浮かび上がると同時に、痩せこけた男が幽鬼のような姿を現した。


「アミユか。相変わらず辛気臭い面ぁしてんな」

うるせえよ。そんだけ元気がありゃ大丈夫そうだな。それよりも早くここから逃げるぞ。あの村はもう終わりだ、俺達にとばっちりが来る前に他所の国に流れるぞ」

「あん?」

「どこで知恵をつけたのか知らねぇが、村長の奴、導師とクェアロを材料にしてあいつと交渉しようとしやがった。哀れなじいさんは鬼の逆鱗に触れて首と胴が一瞬でおさらばになったぜ。せっかくガキを捕まえて裏で算段を練ってたっていうのに、全部パーだ」


 アミユと呼ばれた、骸骨のように痩せこけた男は、窪んだ眼窩を一度だけサイへと向けてから、気怠げにクェアロへと視線を戻す。


「なんともお粗末だな。導師さんはともかく、俺が雇われてるだけだってのを知らなかったわけだ。しかしどうする、サイ導師。事態はあんたにとって悪い方に転がっているようだぜ?」


「……アルマをどうした?」

 クェアロの言葉に反応する前に、サイはアミユの会話を捕まえる。怒気に包まれた瞳をアミユに向けながら、静かににじり寄るサイ。


「おっかないやつだな。ガキはあいつが連れてっちまったよ。それにあんた、俺達と押し問答をしている時間はないんじゃないか? あいつは思いのほかあんたにご執心なようだぜ。この場所を吐かせるためにもう何人も死んだ。クェアロが巻き沿えをくらいそうだから俺だけ先に抜け出したが、気付かれるのも時間の問題だろうよ」


「お前はどうやってこの場所を知った?」

「頼まれごとをしてな。条件付きでこの場所を教えて貰った」

 予想外の言葉にサイは目を見開く。そんなサイの様子を気にする素振りもなく、アミユは懐から何かを取り出すとおもむろにサイへと投げた。


「これは……」

 華美な装飾のなされた鞘に一振りの剣。奪われたはずの愛剣が戻り、サイは困惑する。


「ごめんなさいと伝えてくれってよ。イマイチよく分からねぇがな」

「……そこで無茶をするかよ」

 アミユの言葉を黙って聞いていたクェアロは、溜息をつくと、くだらなさそうに言葉を吐き捨てる。


「俺達は逃げるぜ。あいつを除けば有象無象の雑魚共ばっかだから、あんたでもどうにかなるだろ。わらわらと頭数だけはいるから面倒くさいだろうが、せいぜい頑張ってくれや」

 クェアロはそう言うと、アミユに目配せをする。身じろぎ一つしないサイを放置して、二人は出口へと向かう。


「……おい」

「あん?」

 サイに呼び止められて振り返ったクェアロが見たもの。

 それは、暗闇を一色に染める真っ白な炎。


 サイの全身を覆うようにゆらめく白い炎は、冷たい洞窟の環境を変化させる程の熱を放つ。異常な光景に目を奪われ、じっと固まっていたクェアロとアミユは、嫌な胸騒ぎと、これから自分達に降りかかるであろう災難を予想して、喉が痛みを覚えるほどの大きな唾を飲み込んだ。


「お前達、少し手を貸せ」


 白き炎に包まれて静かに光るサイの瞳は、その場にいるクェアロでも、アミユでもなく、遠くにいる敵を捉えていた。




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