1-25 【解決編】「あなたが犯人のはずがない」

 サイネさんの推理により持ち上がった双子が犯人ではないという可能性。

 たしかに双子が犯人だとすれば不自然な点がいくつかある。

 

 しかし。


「重力装置を使わずに犯行を行う事ができない以上、やはり犯人はアイさん、イアさんではないですか」


「だから違うヨ!」


「ウチらは無実だゼ!」


 私の指摘を双子は揃って否定する。

 他に犯行の手段がない以上、いくら不審な点があるとしてもやはり犯人は双子以外ありえないのではないか。


 

――ガタンッ


 横から何か大きなものが倒れる音がする。


「っ! レインさん!」


 見ると私の隣の席に座っていたはずのレインさんが床に倒れていた。

 慌てて駆け寄るとレインさんの顔色は真っ青で、息も荒い。


「レインさん! 大丈夫ですか」


「あはは。すみません。ちょっとだけ意識が遠くなってしまって。僕は大丈夫ですよ」


 椅子に手をついてレインさんが立ち上がる。

 私は体を慌てて支えた。


「何が大丈夫ですか。まだ無理できる体調じゃないんですよ。顔も真っ青じゃないですか」


「すみません。でも、本当に大丈夫ですよ」


 レインさんに手を貸し、椅子に座らせる。

 

 レインさんの負った傷はまだ癒えたわけじゃない。

 議論に参加したいレインさんの気持ちは分かるが、それで無理をしてレインさんが倒れてしまったらどうするのか。

 私は思わず語気を強める。


 レインさんの顔色が、一瞬事件現場で見たコロリくんの顔と重なる。

 こんな血の気の失せた顔になってまで、議論に参加するなんて……


「えっ……血の気の失せた、顔?」


 キーワードを呼び水に、今まで集めた証拠が、発言の記憶が脳内で新たな真実を紡ぐ。

 


   『死因:刃物で頸部を切り裂かれての失血死』

「人体の血液量は体重のおよそ十三分の一です」


                 『体重:47㎏』

       「荷重制限は四十五キロ」


                    「睡眠導入剤、抗凝固薬、抗血小板薬」

「副作用として出血した際、血が止まりづらくなります~」



     「                  」



             ・

             ・

             ・



 そんな、まさか。

 でも、それじゃあ、犯人は……



「どうしたんですか、カスミさん」


「えっ、いえ。なんでも、ありません」


 私は口先だけで返事をする。

 先ほど急速に回転を始めた脳回路は、すでに完全に機能を停止していた。

 頭をよぎるありえない可能性に、思考が拒絶反応を示す。


 自身の紡いだ推理の結果。


 犯人は、あの人?


 そんな馬鹿な!


 何かが絶対的に間違っている。


 そうとしか考えられないじゃないか。


 だって、だって。


「カスミさん。顔色が悪いですよ~。大丈夫ですか~」


 優しく包み込むような、間延びした声がかかる。


 そうだ。そんなわけがない。

 だって、その人物はレインさんの命の恩人で。

 誰よりも命を大切に考え、常に優しくてやわらかく笑っていて。

 この異常事態の中にあって私を、皆を常に支えてくれていた。


 私はその人物から掛けられた声に顔を上げる。


「メリーさん……」


 そこにあったのはいつもの柔らかな笑顔で佇む、メリーさんの姿だ。


「……」


 私は思わず目を伏せる。

 掛けられる声に、私はメリーさんの顔を見ることができない。


「どうしたんですか~。地面に何か落としましたか?」


「メリーさん……コロリくんを殺したのは、あなたじゃないですよね」


 気づいた真相を頭の中で反芻すればするほどに、疑いの目は濃くなっていく。

 私は心の中の葛藤に耐え切れず、答えを求めて疑惑を口に出す。


「私が犯人ですか~? 確かにアリバイはないですけど~。疑うなんて酷いじゃないですか~」


「はっきり答えてください! メリーさん。あなたは犯人じゃない。そうですよね」


 思わず声が裏返る。

 肌を突き出し飛び出してくるほどに心臓が脈打つ。

 私の質問に、メリーさんは私の顔をまっすぐに見つめる。

 その顔から笑顔が消える。


「どうやらカスミさんは私のことを疑っているようですね。“私はやっていません~” これで満足ですか?」


「……いいえ。まだです」


 私はなんとか返事をする。

 思わず語気が強くなるのを感じる。


 気づいてしまったのだ。

 コロリくんが貨物用エレベーターを利用できたもう一つの可能性を。

 この可能性が残されている以上、メリーさんが犯人でないと私は信じることができない。


 メリーさんが犯人で無いのなら、私の推理にはどこかで矛盾が生じるはずだ。

 小さな矛盾でもいい。

 それを指摘してくれたのなら、私はメリーさんを信じることができる。


 だから。


「あなたが犯人で無いのなら答えてください。今から私が話す推理。その矛盾点を」


 私はメリーさんを犯人として告発する。

 



「本気、なのですね~?」


 表情の消えたメリーさんの顔。

 その整った容姿が、今は作り物めいて感じられまるで精巧な人形と対峙しているような錯覚を覚える。

 

「コロリくんの死因は失血死でした」


「ええ。首をナイフで切られていました。他に外傷はなく、凶器は見つかっていませんね~」


「メリーさんは教えてくれましたよね。人体に含まれる血液量は体重の十三分の一程度だと」


 核心に触れる私の言葉に、けれどもメリーさんの顔に動揺は現れない。


「確かにそう言いましたね~。それが何か?」


「コロリくんの体重は47キロ。体内には約3.6リットルの血液が流れている計算になります。血は水と比重はあまり変わりませんよね」


「はい。ほとんど同じ重さだったと思いますよ~」


「3.6リットルの血液。言い換えれば3.6キロの物体が生前のコロリくんの体内にあった。それが全て流れ出したとすればコロリくんの体重は貨物用エレベーターの荷重制限を下回る」


 ザワっと、私の言葉を聞いた周囲から驚きの感情が漏れる。


「血液が全て流れ出した? そんなことはありえませんよ~」


 しかし、相対するメリーさんの顔は相変わらずの無表情だ。

 案の定、反論が飛んでくる。


「ありえない? どうしてですか」


「血には空気に触れると固まる性質があります~。今回のコロリさんのように頸動脈を着られた場合、勢いよく血が噴き出しますがそれは最初だけ。人間は体内の20%の血液を失えばショック状態になり、30%を失えば生命の危機に瀕します。重要臓器に血液を送るため、出血後一時的に脈拍は上がりますが血液が半分も抜け切る前に心臓は止まってしまいます。そうなれば体内の血の流れは滞り、固まり、最後には止まってしまう。流出する血液の量は2キロに満たない程度でしょう~。コロリさんは服も身に着けていますから45キロを下回ったとは考えられませんよ~」


「医務室の薬剤や器具を使えばどうでしょうか」


 私は探索の時のことを思い返す。


「医務室には様々な種類の薬剤がありました。その中に、血を固めづらくする効果を持つものがありましたよね。それに医療器具の中には注射器など血を吸いだすのに適した道具もあります。現にコロリくんの体には針で刺されたような跡が残されていた」


「簡単に言いますけど全身から血を吸いだすとなると相当時間がかかるはずです~」


「メリーさんのアリバイには一時間の空白がある」


「それはカスミさんとレインさんが眠っていたから成り立つ推理ですよね~。二人が眠っていたのは偶然ですし、何時目が覚めるとも分からない。そんな中で私が犯行に及ぶわけありませんよ~」


 メリーさんの反論を受け、あるアイテムが脳内に浮かび上がる。

 ……私たちが眠ってしまったのも仕組まれた事だったのか。


「医務室には睡眠薬も置かれていましたよね。私は医務室に向かう際、メリーさんから私とレインさんで飲むようドリンクを受け取りました。あの中に睡眠薬が含まれていたんですね」


 あの時ドリンクに感じたわずかな苦み。

 あれは薬剤の味だったのではないか。


「メリーさん。何か反論はありますか?」


「……なるほど。どうやら反論はできませんね~」


 メリーさんはそういってやわらかく微笑むと、肩を落とす。

 その様子に、私の心が揺れる。


「それじゃあ、やはり犯人は……」


「私は犯人じゃありませんよ」


 顔を伏せたままのメリーさんから聞こえてきたのは犯行を否定する言葉だった。


「確かにカスミさんのいう通り、私にも犯行は可能だったようですね~」


 ゆっくりと顔を上げたメリーさん。

 その顔に浮かんでいたのはいつも通りの、いや。

 この場にはそぐわない、不自然なほどに自然な柔らかい笑みだった。

 メリーさんの笑顔に癒されてきた私は、今その笑顔に恐怖を覚える。


「でも犯行が可能なのはそこに居るアイさん、イアさんも同じことですよ~」


「それは……アイさん達が犯人ならエレベーターが二階で止まっていたことがおかしいはずで」


「そんなの机上の空論ですよ~。ミスをしない人間は居ません~。殺人が完了したことに満足して詰めを誤っただけじゃないですか~」


「でも……」


「カスミさん。落ち着いてください~。アイさん達にも犯行は可能だった。それもまた事実です ―― カスミさんは、私が犯人だと本気で思っているのですか~?」


「そ、それは」


 メリーさんの言葉に私の心は強く揺さぶられる。

 確かにメリーさんの言う通りだ。

 ミスをしない人間はいない。

 アイさん達に犯行が可能なのも、また事実なのだ。


「皆さんも~。私は犯人じゃありません~。私はレインさんの命を守りました~。私は看護師で、命の傍で長年働いてきました~。命は平等に尊いものだと私は何よりも知っています~。そんな私が人を殺すわけがないですよ~」


「ちょ、ちょっと待てよ! う、ウチただって人を殺す訳がねえゼ!」


「ウチらじゃねえんだヨ。犯人はお前だろ、メリー!」


 メリーさんの言葉に双子は反応し、慌てて反論する。


 レインさんの命を必死で救うメリーさんの姿が脳裏に蘇る。

 そうだ、メリーさんが人を殺すなんて、そんなわけが……


「私、決めましたの。やはり犯人はあなた達ですわ!」


 高圧的な声に顔を向けると、双子へと指先を突きつけるキラビさんの姿があった。


「メリーさんと、あなた達。どちらが信頼できるかなど考えるまでもないですわ! そもそも貴方たちは私のラブリィちゃんたちを殺そうとした前科がありますの。今回も貴方たちの犯行で間違いないですわ!」


「キラビさん。信じて頂いてありがとうございます~」


「てめ、キラビ! あの時はわざとじゃねえって謝っただろうヨ!」


「いつまでもグチグチと過去のことほじくり返すんじゃねえゾ!」


「反省の色なし。同情の余地もないですわね」


 双子とキラビさんは互いににらみ合う。


 キラビさんの怒りの声には圧倒されるが、そうか。

 キラビさんには双子に因縁があった。

 

 初日の探索の際、双子が使った重力装置の影響でキラビさんの部屋の重力が変化したんだっけ。

 それで、ペットに重力変化の影響が出ることを懸念したキラビさんが怒り、つかみ合いの喧嘩にまで発展して……あれ?


 私は慌てて今日までの出来事を記した日記帳を見返す。


 一日目。

 探索の際、双子はエンジンルームで重力装置を使用した。


 双子はエンジンルーム内の重力を弄ったはずだが、重力装置の仕様により上下全ての部屋に重力変化の影響が及んだ。

 エンジンルームの下にあるキラビさんの部屋にも重力の変化の影響が及んだため、ペットの身を案じたキラビさんはその原因を作った双子に激怒したのだ。


 えっ。これはどういうこと?

 私は日記帳の記述から、私が見落とした事実に気づく。


 あの時のあの証言が真実なのだとしたら……



「皆さん。さっさとお二人に投票して、こんな不快な議論は終わらせてしまうべきですわ」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 私は投票に待ったをかける。


「あら? カスミさん、今度はなんですの? 私は今、怒っていますの。無意味に邪魔をするのならラブリィちゃんの毒牙に掛けますわよ」


「アイさんたちにも犯行は不可能なんです!」


 混乱する思考の中、私は投票を止めるため声を張り上げた。

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