1-24 【解決編】「こんなシナリオは認めない」

「そうですよね。御鏡アイさん、御鏡イアさん」


「な、なんでそこでウチらの名前が出てくるんだヨ!」


「う、ウチらは殺しに関わってねえぞ!」 


 私に名指しされ、二人は狼狽した様子を見せる。


 今から私が行うのは、二人への糾弾だ。

 あなた達が殺人犯だと私の言葉で追求する行為なのだ。

 私の首筋を汗が伝う。


 大丈夫。

 話す内容はレインさん、メリーさんと三人で確認した。

 仮に間違っていたとしても後で全力で謝ろう。

 だから今は私の隣で懸命に議論を追うレインさんの、そして私達自身の無実を証明するんだ。


 私はカラカラに乾いた口を開き、真相究明のための推理を語る。




「四十七キロのコロリくんが貨物用エレベーターを利用することは不可能です。それを可能にするには体重を軽くするしかない。お二人は私にその方法を教えてくれましたよね?」

 

「はあ? 何を訳わかんねえことを……」


「エンジンルームにあった重力装置。それを使えばコロリさんの体重を軽くすることができるはずです」


 重力装置を使えば0から1Gの範囲で艦内の特定の部屋の重力を操作することができる。

 仮に貨物室とゲートルームの重力を0Gにしたのならコロリくんの体重が何キロあろうが重量制限に引っかかることは無くなる。


「おい! ちょっと待ってくれヨ! エンジンルームにはウチらがいたんだゼ!」


「重力装置を使ってコロリの体重を変えるなんて不可能だヨ!」


 双子の反論。

 それに対する次の私の言葉は犯人を名指しする決定的なものだ。

 握り込んだ掌に爪が食い込んでいく。

 決意を固め、言葉を言い放つ。


「エンジンルームにはアイさん、イアさんが居て他の人物は重力装置を使えなかった。そして、コロリくんが貨物用エレベーターの荷重制限を掻い潜るには重力装置を使うしかない。犯人は重力装置を使うことのできた唯一の人物であるアイさん、イアさん。あなた達です!」


 私は人差し指を双子へと突きつける。


「はあ? う、ウチらじゃねえヨ!」


「ウチらは互いに互いを見合っていた。犯行を行う時間なんてねえゾ!」


 確かに双子はお互いにアリバイを証言している。しかし。


「あなた達は家族だ。互いを庇い合うことは十分に考えられます」


「嘘じゃねえヨ!」


「ウチらは……ちょっとした調べ物をしていただけだゼ!」


「おい! 隠し事はよくねえぞ。てめえらは自分の立場を分かってんのかよ」


 口ごもった双子に糾弾を始めたのはユミトさんだった。

 

「待て。二人の調べものについては僕が把握している。今回の事件には関係の無い内容だ」


「はあ? またトウジかよ! いい加減に怪しいんだよ。てめえは」


 強い口調で糾弾するユミトさんをトウジさんはなだめる。


「おい、グレイ! トウジは犯人をかばっている。共犯者になるんじゃねえか?」


『確かに、故意に犯人を庇えば共犯者となる。しかし、事件とは関係の無い情報を伏せただけなら共犯関係には当たらないな。共犯が成立するのは直接殺害に加担した場合に加え、犯行計画を事件前から知っている、もしくはその人物が犯人だと知っているにもかかわらず他の被験者に隠している場合だ』


「僕に彼女たちをかばうつもりはないよ。ただ、事件と関係の無い事のせいで彼女たちが疑われることを嫌っただけだ」


 グレイの返答に続き、トウジさんが返答するとユミトさんは不満げな顔を浮かべながらも口を閉ざした。


「それにウチらには動機がねえゾ! 犯人になってもここから出られるのは一人だヨ」


「ウチらなら二人で脱出する以外の選択をするはずがねえゼ!」


「動機は、分かりません。ですがお二人にしか犯行が不可能なんです。動機の有無は関係ありません」


「そ、そんな」


「う、ウチらじゃ」


 私の反論を受け、双子の言葉は急速に萎んでいく。

 確かに片方を生かすために命を掛けて犯人を庇うというのは、正直信じがたい思考ではある。

 だが、他に追える可能性がない以上、進むしかないのだ。


 双子の様子に罪悪感を覚えるが、一度漕ぎ出した船だ。

 二人でアリバイを証言しあっている以上、相手が犯人であることを知らないという論は通らないはずだ。

 つまり、彼女たちが犯人なら共犯関係にあたるはず。

 このまま突っ切るしかない。


「グレイ! この場合、犯人は誰を指名すればいいの?」


『事件に共犯者がいる場合、犯人、共犯者のどちらを指名しても犯人当ては正解と言うことになる。追放されるのは犯人だけだがな。事前に票が割れないよう投票先を合わせてしまえば犯人、共犯者のどちらを指名しても問題ないだろう』


「共犯者は犯人指定に失敗した場合、追放されない?」


『いいや。投票結果が不正解の場合、共犯者は他の被験者同様、艦内からの追放処分となる』


「……」


 犯人が勝利した場合、共犯者は追放されてしまう。

 普通に考えれば共犯者になるメリットはないだろう。

 

 しかし、重力装置が使われているのなら、双子は嘘をついている。

 どんなにありえない可能性でも、他に可能性がない以上それが真実のはずだ。


「投票を始めましょう」


 私は皆に投票を促した。


「待ってください」


 場に澄み渡る青空を思わせる凛としたソプラノが響く。

 

「サイネさん?」


 私は声の主を見る。

 声を上げたのはサイネさんだった。

 でも、このタイミングはいったい何のために?


「この脚本シナリオ、いささか出来が悪いと感じませんか?」


「シナリオ、ですか」


 サイネさんからは常の親しげな雰囲気は消え失せている。

 纏っているのはテレビで見て憧れた触れた物を切り裂くような鋭い雰囲気だ。

 それはドラマの中の探偵がそのまま外へと飛び出してきたようで。

 私はその姿に見惚れ、言葉を失ってしまう。


「順を追って事件を整理してみましょう。コロリさんが殺された今回の事件。一階に居たはずのコロリさんが二階で見つかった。コロリさんの体重では貨物用エレベーターの荷重制限に引っかかるため使用できない。犯人はどうにかしてコロリさんの体重を軽くしたはずです。そして重力装置を使用すればそれは達成できる」


「はい。議論の流れはそのとおりです。おかしなところはないと思います」


 唯一犯行が行えた人物を犯人とする。

 間違った考え方ではないはずだ。


「では、エレベーターはどうして二階に止まっていたのでしょう」


「えっ? どうして、ですか?」


 どうしてとは、どういうことだ?

 私はサイネさんの真意を測りかね、首を傾げる。


「コロリさんの死体が一階で発見されれば私たちはどう考えるでしょうか。監視カメラにはコロリさんの移動が映っておらず、貨物用エレベーターは荷重制限で使用できない。そうなれば一階に居た人物が疑われるはずです。しかし、死体は二階で発見された。アイさん、イアさんが犯人だとすれば死体を一階で発見されるようにエレベーターを動かしておくはずです」


「そ、それは。犯人はそこまで考えなかっただけじゃ」


「死体が二階で発見されれば二階に居る人物が疑われることは自明でしょう。犯人がそこに気が付かなかったとは思えません」


「それは、そうですけど」


 私は反論を見つけられずに口ごもる。

 これはどういうことだ?

 確かにサイネさんのいう通り、全体を見渡してみれば重力装置を使った犯行はあまりにもちぐはぐだ。


 重力装置を使った犯人は、その使用を隠したいはずなのに。

 これじゃあ、自分が犯人だと示しているようにしか見えない。


「この事件には脚本家シナリオライターがいる。女優としての勘です」


 凄みのあるサイネさんの口上に場は静まり返る。

 本当に双子は犯人ではない?

 だが、だとしたら一体誰がコロリくんを。

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