1-18 「 ――――― 」

 医務室につくとレインさんはベッドの端に腰掛けていた。


「これ、美味しいですね!」


 ドリンクを渡すと、レインさんはあっという間に飲み干してしまった。

 私は口の周りに泡をつけながら見せるレインさんの笑顔に微笑みながらドリンクに口をつける。

 甘さの中に少しだけ混じった酸味。後味に少しだけ苦みを感じるが美味しい。

 いったい何が入っているんだろう。


「飲みやすくて美味しいですね。入っている果物はリンゴと、なんでしょうか?」


「僕、リンゴジュース好きなんですよね。わざわざ作ってくれたのなら感謝です」


「レインさん、口元に泡が付いていますよ」


「えっ? あはは。ありがとうございます」


 レインさんは手近にあったティッシュで口元を拭う。

 その顔色は昨日と比べてずいぶんと良くなっているように思う。

 声色にも張りがあり、調子を取り戻してきている様子だ。


「そういえば、さっき食堂で大変な事があったんです」


「またグレイたちが何か仕掛けてきましたか?」


「いえ、そうではなくて……」


 私は食堂で起きた出来事を伝えるとレインさんは表情を曇らせる。


「それはコロリ君が心配ですね」


「はい。このまま何事も無ければいいんですけど」


『午前十一時 宇宙戦艦内 一人死亡』

 コロリ君の預言は本人が介入しない限り絶対に当たるという。

 今は十時三十分。もうすぐ預言の時刻、十一時だ。


「まあ、複数人でみんなが行動しているんです。めったなことは起こらないですよ!」


 私はレインさんの不安を和らげるために、皆がどこでどのように行動しているかを詳細に伝えた。


「たしかに、それなら安心ですね」


 そうだ。いくらこんな特殊な状況に追い込まれたといっても、この中の誰かが人を殺すなんて考えられない。

 殺人は起こるはずがないんだ。




「ふわあ。レインさんと話していたら少し眠くなってきました」


 しばらくレインさんと話し込んでいると、だんだん眠気がしてきた。

 私は大きくあくびをする。


 昨日はレインさんの事もあって寝つきが良くなかった。

 今になってその疲れが出たのだろうか。

 ゆっくりとレインさんが被る布団へともたれかかる。


「あれ? カスミさん」


「おやすみなさい」


「ちょ、ちょっと!」


 レインさんが何かいうのが聞こえたが、私は睡魔に抗えずそのまま意識を手放した。




「カスミさん、起きてください~。そろそろご飯の時間になりますよ~」


「ふ、うえ?」


 体をゆすられる。

 ……どうやら眠ってしまったようだ。


「ふわあ。メリーさん、おはようございます」


「まだ寝ぼけていますね~? 今はもうお昼ですよ~」


 腕時計を見る。

 針はもうすぐ十二時を示そうとしていた。

 顔を上げるとレインさんの寝顔が。

 どうやら私が眠った後、レインさんも眠ったみたいだ。


「すみません。わざわざ起こしに来てくれたんですか?」


「そのつもりで三十分ぐらい前にはここに来ていたんですけどね~。二人があんまりにも気持ちよさそうに寝ているので起こすのが申し訳なくなってしまって~」


 メリーさんはいたずらっぽい笑みを浮かべている。


「はは。すみません。ちょっと疲れていたみたいで」


「気にすることありませんよ~。それよりもご飯です~。お昼ご飯はみんなで食べる約束でしたよね~。行きましょ~」


 促され私は慌てて口元から垂れていた液体を袖で拭い、立ち上がる。

 レインさんは眠ったままだ。

 ここに食事を持ってくるのだから、このまま寝かせておいた方がいいだろう。

 私たちは食堂へと向かう。



「やはりコロリくんは来ないか」


 トウジさんは場を見渡すと溜息を吐く。

 食堂に集まったのは十一人。

 その中には医務室で眠っているレインさんはもちろん、コロリくんの姿も無かった。


「せっかくの料理が冷めてしまいます」


 ミユキさんはオーバーな動きで肩を落とす。


「私、レインさんの分を届けるついでに持っていきましょうか?」


「あっ、お願いします! 料理は心を救います! 落ち込んでいる時こそ美味しい料理で美味おいピースが必要なんです!」


 私の申し出に、ミユキさんは二人分の食事をカートに載せてくれた。

 メニューはチーズがふんだんに乗ったグラタンと、湯気が立ち昇るオニオンスープだ。

 スープの香りが漂い食欲をそそられる。


 グーと私の腹の虫が鳴く。

 午前中はほとんど何もしていないはずだが、しっかりとお腹は空いている。

 私の胃は働き者だね。


「私も運ぶのお手伝いしますよ~」


「いや、メリーさん。私がやりますから」


 メリーさんからの申し出を私は丁重に断る。

 レインさんの治療を行う時のメリーさんは凄かったが、普段のメリーさんはどことなく抜けているところがある。

 私との出会いの時も扉に鼻をぶつけていたし。

 私の脳裏に料理を床にぶちまけて座り込むメリーさんのイメージが浮かぶ。

 

「カスミさん、何か失礼な想像をしていませんか~?」


「い、いいえ! そんなことないです!」


「ならいいですけど~。冷めてしまう前に行きましょうか~」


 フワフワとした口調で妙に勘の鋭いことをいうメリーさんに私は冷や汗をかく。

 料理を私が運ぶことには了承したようだが、どうやらメリーさんもついてくる気のようだ。



 レインさんはまだ眠っている。

 医務室に食事を届けた私達はそのままコロリくんの部屋へと向かう。


「あら〜、寝ているのですかね〜」


 扉をノックするが中から返事はない。

 私達は顔を見合わせた。


「うーん。料理は扉の前に置いておきましょうか……あれ?」


 何気なく扉の取手に手を掛けると、なんと扉が動いた。

 あれ? ここの扉はオートロックのはずだけど。


「これは?」


 視線を下に向けると扉に何かが挟まっていた。

 灰色をしたスリッパのようだ。

 これがストッパー代わりとなり扉がしっかりと閉まらなかったのだろう。


「あら〜、開いていますね〜。失礼します~」


「ちょっ、ちょっと! メリーさん!?」


 これ幸いと部屋の中に入っていくメリーさんを慌てて止めようとする。


「預言の件もありますし〜。中は確認しておくべきですよ……っと、コロリさん、中に居ませんね~」


「えっ? コロリくん、いないんですか?」


 私も部屋の中を覗き見る。

 メリーさんのいう通り、部屋の中にコロリくんの姿は無かった。

 部屋の広さは六畳ほどだ。

 人が隠れられるスペースもない。

 念のために部屋に併設されたトイレも確認するが中は空だ。


 コロリくんは一体どこに行ったのだろう。


「あれだけ怯えていたのに、部屋を出るなんて変ですね」


「うーん。お腹が空いたとか? でも、食堂には来ていませんし~」


「ちょっと心配です。探しましょう」


「一度他の皆さんにも声を掛けておきましょうか~」


「そうですね。行きましょう」


 食事は皆で摂ると決めたのだ。

 今からコロリくんを探すとなると皆を待たせることになる。


 私たちは少し速足で食堂へと戻る。




「コロリくんがいない? 心配だね。僕も探しに出よう」


 食堂で事情を説明すると、トウジさんが探索に名乗りを上げてくれる。


「あなた。私も付き添いましょうか?」


 サイネさんはトウジさんを気遣う言葉を掛ける。


「いや、君はここに居てくれ。艦内の広さを考えればすぐに見つかるはずだ。皆は先に食べ始めてくれて構わない」

 

「そうですね~。料理が冷めてしまいます~。コロリさんにも温かい料理を食べてもらいたいですからね~。探しに行きましょう~」


 

 私、メリーさん、トウジさんの三人でコロリくんを探しに向かう。

 食堂を出た私たちは一階から順に艦内を回っていくことにした。

 貨物室に医務室、浴室は男女に分かれているため念のために女湯の方も私達で見回るがコロリくんの姿はない。


「コロリさん、居ませんね~」


「一階に居ないとなると、どこに行ったんでしょう?」


「他の階に移動したのならエレベーターを使うはずだ。一度セキュリティルームに行ってコロリ君の行方を確認してみようか」


 セキュリティルームは監視カメラの映像が確認できる部屋だと聞いている。

 エレベーターの昇降口には監視カメラが付いているはずだから、コロリくんの移動経路を確認できるはずだ。


「向かいましょう!」


 エレベーターを経由しまっすぐにセキュリティルームに向かう。


『何か用だろうか』


 セキュリティルームの扉を開けると中には四体のグレイが机を囲み座っていた。

 そういえば、普段グレイはここに詰めていると聞いたっけ。

 シルバーグレイは私たちの姿を認めると、体をこちらに向ける。


「あなたたちに用はありませんから。監視カメラの映像を確認に来ただけです」


 私はゴールドグレイを睨む。

 レインさんを撃った恨み、許せるわけがない。

 ゴールドグレイはなにか言い返すでもなくバツが悪そうに目をそらした。

 代わりにシルバーグレイが口を開く。


『それならばそのコンソールを操作しモニターを確認するといい』


 グレイが指さした先には大きな画面が一つと、それを囲むように小さな画面が五つ並んでいた。

 それぞれの画面に映るのは艦内の映像のようだ。

 大きな画面には現在誰もいないコックピットの映像が映っていた。


「過去の映像を確認するにはどうすればいい」


『コンソールに数字が書かれたボタンとスライド式のつまみがあるだろう。ボタンで中央のモニターに表示される映像が切り替わる。つまみを左にスライドさせればその分だけ過去の映像がモニターに表示される』


「了解した」


 トウジさんがコンソールを操作する。

 ボタンを押すとモニターの映像が切り替わっていく。

 トウジさんは一階エレベーター前の映像が表示されたところで操作を止めた。


「コロリくんが一階へ降りたのは……この時だな」


 画面にはエレベーターを降りるコロリくんの様子が映っている。

 映像の左隅には『Day3 7:12』と表示されている。


「それで、一階を去ったのが……あれ?」


「……コロリくん、映っていませんね」


 つまみをスライドしていくがコロリくんの姿は見当たらない。

 現在時刻まで来たつまみをトウジさんはもう一度ゆっくりと戻していったが、結果は同じ。


「おかしい。一階から移動したのなら必ず映像に映るはずだが」


「カスミさん! トウジさん! 来てください!」


 部屋の外から叫び声が聞こえる。

 セキュリティルームに居たはずのメリーさんの姿がない。

 いつの間にか部屋の外に移動していたようだ。

 私はトウジさんと顔を見合わせる。


『かはは! 何か起きたみたいだぜ? 何ぼさっとしてるんだ。さっさと行ってやれよ!』


 ゴールドグレイが嘲笑を上げる。


「グレイ、何か知っているのか?」


『ワレワレに構っている場合か? 仲間が呼んでいるぞ』


「くそっ! 行くぞ」


「はい!」


 私とトウジさんはグレイ達を置いて部屋を出る。

 声が聞こえたのはゲートルームからだ。



――ビィーーーーー


 ゲートルームに入るとブザー音が鳴り響いていた。


「二人とも、こちらです!」


 真剣な口調の呼び声。

 メリーさんは貨物室につながるエレベーターの前でしゃがみこんでいた。

 その傍らには人が仰向けに倒れている。

 コロリくんだ!


 私は駆け寄り、そしてその情景に思わず立ち止まる。

 首に真一文字に走った刃物で切り裂かれたような傷。

 血で真っ赤に染まった服。

 そんな状態にあるのに体はピクリとも動かない。


 こんなの、まさか、コロリくんが……


「メリーさん……コロリくんは?」


「既に亡くなっています」

 

 コロリくんの首元に手を当てていたメリーさんは静かに首を振る。


「嫌だ。コロリくん。嫌ああああ!」


 コロリくんが死んだ。

 私はその事実を否定するように叫びをあげた。

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