1-17 「預言はあるんです」

 三日目、朝の七時。

 目を覚ました私は、隣からは聞こえてくる寝息に微笑む。

 まだレインさんは寝ているようだ。


 昨日は午後九時ごろまでレインさんと一緒に過ごし、医務室にあるもう一つのベッドでそのまま眠った。

 

「レインさん〜。検診ですよ〜、って、あら〜。お二人とも昨晩はお楽しみでしたか~」


 昨日完成した私の絵を眺めているとメリーさんが医務室に入ってきた。

 手には朝食の乗ったプレートを持っている。


「ち、違いますよ! 何をいうんですか。昨日はレインさんに私の絵をかいてもらっていただけで」


「へ~。見せてもらってもいいですか~」


 メリーさんは私から許可が出る前にスケッチブックを覗き込んできた。


「ふふふ。ずいぶん可愛く描いてもらいましたね~」


「はい……私よりもずっとかわいく描いてもらえて恥ずかしいぐらいです」


 スケッチブックに描かれているのは椅子に腰かける私の姿だ。

 丸い鼻など、私の特徴を残しながらすごくきれいに描いてくれている。


「おはようございます」


 メリーさんと話しているとレインさんが起きだしてきた。


「ご飯を持ってきていただけたんですか。自分で取りに行きます、というのは言っちゃダメなんですよね」


「それはナースストップです~。まだ傷は塞がりきっていませんよ~」


 レインさんの言葉に苦笑するメリーさん。

 レインさんも半分冗談で言ったのだろう。

 顔には笑みが浮かんでいる。


「そういえばカスミさん。皆で一度食堂に集まろうとトウジさんが呼んでいました」


「あっ、はい。わかりました」


「レインさんはおとなしくここで待っていてくださいね~」


「分かっていますよ。無茶はしません」


 私とメリーさんはレインさんを医務室に残し、食堂へ向かう。




「う、うわあああ!」


 二階に着くと同時、食堂の方から叫び声が聞こえてきた。

 この声は、コロリくん?


 私はメリーさんと顔を見合わせると急いで食堂へ入る。


「こ、こんなこと、ありえない」


 コロリくんはずいぶんと取り乱した様子で、手にした何かを見て震えていた。

 食堂にはユミトさんの姿がないようだ。

 食堂に集まった全員がコロリくんの様子の変化に視線を向けていた。


「おいおい、いったい何の騒ぎだよ」


 私たちのあとからユミトさんが食堂に入ってくる。

 その恰好はいつもの道着姿ではなく、紺色のジャージを身に着けており、首からはタオルを下げている。

 どうやらトレーニングをしてきた後のようだ。


「こ、これが」


 コロリくんは手にしていた真っ赤な便箋を差し出す。

 代表してトウジさんがそれを受け取る。


「『午前十一時 宇宙戦艦内 一人死亡』。なんだい、これは」


「め、預言メールです。こ、これは白ヤギさんからの預言メールなんです!」


 いつも以上に怯えた様子のコロリくんは、カバンから白いヤギの置物を取り出した。


「白ヤギさんの中には小型の印刷機が内蔵されていて、白ヤギさんが未来を予知すると、その出来事がこうして預言メールの形で届いているんです」


 コロリ君が白ヤギの置物の頭を押すと、機械の起動音と共にその口から真っ白い便箋が滑り出てくる。

 ただの置物だと思っていたが、白ヤギの置物は小型の印刷機であったらしい。


「それがこの便箋かい? だけど君の預言は宝くじの当選番号とか、もっと平和な感じのものじゃなかったかい。それが死亡、だなんて」


「内容によって預言メールの色は変わります。お金に関することなら黄色、天気に関することなら水色、みたいな感じで。あ、赤色なんて今まで見たことなかったんです。それでおかしいと思って中を見てみたら……」


「はっ、馬鹿馬鹿しい」


 ユミトさんがコロリくんの独白を遮る。


「宇宙人の次は、預言だあ? いい加減にしろよ! 流石にそんな物あるわけ無いだろうが!」


預言メールはあるんです! 実際に、僕はこれまで何度も預言メールに助けられました」


「君が『幸運の子』と呼ばれるようになった元となるエピソードだよね」


 優しく問いかけるトウジさんに、コロリくんはしっかりと頷く。


「め、預言メールに書かれた内容は僕が介入しない限り必ず実現します。外れたことは一度もありません。このままじゃ誰かが死んじゃう。何か対策を考えないと。でも、どうしたら……」


 コロリくんは俯くと、苛立ったように頭を掻く。

 トウジさんがその肩へ優しく手を置く。


「手紙の内容は僕達の動き次第で結果を変えられるんだよね?」

 

「は、はい。そのはずです」


「コロリ君の力の存在は僕が保証する。誰も死なせないために対策は絶対に必要だ」


「はあ、対策だあ?」


「そうだ。預言の示す二時まで皆で行動してはどうだろう」


「み、みんなで居るなら殺人は起きないかもしれませんね」


 トウジさんの提案にコロリくんは表情を明るくする。


 私もテレビで紹介されたコロリくんの幸運エピソードは聞いている。

 宝くじを当てたり、カードの絵柄を当てたり。

 それが超幸運の為せる技か、預言の成就によるものか。

 どちらにしろ眉唾物であるのだが、実際にその事象が起きたというのは事実だ。

 ここで嘘をついても仕方がないだろうし、コロリくんの預言は存在するのではないか。


 それに、皆で集まることでコロリくんの不安が解消されるのならば預言がコロリくんの思い込みであったとしてやったほうがいいだろう。


「その預言、本当に当てになるんですの?」


 キラビさんはコクンと首を傾げて問いかける。

 その表情には明確に不審の色が見て取れる。


「キラビさん。疑う気持ちは分かるがコロリくんの預言は本物だ。何度か実際に預言の的中を体験した僕が保証する」


「そこまで言うのでしたら預言の実在は信じましょう。ですが変ですわね」


「ぼ、僕の預言メールの何が変なんですか!」


「グレイの話では私達はここにいるのですわよね。預言が本物ならどうして貴方はここにいるのでしょう?」


「どうして、って。ど、どういうことですか?」


 コロリ君は怯えた声を上げる。


「預言が本物なら貴方が寿命以外で死ぬことは無くなりますわ。殺人や事故は預言していれば避けられますし、病気も早期発見が可能ですわよね」


「そ、それは預言メールには制限があるからです。預言メールで届くのは未来の僕が認識できる範囲だけです。ニュースで報じられれば地球の裏側で起きたことだって分かりますが、そうでなければ一枚壁を隔てた向こう側の出来事は僕には分からなくなります。それに寝ている間に起きた出来事も預言メールの対象外です」


「自分が知り得ない情報は預言出来ない。なるほど納得ですわね。でも、そうなると困りましたわ」


 キラビさんは顔に手を当て大げさに困り顔を作る。

 しかし、その声色にはむしろ喜色が浮かんでいるように感じる。

 嫌な予感がする。


「な、なんで……まだ僕を疑うんですか」


「違いますわ。私はただ、貴方が可哀想になってしまって」


「僕が、か、可哀そう?」


「だってそうでしょう? 私達の中に事件を起こそうとしているが居るのなら、貴方は真っ先に殺されることになるんですもの」


「こ、殺される!? な、何故ですか!?」


 悲鳴に近い声を上げるコロリくん。

 キラビさんは獲物を見つけた捕食者の顔で喜々として言葉を続ける。


「何故って、犯人にとって貴方は犯行の最大の障害となるからですわ。そしてその障害を取り除く方法も簡単でしょう? 預言は貴方が認識できる範囲の事を知らせる。なら貴方を殺してしまえばその死は預言されませんわよね? 現に貴方は自身の死を預言出来なかったからここにいるわけですし」


「そ、そんな。ぼ、僕は」


 コロリくんは体を抱きかかえるようにして後ずさる。


「やめないか。いたずらに彼を怖がらせるな」


「ふふふ。私は事実を述べたまでですわ。それに私はただコロリさんをいじめるためにこんな事を言っているのではありませんの」


「ならば、どういうつもりだ」


「預言は死人が出ると言っている。つまりこの中の誰かが殺人を企てているのですわ」


 キラビさんの発言に場が動揺する。


「何を言い出すんだ。人が死ぬと言っても原因は事故であるかもしれない」


「この状況で、事故ですの? それに重要なのは殺人鬼がいる可能性があるということですわ。私は死にたくありませんの。せっかく被害者候補が現れてくれたんですもの。利用しない手はありませんわ」


「あ、ああ。ぼ、僕は」


 コロリくんの顔面が蒼白になる。

 キラビさんはその様を見つめながら棘のある笑みを浮かべる。


「殺人が起これば被害者は、コロリさん。貴方ですわ!」


「い、嫌だ。殺されるのは。うわああああ!」


 コロリくんは絶叫を上げる。

 私達が驚く中、部屋を飛び出していった。


「コロリさん! 待って!」


 慌てて私達は後を追う。

 廊下に出ると既にコロリくんはエレベーターに乗り込んでいた。

 私達の到着を待たずエレベーターの扉が閉まる。


「一階か……自分の部屋に行ったのかもしれないな」


 エレベーターは一階に向かっていた。

 自室には鍵が掛かる。

 コロリくんは自室に籠もるつもりなのではないか。


「あら。大変な事になりましたわね」


 遅れてやって来たキラビさんは他人事のようにつぶやく。


「君のせいだろう。なぜあんな真似を」


「言いましたわよね。私は死にたくありませんの。それに、私としては親切のつもりでもありましたのよ?」


「どういう意味だ」


 トウジさんの詰問をキラビさんは歯牙にもかけず、涼しい笑顔を浮かべている。


「コロリさんは迂闊すぎますわ。預言なんて事を言い出せば犯人から狙われるのは明らかですの。あのままでしたらコロリさん、早々に殺されていたかもしれませんわよ? まだこうして閉じこもっていたほうが安全ですわ」


「……」


 キラビさんの言に押し黙るトウジさん。

 確かにキラビさんの言には一理あると感じてしまった。


 キラビさんの言葉が無くとも、コロリくんが預言の話をした時点で、犯人から狙われる状況にあったというのはその通りだろう。

 

「……仕方ない、戻ろう。皆で今後の対策を練る」


 陰鬱な空気が流れる中、トウジさんは踵を返し元来た道を戻っていく。

 私達は重い足取りで食堂へと戻る。



 今後の対応を話し合いながらの朝食は、空気の重いものとなる。

 そんな中でいいアイデアが出るはずもなく、皆の表情は暗い。


「次の集合は昼食の時だ。それまでは各自、自由に動いてくれて構わない」


 トウジさんが場を締める。

 話し合いで決まったのは団体行動のルールを継続することと、食事の際には皆で食堂に集まることぐらいだ。

 

 これからは各々でグループを組み、艦内を自由に探索することになる、のだが。

 本当にそれでいいのだろうか。


「まあ、あれだ。あんまり心配していても仕方ないよな。モウタ。ノウト。筋トレに行こうぜ!」


 場の陰鬱を払拭するようにユミトさんが明るい声を上げる。


「えっ。まだ行かれるのですか。ユミトさん、朝一番から筋トレをしていましたよね」


「*****」


「モウタさんは、もう疲れたと言っていますよ」


「嘘つけ! お前らはまだ運動してないだろうが。俺っちはまだ体を動かし足りねえんだ! 単独行動は禁止ってルールだろ。付き合え」


「ルールですか……仕方ありませんね。取り決めには従います」


「ボクモ イクヨ」


 どうやら三人は連れだってトレーニングルームへ向かうようだ。

 ユミトさんに続いてノウトさん、モウタさんが食堂から出ていく。


「じゃあ、ウチらはエンジンルームに向かうヨ!」


「ウチらを機械が待ってるゼ!」


 アイさん、イアさんは手に持つ工具を掲げる。


「機械ですか」


 私はふと思った疑問を口に出す。


「ここの機械は宇宙人が作った物なんですよね。仕組みとか分かるんですか?」


「ウチらをなめるなヨ! ウチら二人に不可能はないゼ!」


「宇宙人が作った物でも、ここの機械は組まれたプログラムに従って動いているヨ。言語はまだ読めないが、ウチらなら時間があれば解析可能だゼ!」


「良く分かりませんが、凄そうです。頑張ってください」


「「おうヨ!」」


 二人は大げさに笑みを見せると食堂を後にする。



「では私は昼食の準備に戻ります!」


「ミユキさんには僕とサイネが付き添おう」


「ええ。プロの料理人の料理を近くで見られる機会なんて無いものね。賛成よ」


「ふふふ! 光栄です! 昼食も張り切っていきましょう!」


 ミユキさん、トウジさん、サイネさんの三人も厨房へと消える。


 食堂に残ったのは私と、メリーさん、キラビさんだ。


「キラビさん~。ペットの話、聞かせてもらえませんか~」


「あら? いいですわよ。メリーさんも動物が好きですの?」


 メリーさんがキラビさんに声を掛ける。

 どうやら二人は食堂に止まるようだ。




「では、私はレインさんの所に戻りますね」


「あっ、カスミさんちょっと待ってください~」


 食堂の扉に手を掛けた所でメリーさんに呼び止められる。


「なんですか」


「消化に良いドリンクをミユキさんに作ってもらったんですよ~。レインさんに持っていって上げてください~」


 メリーさんは厨房からお盆に載った二人分のコップを持ってくる。

 コップの中には果物をすりつぶしたような黄色のドロドロの液体が入っていた。


「カスミさんの分もありますから、二人で飲んでください~」


「ありがとうございます」


 メリーさんからの好意を受け、落ち込んでいた心が少しだけ上向く気がした。

 腕時計を確認すると九時を指している。

 レインさん、退屈してないかな。


 ドリンクを手に私は医務室へと向かう。

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