1-4 「自己紹介をしよう」①

「先ほどは止めていただきありがとうございました」


 メリーさんへ頭を下げる。

 頭に血が上って気付けばグレイに楯突いていたのだ。

 メリーさんが暴走を止めてくれなかったらどうなっていたことか。


「いいえ~。でも、カスミさんも無茶しますね~。見てるこっちが肝が冷えましたよ~」


 メリーさんは照れたように笑みを浮かべる。



 グレイたちの姿が消えてから五分。

 ようやく皆が落ち着きを取り戻し始め、場が少しずつ動き出す。


 まずはこれからどう行動すべきか方針を話し合うことになった。

 最初から人数分置かれていた椅子に皆が円形となって座る。


「“殺し合い”とか。あれ、マジなのか?」


「冗談だと思いたいですわ。ですが、グレイたちの言葉は本気だと考えておくべきでしょう。通信端末も当然つながりませんわ。電波を遮断していないのならこのご時世、それこそ宇宙空間でもなければ電波が通っていないところなんてあるのかしら?」


 道着姿の男性の質問に、ドレス姿の女性は取り出した通信端末をヒラヒラさせてため息をつく。


「テレビかなんかのドッキリじゃねえのか? ほら、そこに居る奴ってテレビで有名な奴だろ?」


「僕たちの事を言っているのかい?」


「それなら。これは狂言の類では無いと思います。私たちも何も聞かされていませんから」


 道着姿の男性が指を刺した先に居たのは長身の男女二人組……って。


「ああ! トウジ選手と、サイネさん!」


 二人の姿を認めた瞬間、私の心臓は跳ね上がる。

 人目も憚らずに声を上げていた。


「あ、握手してもらっていいですか!?」


 私は二人に駆け寄り、握手を求める。

 トウジさんも、サイネさんも、笑顔で握手に応じてくれた。


「ええっと~。お二方は有名な方なのですか~? 私、芸能人とかあまり知らなくて~」


「ええっ!? メリーさん、二人を知らないんですか!?」


 メリーさんの発言に面食らう。

 まさか二人を知らない人がいるなんて。


「男性の方が王野オウノ統時トウジ選手。元プロボクサーで、総合格闘技に転向後は年末に開催されるライト級の試合で三連覇を達成している凄い選手なんです! そして、女性の方が桜丘サクラオカ采音サイネさん。アクションが凄い女優さんで、ドラマなんかでもバンバン主役をやっているんです。柔軟な体を生かしたアクロバットなアクションシーンと高い演技力で評価されている女優さんですよ!」


 病気がちな私は病院のベッドに横になって一日テレビを見ている事も多かった。

 テレビの世界で活躍する二人は私にとってまさしく憧れの存在だ。

 そんな二人を目の前にして、興奮せずにいられるものか!


「ふふ。そんなに褒められるとムズかゆいわね」


「ああ。だけど今は僕たちの話よりもこれからどうするかの方が重要だ。この事態をどう解決するか考えないと」


「あっ。そ、そうですよね。ごめんなさい」


 トウジさんに言われ、皆から注がれる視線に気づく。

 舞い上がってしまったが、今は非常事態の最中だった。


 何をやっているのか、私は。

 さっきから空回りばかりだ。

 私は恥ずかしさから顔を伏せる。


「カスミさんのおかげで場が和んだところで、一度自己紹介をしませんか~」


「さ、賛成です! しましょう、自己紹介!」


 メリーさん、ありがとう!

 メリーさんからの提案に私は慌てて飛びつく。


 どうやら場から反対の意見は出ないようだ。

 皆、思考が現状に追いついていないのかもしれない。

 私のせいで変な空気になってしまったが、フォローをしてくれたメリーさんに内心で感謝する。


「それでは、私から始めさせていただきます~」


 自己紹介に、最初に名乗りを上げたのはメリーさんだった。


「では時計回りでやっていこうか」


「はい~。そうしましょ~」


 自己紹介は時計回りで行われることに決まった。

 私達は円形に座っていて、私はメリーさんの右隣だ。

 私の番は最後に回ってくることになる。


 ……さっきの失態のせいで今順番が回ってきても恥ずかしさから上手く話せる気がしない。

 最後というのもまた緊張するけれど、私は提案された順番にホッと胸をなでおろす。


「こんにちは~。私は癒手いやしでメリーです~。職業は見ての通り看護師をやっています~。お怪我をしましたら私に声をかけてくださいね~」


 メリーさんは最後に腰元に下げたポーチを叩く。

 あの中には医療道具が入っているようだ。

 メリーさんの声は先のように柔らかな温かみのあるものだった。


 あっ、そうだ。

 十三人もいると全員の名前を覚えるのは大変だよね。


【 癒手メリー:看護師 】


 私は日記帳を取り出すと名前と、その人の簡単な情報も書き記していく。

 いつまで続くかは分からないが、ここで一緒に過ごす仲間の名前だ。

 うん。これで忘れないね。


「医学的知識のある人がいるのは頼もしいね。安全を担保するなんて言っていたがグレイは信用できない。メリーさん、よろしくお願いします」


「はい~。頑張りますよ~」


 トウジさんが場を締めるとメリーさんは温和な表情を浮かべたまま一礼する。



「……」


「次はあなたの番ですよ~」


 次に自己紹介の番が回ってきたのはとても体の大きい男性だった。

 座っているにもかかわらず私が立った時よりも大きく見えるその体は、メリーさんに促され立ち上がると二メートル以上はありそうだ。

 今にもボタンが弾け飛びそうな体に合わないサイズの学生服を着た男性は、メリーさんが自己紹介を促すがうつむいたままだ。


「ええっと。どうされました~? もしかして緊張されてますか~?」


「……チガウ。ワタシ、ニホンゴ、ワカリマセン」


「そうですか〜。日本語が分からないって、ええっ! あなた日本人じゃないんですか~」


「ウマレ、ニホン。デモ、ズットガイコク、イマシタ」


 男性は体格こそ大きいものの純日本的な顔立ちだ。

 男性のたどたどしい日本語は見た目とのギャップに違和感を覚える。


「そうなのですね~。ですが日本語はある程度分かるのですよね~」


「ユックリ、ワカル。サッキ、ワカラナイ」


「なるほど。先ほどのように話が込み入っていたり、皆が入り乱れて会話していたりするときは話についていけない、と」


 聞き取った男性の言葉を類推し、話しやすいようにリードするメリーさん。

 入院中、看護師さんが言葉が出づらい患者と上手くコミュニケーションをとっている場面があった。

 メリーさんも職業柄、言葉が覚束ない人との会話は慣れているのだろう。


「ええっと~。日本語以外に話せる言語はおありですか~?」


「ワタシ、エアリル、イマシタ。エアリル、コトバ、ハナセマス」


「うーん、エアリルですか〜? 聞いたことのない国ですね~」


「エアリルですか。そこの言語なら僕が分かりますよ」


 声を上げたのはジャージ姿にリュックを背負った細身の男性だった。


「僕、フィールドワークでその国に行ったことがあります」


「****** ?」


「今のは『本当ですか?』と言いましたね。もちろん本当ですよ?」


 大柄な男性はリュックを背負った男性の言葉に大きくうなずいた。

 

「それは良かったです~。この方の通訳をお願いしてもよろしいですか?」


「ええ。もちろんですよ。この状況下で言葉が通じないのは不安でしょう? 僕で良ければ力になりますよ」


「******!」


「今のは『ありがとう』ですね。おそらく先ほどの宇宙人からの説明も理解されていないでしょう。私が後でルールを説明しておきましょう。********!」


「********!」


 二人は何か声を掛け合うと握手を交わした。


「外国語を話せるなんて、凄いですね~。お仕事は何をされているのですか~」


「取り決めでは時計回りで自己紹介を行うということでしたよね。取り決めを守るのは大切なことです。今は彼の番ですから、僕の自己紹介は自分の番に行いますよ」


「誰からでも良くないですか~」


「いえ。取り決めは守らないと。気分が悪いですからね」


「そ、そうですか~」


 リュックを背負った男性はそのまま元の席に戻っていった。

 うーん。厳格というか、ルールにうるさい人なのかな。


「ボク、牛頭ゴズ猛太モウタ。ニホンゴ、ベンキョウチュウ。モウタ、ヨンデ」


 大柄の男性――モウタさんはたどたどしい日本語で自己紹介を続ける。

 学生服を着ているし、日本語を勉強中ということは学生さんなのだろうか。

 体格のせいで年齢はだいぶ上に見えていたが、私と同じぐらいなのかもしれない。


【 牛頭猛太:学生 日本語× 】っと。


 モータさんはその場で一礼すると椅子に腰かけた。

 ミシッと椅子が軋みを上げる。




「「次はウチらの番だゼ!」」


 次に立ち上がったのはつなぎ姿の双子だった。


「ウチは姉の御鏡みかがみ相違あいダ」


「ウチは妹の御鏡みかがみ異愛いあダ」


「「二人で一人の機械技師ダ。よろしくナ!」」


 声を揃えて自己紹介をする双子――アイさん、イアさん。

 顔も声も本当にそっくりで、まったく見分けがつかない。

 姉のアイがこげ茶、妹のイアが黄色のつなぎを着ているため区別はできるが、同じ色の服を着ていればどちらか見極めるのは不可能だろう。


「機械技師さんですか~? 機械の修理などをなさるのですか〜?」


「ハード関連のことならウチに任せてくれヨ。ウチの手にかかれば重機だろうが、飛行機だろうが、宇宙戦艦だっていじってやるゼ!」


「ソフト関連ならウチの得意分野だヨ。たとえ宇宙人の使う未知の言語で書かれたプログラミングだって書き換えて見せるゼ!」


「へ、へ~。機械のことは詳しく分かりませんが、頼りにしていますね~」


「「おうヨ!」」


 勝気な口調で声を揃える二人。

 機械に強いというのは本当なのだろうが、宇宙戦艦とか、宇宙人の言語とか言っていたがどこまで本気なのだろう。


【御鏡相違:姉 こげ茶のつなぎ 機械(ハード面)に強い】

【御鏡異愛:妹 黄色のつなぎ 機械(ソフト面)に強い】


 二人は揃ったポーズでサムズアップをし、自己紹介を終える。

 



「倉部味幸、調理師です! 趣味は料理! 特技は料理! 夢は私の料理で世界のみんなを『美味おいピース』にすることです!」


 ハツラツとした声で自己紹介を始めたのは、調理服の上からフリルの付いたピンクのエプロンを着た小柄な女性――ミユキさんだった。


「ミユキさんは調理師さんなのですか〜。お料理が得意なのですね〜」


「はい! 和食、洋食はもちろん、中華、フレンチ、トルコ料理。はたまたジビエ料理に昆虫食まで! 何でも美味しく作りますよ!」


「ええっと……昆虫食ですか〜」


「ははっ。美味しいで世界を平和にする。それが、『美味おいピース』。私のモットーです!」


 ミユキさんは満面の笑みで料理の矜持を語る。


「貧困が心を貧しくします。食べられるものが増えればみんながお腹を空かせることはありません。だから私はどんなものでも美味しく料理してみせるんです! 昆虫食に興味があるなら今度お作りしますよ!」


「は、は〜。今度機会があればぜひ〜」


 ミユキさんの勢いに押され、メリーさんがたじろいでいる。


【 倉部味幸:調理師 】


 ミユキさんは場の雰囲気を明るくする不思議な魅力を持った女性だ。

 言葉の端々からは食に対する強烈なこだわりが感じられる。


 少しだけ和やかさを取り戻した場で自己紹介は続いていく。

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