第07話 セバス=カダン

ーーーセバス視点ーーー



「貴様!!」


霞む意識の中、小さな勇者が私の前に立つのが見えた。

やはり私の直感は間違いでは無かったと思い、寝ている場合では無いと力を振り絞る。


「…!ディノス様!なりません!!」


足を引きずりながら何とかディノス様の前に立つ。

この希望を失う訳には行かないのだ。


「アイズ様、ご忠告、感謝致します。」


長男アイズ様に向かって頭を下げる。

息子ツァンに対する警告と言っていた。恐らく本来なら息子ツァンは粛清対象だったのだろう。

ディノス様の成長に満足された事で、一時の猶予が与えられたのだ。

孫だけで無く子も命を救われ、私自身庇われるとはな…。


「胆力も有るか…。…オレの駒になりたく無いのなら自ら檻を壊すのだな。」


長男アイズ様がディノス様に声をかける。

恐らくは最初で最後の忠告だろう。

長男アイズ様は傲岸不遜とも言えるお方だが、人の心が無い訳では無い。


「大丈夫か!」


ディノス様がポーションをかけてくれる。

その姿に改めてマイハ様の姿を見る。聖女の血はこの方に受け継がれているのだと確信する。


「あり、がとうございます。」


何とか礼を述べる。

立ち上がる事が出来る様になると、ディノス様と共に急いで本邸を後にした。




「私を長男アイズ様から離すですと?父上、正気ですか?」


翌日、息子ツァンを呼んで用件を話す。


我々の役目は公爵家の監視、それを止めろと言っているのだ。当然の反応だろう。


「正気だ。長男アイズ様から手痛い忠告を受けたよ。」


そう言って先日の事を話す。

死んでは何も出来ない。長男アイズ様から離れて小さな事を積み重ねて行くしかあるまい。


長男アイズ様からですか…。…父上でもやはり敵いませんか…。」


「反応するのがやっとだった。公爵家は別格だよ。」


息子ツァンの言葉を一蹴する。

私程度で何とかなるならとっくの昔に公爵家は潰れている。

やはり息子ツァンは本当の意味で公爵家の怖さを分かっていないか。

最近は戦場も減っている。仕方無いのかも知れん。


「しかし…我々はこれからどうするのですか?」


細かな事を調査して行くのに納得が行かないのだろう。

カダン家は子爵家、確かにそれに見合った仕事が求められるが…。


「ならばお前もディノス様に付くといい。」


そう言えば息子ツァンはまだディノス様に会った事が無い筈だ。

むしろちょうど良い機会か…。


「ディノス様ですか…?そう言えば父上、ディノス様の周りを王家側の人間で固めているようですな。正室フィアス様から苦情が来てますぞ。」


「放っとけ。ディノス様方を害したいだけだろう。」


小物に構っている余裕は無い。

権力こそあるものの、この魔窟で正室フィアス様の重要度は低いのだ。


未だに納得して無いようなのでもう少し説明する。


「ディノス様はマイハ様の魂を正しくと受け継いでいる。私はディノス様こそが公爵家を正道に戻す存在だと思っている。」


私の言葉に息子ツァンが目を見開く。

あの怪物どもを超える存在だと言っているのだ。当然だろう。


「確かに公爵家の血を引き聖女の魂を受け継ぐなら…」


何やら考えているが、ディノス様と接していけばいずれは分かるだろう。


「そもそもお前の命を救ったのはディノス様だと言う事を忘れるなよ。」


役目にばかり囚われているので釘を刺しておく。

これだから長男アイズ様が遠ざけたのだろう。



息子ツァンが出て行った後、静かになった部屋でこれまで王家へ送った手紙を読み返す。

王家もマイハ様が公爵家に嫁いだ事を悲しんだが、同時にその御子おこに期待する所も大きかった。

今まで公爵家は欲望の強い娘とばかり婚姻を重ねていた。

聖女の血が起こす奇跡に皆が期待していたのだ。


私は結婚の頃には現役を引退していたが、その頃には当主ヌルド様は政務から身を引くようになった。

今では長男アイズ様に全権を任せ、遊興の日々を過ごしているほどだ。

息子ツァン長男アイズ様を警戒しているようだが、私は当主ヌルド様こそが危険だと思っている。

あのくらい瞳の奥に恐るべき闇を感じてしまうのだ。


ディノス様のご出産の時も姿を見せず、館を闇が覆っていた。

突然光が差し込む事で闇は晴れて行ったが、あの闇からは恐るべき気配を感じた。

まるで当主ヌルド様の瞳の奥のような…と考えるのは流石に突飛すぎるかも知れないが…。


ディノス様が生まれると安心したが、マイハ様が原因不明の呪いにかかってしまった。

出産後は一週間以上眠り続け、もう目を覚まさないと皆が思った。

何とか最悪の事態は免れたものの、長い眠りを必要とするようになった。

ディノス様も余り感情を出す事はせず、その境遇からか非常に大人びた性格に育って行った。


良識ある公爵家の家臣はディノス様の教育係になろうと手を挙げたが、当主ヌルド様は許さなかった。

長男アイズ様の時は興味を示さなかったのに、何故かディノス様だけは教育をさせずに見守っていたのだ。

その事に何の意味があるかは結局分からないままだ。

5歳頃には興味を失ったようだが、その間にディノス様は著しい成長を遂げた。


マイハ様から僅かな時間教わっただけだろうに、言葉を喋り、文字を書き、礼儀作法を覚え、勉学に励み、高度な魔法の行使まで成し遂げたのだ。

その成長は歴代の公爵家当主を上回り、麒麟児と密かに噂された。

性格も穏やかで、感情は余り出さないが使用人達にも優しいと言う話だ。


私はすぐに王家に打診し、ディノス様の教育係になる事を決意した。

当主ヌルド様の関心も無くなっていて、無事に教育係となる事ができた。

正室フィアス様の要望でリサまでが側仕えになる事に決まったが、ちょうど良い機会だとも思った。


私が付いていればディノス様達を守ることはできる。何より当時、リサが塞ぎ込んでいる気がしたからだ。

不治の病となれば仕方ない事かも知れないが、せめて色々な世界を見せてやりたいと思った。

だがそんな思いも虚しく、初めての挨拶の日にリサの命運は尽きてしまった。


魔力暴走が起きれば自ら止める事は難しい。

ましてやリサは魔人種だ。そのまま魔物と成り果てるかも知れない。

せめて人間のまま終わらせようとした私を、ディノス様は軽い口調で止めてきた。

「何とかしてやる。」と。未だにあの言葉は私を捉えたままだ。


その言葉通りにリサの暴走を抑え、見事に解決して下さった。

あの瞬間、あの奇跡をもたらしたのは確実にディノスだった。

神の御業みわざ見紛みまがう程の美しさと自らの傷をかえりみない献身、まさしく聖なる魂を受け継いだ勇者だ。


すぐに治療を施した私はあの御業について調べた。

古い文献に、神代の賢者が人の魔力を操る術を持っていたとの記述を見つける事ができたが、それ以上の情報は得られなかった。

王家にも高潔なる精神の持ち主だと進言し、教育係として護衛の数を少しずつ増やしている。


リサも懐いたようで、いつも近くにはべっている。

ひ孫の顔を見るのも早いかも知れない。


そして先日、本邸に向かった際にはあのお二人と対峙しても尚、前を向いていた。

小さな勇者の未来に期待しつつ、全力で守ろうと改めて誓う。



まずは王家に更なる護衛を打診する事から始めなければな…。

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