第06話 公爵家

リサとの出会いから一年が経ち、今も順調に成長中だ。

最近では別邸に常駐する人間も増え、昔の閑散とした雰囲気が嘘のようだ。

私は7歳となり最近では剣術も習うようになっている。


「行きます!」


今もリサと手合わせをしている。

ちょうどリサが掛け声と共に打ち込んで来る所だ。


リサはメイドをこなしながら私と共に授業を受けており、少女には厳しい環境に思える。

何度か休むように伝えているが、いつも絶望的な顔をするので困っている。

母上の助言で一緒に遊ぶようにしてからは多少マシになったが、まだまだ目を離せないだろう。


「ちゃんとやれ!」


リサが必要以上に手を抜いて来たので叱責する。

年齢差が有るのでリサには加減して貰う必要が有るのだが、私に剣を当てる事をいつも躊躇ためらっている。

こちらは吹き飛ばされる覚悟も出来ているのだが、どうしても出来ないらしい。


一旦仕切り直し、次は騎士と剣を合わせる。

セバスが手配してくれた人物で、恐らくは王家の紐付きだろう。

最近は私を王家側に取り込もうとしてるのか、そちら関係の人間が増えて来ている。


正室からの魔の手を防ぐ為にも私としては有難いのだが、この状況でも公爵側は動かない。

御家騒動の火種が出来つつ有るというのにだ。

ヌルドの考えが全く分からなかった。


訓練が終わり、汚れを落とす。

剣の訓練の後はいつもリサが落ち込むので、構ってやる事も忘れない。

そうして私室に戻ると、セバスから会食の話がもたらされた。


当主ヌルド様から会食を開くとお達しが有りました。」


「父上からか?」


初めてのお誘いだ。

今まで全く興味を示さなかったのに何故だろうか。


「はい。長男様と正室様も同席されるそうです。」


三男の弟は確か赤子だったか。会うのは先になりそうだな。

しかし、正室とは…。


「行って大丈夫なのか?」


断る事は出来ないと分かりながらも質問する。

正室に関してはカダン家も思う所が有るだろう。


「恐らくは…。少なくとも当主様の顔に泥を塗る様な行為はなさらないかと。」


セバスが苦い顔をしている。

何かをしてくる可能性は有るということか。


「分かった。いつからだ?」


「今からです。供は私が務めます。」


セバスの言葉に驚く。普通前日までに知らせないだろうか。

母上が眠っていて良かったと思いながら、初めて本邸へと足を踏み入れた。


《見事だが…装飾のたぐいは少ない気がするな。》


庭から建物から装飾まで、全てが一級の物だろうが、華美では無く落ち着いた雰囲気だ。

正直嫌いでは無い。


敵地だと思って辺りを警戒するが、別邸と同じく人が少ない。

閑散とした通路を進み、食堂へと進む。


食堂に入ると薄暗い灯りの中、3人の人物がテーブルについていた。


(あれが…。)


一番奥にいるのがヌルド=シェール、私の父で有り最大の障壁だ。

くらい目をしていて周囲の空気が淀んでいるようだ。

ガッチリとした体格をしており、全てを拒むオーラを出している。

圧倒的な存在感で、確かにこの場を支配していた。


(…その横が正室か。)


フィアス=シェール、伯爵家から嫁いできた人物だ。

私たち母子を憎んでおり、自らの手を汚さない形で危害を加えようとして来ている。

華美な服装をしており、この場では浮いている。

何より一目で強力な存在で無い事が分かる。権力は侮れないがそれだけの小物にも見える。


(それよりもあちらが危険だな…。)


正室の前に座る偉丈夫。アレが長男のアイズ=シェールだろう。

観察しようとすると目を鋭くする。

こちらの動きが全て分かっているようだ。

ゲーム世界で反乱を起こし、ストーリーによっては大帝国を築く、ヌルド以上の怪物と言えるかもしれない。


「ディノス。」


最奥の怪物から声がかかる。

ヌルドに顔を向けると、無言のまま見つめられる。

瞳の奥を覗き込まれるような感覚だ。



「………まだか……。」


そう呟くと、椅子から立ち上がる。


「後は好きにせよ。」


そのまま立ち去ろうとするが、何かを思い出し再度声をかけて来た。


「ああ、魔人をくだしたようだな。後で褒美を届けよう。」


ヌルドの言葉にセバスが顔を硬くする。

カダン家の秘密を知っているとは…。


今度こそそのまま立ち去り、食堂には主不在のまま料理が運ばれてくる。


「ああ!下賤な者と同席するなんて最悪だわ!」


正室フィアスがヒステリーに叫ぶが、食事の所作自体は綺麗なものだった。

やはりマナーは大切だと、その姿を見て改めて思った。


正室フィアスが下賤な者と言うのは母上が下級貴族の出だからだろう。

コイツはゲーム世界では色々な結末を辿る。

大体は悲惨な最後を迎えるが、時には侮れない存在に至る事も有る。

小物だからと舐めていると足元を救われる相手だ。


ちなみに今は赤子の三男は名をドリスと言い、派生作品で出てくる人物だ。

公爵家の権力を笠にきた小物のような存在だがその実力は高く、ろくに訓練をせずに主人公達を圧倒していた。

正室フィアスが手元に置いて過保護に育てたようだが、恐らくは同じようになるだろう。

出来るなら幼い内から関わってやりたいが、私が近づくことはできないからだ。



無言のまま食事を終えると、長男アイズが近寄って来た。


後数歩の所で止まると、突然途方も無い圧力が私を襲って来る。


「な!?」


言葉を続ける事も止め、咄嗟に後ろに下がる。

世界が終わるかと思う程の重圧だった。

今でも心臓が早鐘を打っている。


「…ふむ、臆病だな……。だがそれも良しか…。」


私に向けていた視線を外すと突然重圧が無くなった。

どうやら今のはただ殺気のようなものを向けて来ただけのようだ…。


「セバスよ、褒美を与える。」


長男アイズが言葉と同時に衝撃波を放つ。

直撃を食らったセバスは壁まで吹き飛び、身動き一つしない。


「本来ならツァンに対する警告だが、貴様にくれてやる。」


「貴様!!」


咄嗟の事に反応出来なかったがが、何が起こったか分かると怒りが湧いてくる。

セバスには色々と世話になっている。それをコイツは…!


「…!ディノス様!なりません!!」


意識を取り戻したセバスが血を流しながら私の前に立つ。


「アイズ様、ご忠告、感謝致します。」


そのまま長男アイズに深く頭を下げる。

私を庇う為でも有るのだろうが、その姿を見ていると自分の不甲斐なさに怒りが湧いてくる。


「胆力も有るか…。…オレの駒になりたく無いのなら自ら檻を壊すのだな。」


そう言うと長男アイズが去っていく。その後に続いて正室フィアスも居なくなった。


「大丈夫か!」


セバスの元に駆け寄ると、ポーションを振りかける。

今回の会食に備えて持たされていた物だ。


「あり、がとうございます。」


徐々に傷が塞がっていき、回復するとすぐに立ち上がった。

ポーションでは流した血まで戻らないが、問題は無いようだ。


「ともかくここを出よう。」


本邸はまさしく魔窟だった。

セバスは過去には伝説の暗殺者として恐れらた存在で、ゲーム世界ではトップクラスの実力だったのだ。

それをこうも簡単に倒すとは…。


(とはいえ、何も変わらん!)


破滅を回避する事も母を救う事も必須事項だ。

自ら降りる事などあり得ないのだ。



別邸に帰った私を待ち受けていたのは涙目のリサで、寝るまでの間ずっと遊ぶ事になってしまった。

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