第42話 一難去って (キュン1)


 ぽすっ!

 奇跡的にレイモンドの腕の中に着地する。


「ふぅぅぅ。助かった」

「なんで目を瞑るんだよ!」

「だって、怖くて……」

「しばらく飛び降りるの禁止だからな」

 言われなくても、そうそう飛び降りることはないと思う。

 それに浮いてたんだし。

 今回は非常事態だったから。


「俺だっていつもいつも受け止めてやらないんだから」

 怒っている口調の割に、心配で死にそうな顔をしてる。

 まあ、さすがに上から降ってきたら驚くか。


「ごめんね」

「気をつけろ」

 レイモンドはギューっと抱きしめる手に力を込めると、そっと私を下ろした。


「それで、これは一体どういう状況だ?」

「あ——。これね」

 耳と尻尾を逆立ててララがアスライの背に半分隠れ、ドラゴンを威嚇している。

 いや、ほんと考えなしよね。


「彼とはちょっとした取引をしたの。ララに迷惑をかけるつもりはなかったんだけど……」

 ひっそりと遠くからララの気配を感じれば、ドラゴンの攻撃を阻止できて、その間に取引を持ちかけようと考えてたんだけど、思ったより自制が効かなかったらしくて……。




「何しにきたニャ! よくもララの前に顔を出せたニャ!」

 ドラゴンはララの叫び声にも、ピクリともしないでただただララを見つめている。

 まさかの考えなしの行動だったようだ。


「絶対、絶対許さないニャ。もう、二度と会いたくなかったニャ」

 プイっとそっぽを向きララはアスライの背中に引っ込んでしまう。

 これは完全に私が悪かったわよね。


「ごめんねララ。ララの気持ちを無視するようなことになって」

「アンジェラは悪くないニャ。悪いのは全部こいつニャ! お前なんか退治されちゃえば良かったニャ!」

 もしかしてララの仕返しのために私の呪いはドラゴンハートが解呪方法になっていたの?


「ララ、すまん。でも会いたかった……」

 ツーっと、ドラゴンの片方の瞳から涙が一筋流れ、地面にコロンと白く光る玉が転がる。

 あっ?

 もしかして真珠?

 そう思った瞬間、私は咄嗟にそれに手を伸ばしていた。


「触っちゃダメニャ!」

 ララが飛び出してきて私の肩を引いたが、遅いよ。

 もう拾っちゃった。

 透明に近い虹色の真珠。


 キラキラして綺麗……あれ?

 視界も真っ白に覆われて、眩しくて目を閉じる。


「アンジェラ!」

 遠くでレイモンドの呼ぶ声が聞こえたが目を開けられない。

 もしかして私って死んじゃうの?

 そこまで考えて意識が途切れた。



 ✳︎


「アンジェラ……」


 レイモンドに呼ばれた気がして目を開けるとそこはベッドの上だった。


 私、死ななかったんだ。

 それでも息を深く吸い込めないし身体を動かそうとすると節々が痛くて、錆びたブリキの人形の様にギシギシする。

 横を見るとコートニーが疲れ切った顔でベッドの横に腰掛けていた。


「ひどい顔ね」

 そう言ったつもりだったが、声が掠れて咳き込んでしまう。


「アンジェラ様!」

 コートニーが目を見開いて抱きついてくる。


「痛いから……」

 全身殴られたみたいにズキズキする。


「ごめんなさい。今治癒をかけます」

 慌てて、治癒魔法をかけてくれるがほんのちょっと痛みが消えただけで、あまり変わらない。

 おかしいわね。

 コートニーの治癒力はかなり腕が上がったはずなのに。


「す。すみません。先程までアンジェラ様のことを浄化していたので魔力が足りなくて」

「私を浄化?」

 いったい何があったんだろう?


「どれくらい眠っていたの?」

「もう少しで1ヶ月になります」

「1ヶ月?」

 それはかなりヤバかったってこと?


「今ララ様を呼んできますから」

 コートニーは涙を拭って部屋を出ていった。

 これはみんなに相当心配かけたわね。


 それにしてもここって公爵家でも王宮の私の部屋でもない。

 もしかして、レイモンドの宮?


「アンジェラ!」

 窓からララと一羽のカラスが飛び込んでくる。

 ん?

 なんでカラス?


 勢いよく突っ込んで来るララをコートニーが両手を広げ阻止しする。


「抱きつくと痛いです」

「アンジェラ、目覚めてよかったニャ!」

 ララが鼻を真っ赤にしてポロポロと涙を流す。


「ごめんねララ、心配かけて。私、どうなっちゃたの?」

 真珠を拾ったところまでは覚えている。

 どう考えてもドラゴンの涙なんて珍しいものに触ってしまったせいよね。


「ドラゴンは一生に一度しか涙を流せないニャ」

 え! そうなの。そんな貴重なものに触っちゃったんだ。

 もしかして、私やっぱり死ぬ?

 それとも番にならないといけないとか?


「ドラゴンの涙って何か深い意味があったりする?」

「勿論ニャ。ドラゴンの涙を持つものは忠誠を受け取るニャ」

 ララが壁際に正座する黒髪の青年に視線を移した。

 バカにしたというか、愚か者を見る目で。


「それって、ララのための涙だったのよね」

「いい迷惑ニャ。そんなものララが欲しいと思うなんてあいつは馬鹿ニャ」

 大袈裟に、ララは馬鹿に力を込める。

 ああ、わかった気がする。

 ララが欲しかったのは忠誠なんかじゃない。

 そこのところがわからなかったから、1000年も会ってもらえなかったのね。

 ちょっとだけ同情の余地はある。



「それでも、あの真珠の涙はララに返すわね」

「そんなものいらないニャ、それにもうアンジェラに融合しちゃったニャ」

「それって、この身体の痛みに関係ある?」

「多分、ドラゴンの魔力は人間にとって邪悪なところもあるニャ。コートニーが浄化してるからしばらくしたら痛みはとれるニャ」

「ララもコートニーも心配かけてごめんね」

「ほんとだニャ。無茶し過ぎニャ」

 ララが私の顔を覗き込みぷっと頬を膨らませたとき、「アンジェラ!」とレイモンドが部屋に駆け込んできた。


「うざいのが来たニャ」


「アンジェラ。大丈夫か」

 ララの静止も聞かずに、レイモンドが枕元に来て心配そうに覗き込んであちこち痛くないかと聞いてくる。


「ちょっと痛いけど、大丈夫。それよりドラゴンハートは貰えるわよね」

「その必要はないニャ」

 ララが胸を張る。

「どういうこと?」





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