第41話 ドラゴンと取引する✳︎

 暴風雨がぴたりと止んだ。


「どうしてお前がそれを……」

 ビンゴ!


「あなたの、その真っ赤な瞳と同じ宝石のついたネックレスを持った猫を知っているのよ」

 実はドラゴンには恋しい人がいるという設定はすっかり忘れていた。

 特段この後のストーリーでも取り上げられることはなく、よくある枕詞みたいなものだ。

 でも、ララのネックレスを見たとき何かが引っかかった。

 それをコートニーに話すと、設定を思い出してくれたのだ。


「……」

「ドラゴンハートを私に少しだけ分けて欲しいの」

「いや、それはできない。ドラゴンハートを捧げるのは一人だけだ」

 ドラゴンは首を横に振ったが、迷っているようで、すがるように私を見た。

 気のせいか涙目である。

 ドラゴンは多分爬虫類だから涙は流さないわよね。


 うん、やっぱり気のせいだ。


「捧げて欲しいとは言ってないの。ただ分けてくれたら私たちで勝手に使うから」

「それは無理だな。俺の気持ちを入れないと人間には使えないだろう」

 確かにドラゴンハートは取り出しただけでは猛毒だ。

 ドラゴンの死体からドラゴンハートを持ち帰った者もいることはいるが、皆正気を失い自滅していく。ドラゴンハートの力を使うには何百年という月日で浄化されるか。力のある神官が大人数で浄化しなくてはならないのだ。


「それなら大丈夫です。コートニーは聖女ですから彼女が浄化します」

「お前が?」

「は、はい。お、おまかせを」

 ちょこんと私の後ろから顔を出しコートニーが拳で自分の胸をトンと叩いた。

 さすがヒロイン、頭ボサボサだけど可愛いわね。


「確かに、時間はかかるがお前ならできそうだ」

 ドラゴンはやはり乗り気ではないようだったが、可能性を潰す気はないようだった。


「わかった。お前たちに分けてやろう。だが、これを何に使うんだ?」

「よくぞ聞いてくれました。誰かさんがかけた私の呪いを解くのに使うんです」

「そうか」

 そうかじゃなーい。

 あなたにも一端の責任があるんですから理由くらい聞いてほしい。


「詳細を話しましょうか?」

「いや、興味ない」

 そうですか。

 まあいいや。まずはドラゴンハートをもらうのが先だ。


「では、早速ください」

「その前に一目会いたい」

「うーん、それはお勧めしないかも」

「遠くから、ちらっと一目だけでもいいんだ。もう1000年近く姿を見ていない」

「何があったのか知りませんけど、1000年はこじらせすぎだと思います。もう少しじっくりララの気持ちを確かめてから会った方がいいのでは?」

「だが、今までこんな近くまで来てくれたことはないんだ。これを逃したらまた1000年会えないかもしれない」

 ちょっと想像を超えた年月ね。


 確かに、この次会えるのが1000年後というのは同情の余地がある。


「わかりました。遠くからチラッと見るだけですからね」

 ドラゴンはたぶん頷いた。

 巨大すぎてよくわからない。


「でも、こんな目立っていたら気づかれないなんて不可能よね」

「それなら心配無用だ」

 ドラゴンはあっという間に人間の男に変身していた。


「パキスタンのシャルワニコスプレ!」

 私は思わず、長いストレートに黒髪の赤い目をした男の服を掴んで繁々と眺めた。


「本物は初めて見たわ」

 光沢のある上品な生地に、スタンドカラーの襟から裾にかけて金の絹糸で大胆に刺繍されている。

 素敵すぎる。


「ア、アンジェラ様?」

「コートニー見て、ワルシャワのコスプレよ! イケメン率100%の一押しコスなの」

「そ、そうなんですか? ただの長い学ランにしか見えませんが」

「まさか、ドラゴンの衣装になっているとは思わなかったわ。インナーはどうなっているのかしら、ちょっと見せて……くれないわよね」

 ドラゴンが白い目で私を見下ろしている。


 人間の姿になっても私を見下ろすのね。


「訳のわからないことを言っていないで、早くいくぞ」

 ドラゴンはさっさと洞穴を歩いていってしまう。


「ラ、ララは大丈夫でしょうか?」

 心配そうにコートニーが私の袖を引っ張る。


「遠くから眺めるだけって約束だし」

「で、でも、あのドラゴンが約束を守るようには見えないんですが」

「そうね。せっかく協力してくれる気になっているのに、またララと揉めて約束を反故ほごにされたら困るわ。追いかけましょう」



 洞窟から出ると、ドラゴンはすでに崖を駆け降りている。

 っていうか、もう飛び降りてるじゃん。

 あの勢いじゃ、どう考えてもひっそり陰から眺める感じじゃない。


 ここって、10階建ての高さくらいかしら?

 仕方ない。

 考えてる暇もないし、練習の成果を試してみるか。


「コートニー様はゆっくり降りてきてください」

 私は思い切って斜面を蹴って飛んだ。


「レイモンド受け止めて!」

 浮くのにはだいぶん慣れたけど、落ちるのはまだ経験がないので念の為、下にいるレイモンドに声をかけた。



「うわぁぁぁぁ」

 下から吹き上げる風に煽られて、バランスが崩れる。

 このままじゃ頭から突っ込んじゃう!

 思わず怖くて目を瞑る。


「馬鹿! アンジェラ、目を開けろ!」

 イヤァー、無理ー!


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