第23話 契約結婚してしまいそう  (キュン2)

「アンジェラは魔法のセンスがないかもニャ」

 ララが人型になって3日、魔法の習得は全く進んでいない。


 あの日、ララが「どんな魔法が使いたいニャ」と聞くので私は張り切って答えた。

ほうきに乗って空が飛びたい」

 当然の要求だと思う。

 100人いれば90人はそう答えるだろう。

 それなのにララは不思議そうに「アンジェラはどこを掃除しに行きたいニャ」と首を傾げた。

「ちがーう」

 掃除しに行きたいわけじゃない。

 箒に乗って移動したいだけだ。


「まあ、いいニャ。取り敢えずティーカップを浮かせてみるニャ」

「ティーカップ?」

 そうね。

 まずは小さいものから。と始めた練習だったが、「飛べ」と命じるとティーカップは勢いよく天井にぶつかって割れた。


「……」

「アンジェラ、普通そこは飛ぶじゃなくて浮くニャ」

「そうだよね。ちょっとイメージする言葉を間違えちゃった。日本語は難しいわね」

 今度こそ、ふわふわ浮く感じで。


「浮け」と唱える。

 イメージ通り、カップは一瞬ふわりと浮いて、すぐに床に落ちて割れた。


「なんで!」

「魔力を注ぎ続けないからニャ。自分自身じゃなくてよかったニャ。もしも自分だったら地上に真っ逆さまだったニャよ」

 やれやれ、とララが腰に手を当てながらこれみよがしに宙に浮いている。


「プッ」

 そこへレイモンドがベランダから笑いを堪えて入って来た。

 あれから毎日契約書を持って現れるのだ。

 お父様はまだ迷っているようで、きちんと断りの返事をしていないらしいし。


 それにしても、こう毎日毎日ベランダから忍び込むなんて、うちの護衛は何をしているのやら。


「先は長そうだな」

「レイモンド、何度来ても同じよ。契約結婚なんてしないから」

「別に俺はアンジェラに愛して欲しいとは言っていない。そばにいて欲しいだけなんだ。それでもダメなのか?」

「ダメよ」

「なんでだ?」

 なんでって、こう毎日「好きだ」とか「そばにいたい」なんて言われたらうっかり好きになっちゃいそうなんだもの。


 好きな人を呪い殺すなんて洒落にならない。

 今日こそはビシッと断ろう。


「レイモンド、いい加減私のことは放っておいて」

「まだキュンが足りないからか?」

「違うわ。私は慎重なだけ。呪いがある以上はレイモンドとは契約結婚だろうとしないから」

 何がキュンよ。人の気も知らないで。



「契約結婚ってなんニャ?」

 ふわふわと浮いたまま、ララがレイモンドに尋ねた。


「結婚してる二人が守る約束だ」

 レイモンドはララに自分の書いてきた契約書を見せる。

 使い魔が契約書を読むなんて、ちょっと変だけど興味があったのか、真剣に読んでいる。



「素敵ニャ!」

 ララが飛んできて、私に契約書を広げた。

 しっぽがゆらゆらと嬉しそうに揺れている。

 なんで、ララがそんなに乗り気なのかわからない。


「今すぐサインするニャ」

「ララ、急にどうしたの?」

「あいつは気にいらないニャ、でもこれは魂の契約ニャ」

「魂の契約?」

 なんだ、その危ない響き。普通の契約書じゃないってこと?


「魂の契約は破ることはできないニャ。裏切られたりしてバッドエンドを避けるられるニャ」

 それは……ちょっと重すぎる。


「契約で縛られている関係はラブストーリーとは言わないのでは?」

「でも、アンジェラ。もうララの魔力はほとんど残ってないニャ。今度こそハッピーエンドになってもらわないと、ララは消滅しちゃうニャ」

 ララは猫耳を垂れてシクシクと泣き出した。

 ううぅぅ。

 だめ、私子供に泣かれるとか弱いのよ。


「ハッピーエンドじゃないとララが消滅しちゃうの?」

「この本にはララの魔力を注ぎ込んでるニャ、ハッピーエンドにならない限り魔力は取り戻せないニャ。きっとこれが最後のチャンスニャ」

「ええ!」

「どうしてそんな無謀なことをするのよ」

「だって、運命を変えるほどの恋愛小説を読みたかったニャ」

 ララはそういうと、「うわーん」と大声で泣き出した。


「え、ちょっとララそんなに泣かないでよ。他に方法がないか考えるから」

 ふわふわ浮きながら泣いているララを抱きしめ、背中をトントンしてあげる。


「もう待てないニャ。何百年もハッピーエンドを読んでないニャ。このままじゃララは大人にもなれないで、干からびて消滅しちゃうニャ。舞踏会に出てみたかったニャャャャ」


 ララは大粒の涙を流し「ウワァァァァん」と床に寝転んで手足をバタバタさせ、さらに大声で泣いた。


「ララ、わかったから。取り敢えずサインしてハッピーエンドを目指すから」

「本当ニャ?」

 パッとララは起き上がると、どこからか羽ペンを取り出し涙で濡れた瞳をキラキラさせて「じゃあ、すぐサインしてニャ」と契約書を床に広げた。


 その迫力に圧倒されて、私は契約結婚の書類にサインした。


「レイモンド、恋のキューピッドに感謝するニャ」

 ララが満面の笑みで叫んだ。


 まさか、演技だった?


「アンジェラ。大切にするから」

 ギューっとレイモンドまで抱きついてきてほっぺたをスリスリした。


 はぁぁぁ。

 取り敢えずまだ不幸じゃないみたいだからいいっか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る