第15話 密会 (キュン5)

 月明かりが部屋の奥まで差し込み妙に辺りが眩しい夜。

 ざわついた心を静めようと少し欠けた月を見上げる。空には宝石を散りばめたような星空が広がっていた。


 レイモンドの瞳のよう。

 銀色の光を放つ月は彼の髪の色と同じ。

 なぜかレイモンドの切ない顔を思い出してしまい。私は慌ててベッドに潜り込んだ。


 一度思い出してしまうと、いくら振り払ってもレイモンドの顔が目の前に浮かんできてしまう。


「あんな奴、絶対に許さない」

 眠れずにベットに寝転んだまま何度も寝返りをうつ。



 急に視界が暗くなり月が雲に飲み込まれたのかとベランダに視線を向ける。

 レースのカーテンが風に揺れ、マントのフードを深く被り顔にはマスクで覆った男がすぐ横に立っていた。

 黒づくめなのにそれが誰だかわかる。


「レイモンド……」

 ついさっきまで考えていた男。

 これは幻じゃないよね。

 今日は飲んでないし。


 フードと黒い革手袋を脱ぎ、私の前に跪く。自分の見せ方をよくわかっている男だ。


「なぜ俺だと?」

 彼はちょっとホッとした様子で夜空のように煌めく瞳を細め、私の髪をひとふさ手ですくった。

 その動作があまりに自然で、目を離せずにじっと見つめ返してしまう。


 怒っているんだからすぐに彼を拒否しなくちゃならないのに……もしかしてこのまま私の髪にキスを落とすのだろうか。


 って、何考えてるの。

 これは期待じゃない。彼を嫌う理由が一つ増えるだけ。

 冷静に、ドキドキしてる場合じゃない。

 レイモンドは……そう、ホストと一緒。

 私を好きなんかじゃない。後ろ盾のため愛嬌を振り撒いているだけ。きっとデビュー前の令嬢をたくさん騙してきたに違いない。


「何しにきたんですか。大声を出しますよ」

「話を聞いてほしい。ほんの少しでいいんだ」

「これ以上話すことはないと思いますが、好きな人がいる人と政略結婚する気はありません。どうぞ私を巻き込まずにその人と幸せになってください」


「アンジェラ、その好きな人が君だと言ったら?」

 レイモンドはいけしゃあしゃあとした態度で真っ直ぐに私を見た。


 ありえないから。

「婚約を申し込んできたその日に、お父様に好きな人がいると宣言したくせに、それが私ですって? バカにするのもいい加減にして」

「アンジェラ、落ち着いて。声が大きい」

 レイモンドは慌てて、私の口に手を当てた。

 ふんわりと、シャンプーの匂いがする。


「それにはきちんと訳がある。君も知っているだろ俺の胸にある王家の紋章を」

「そうだわ、なんで隠しているのよ」

 レイモンドに口を覆われたままなので、もごもごと尋ねた。

 あれさえあれば、正妃の子がいても立太子として認められるのに。


「俺は皇太子になる気は無いし、もしも王家の紋章があると知られれば俺の愛する人も狙われることになるから」

「好きな人をライラ様から守るために、私と偽装結婚するということ?」

「偽装じゃないよ。俺はアンジェラが本当に好きなんだ。だが、それだけではまた公爵に断られてしまう」

「全然意味がわからないわ。あなたに私以外の愛する人がいるとお父様が結婚を承知するとでも言いたいの?」


「順を追って説明するよ。長くなるから横に腰掛けてもいい?」

 レイモンドは私のベッドを指差した。

 仕方ない、王子様をいつまでも床に跪かせたままではいられない。


「いいわ、私に触らないでくれるなら」

 返事をせずに、レイモンドがベッドに腰掛けた。




 ✳︎



「8年前まで、アンジェラが呪われているかどうかは曖昧だった」

「確かに、公爵家の娘が呪われいるなんて噂になったことはないわ」

 お父様が揉み消していたんだろうけど。


「婚約者候補が数人立て続けに事故に遭ったり病気になったが、この世界ではそう珍しいことではない。平民の子供なら半数が10歳まで生きていられない世の中なのだ」

 それにくらべて貴族は医者にも診てもらえるし、金を積めば神殿に頼み治癒してもらうこともできる。現に、元婚約者も今では元気に暮らしていた。


「アンジェラの髪と瞳は見事な紫だけど、俺の祖父の妹も綺麗なバイオレットサファイアの髪をしていたって知ってる? 瞳はブルーだったけどね」


「知っているわ母は殿下のお祖父様の妹であるクレア様の娘だって」

 建国から続くランカスター家は中立の立場をとっており、歴史上王族との婚姻も多かったのは当然だ。

 

「じゃあこれも知っている? 実はランカスター家で紫の色を持って生まれる子は王族と血の濃い婚姻関係の者に限られている。だから、次の呪いを避ける意味でも公爵は王族との結婚は反対だったんだ」


 それは知らなかった。

 この髪色はランカスター家でもそう多くはないが、生まれた時の婚姻相手まで気にしていなかったから。


「俺に他に好きな人がいれば、あらかじめ君との間に子供を作らないと結婚契約書を作れるからね」

 政略結婚で白い結婚を条件にすることはままある。でも、相手が王族なら話は別なんじゃないの?


「もちろんそんな契約守る気はないから安心して」

「私は白い結婚でも全然問題ないわ。あなたとは結婚しないけど」

「冷たいなぁ」

「そんなことより、話を進めて」

「わかった。俺は国王も公爵も呪いの解呪方法を知っているんじゃないかと思ってる」


何それ?

どういうこと?

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