第14話 レイモンド視点 愛しい人

「あーあ、行っちゃった。今日はたぬき公爵に対抗するために腹黒王子仕様で話をするんじゃなかったのか?」

 いつから覗き見していたのかフィリップが艶のある真っ黒い猫を抱きかかえ、呆れた顔で近づいてくる。


「腹黒じゃない。切れ者王子仕様だ」

「切れ者ね。公爵にもアンジェラ嬢にも嫌われたみたいだったけど」

 お前もそう思うよな。とフィリップが黒猫の背中を撫でる。

 自分に言われたことがわかるのか、「にゃぁ」とひと鳴きして腕から飛び降り去って行った。


「想定内だ」


 俺たちは公爵家自慢の庭を出ると、王家の紋章の入った4頭立ての馬車に乗り込む。


 目端の効く貴族ならすぐに第2王子が公爵家を訪ねたと気づき、噂を広めるだろう。


「なぜわざわざ他に好きな人がいるなんて言ったんだ? 呪いを解いて、アンジェラ様を幸せにするって言えば婚約できただろ? 既成事実もあるんだし」

 馬車の中、人目がないことをいいことにフィリップが幼馴染モードで聞いてくる。


「あれは国王に婚約を許可させるための嘘だ。あくまでも後ろ盾を得るのが目的の婚約だと納得させるためのな」

 そうでなければ、呪い持ちのアンジェラとの結婚を許すはずがない。

 それに、あの夜のことは秘密にするってアンジェラと約束したし。


「万が一俺が死んだら、間違いなく国王はランカスター家の責任を追求し牽制するだろう。さっき公爵も言っていただろ。俺と結婚させるメリットは何かって」

 お互いにメリットがなければ政略結婚は成立しない。


「それは解呪方法を教えることだろ?」

「うーん。それな、確信がなかったんだが公爵は解呪の方法を知っていると思う」

 以前から、公爵家の私兵があちこちの魔物討伐の手伝いをしているのは有名な話だ。

 あれは慈善事業なんかじゃなくドラゴンを探すためなのではないかと疑っていたが、今日確証に変わった。


「普通、解呪方法があると言われたら何がなんでも聞き出そうとするだろ」

 俺がどうして解呪方法を知っているかさえ尋ねなかった。


「公爵も知っているなら、どのみち断られるってことか?」

「そうとも限らない。公爵はドラゴンの心臓が呪いを解くと知っているようだったが、具体的な方法まで知らないんじゃないかな。そうなれば解呪方法を知っているという俺のことを切り捨てられないはずだ」

 餌は撒いたしな。


「どうして公爵よりお前の方が呪いに詳しいんだ?」

「昔、アンジェラからこれをもらった」

 俺は、アンジェラに返そうと思って持ってきた本を懐から出して、フィリップに手渡した。


「絵本か?」

「童話だ。昔アンジェラからもらった」

 フィリップがなんとも言えない間抜けな顔で童話の表紙を眺めている。


「最後の方の挿絵を見てみろ」

 パラパラと本をめくって行くと、王子様がドラゴンと戦うシーンが描かれており、さらにめくると王子様とお姫様が舞踏会で仲良く踊っているシーンで終わる。


「そのお話は眠りの呪いにかかったお姫様を救う王子様の話で、呪いは違うが設定がそっくりなんだ」

「偶然じゃないか?」

「さあな。だが、試してみる価値はあるだろ」

「子供用の絵本をか? まさか、公爵に言っていた神典ってこれのことか?」

 恐ろしいものでも見るように、フィリップは大袈裟に声を上げた。

 彼にはこの本は文字のない絵本にしか見えないのだ。


「お前、バレたら殺されるぞ」

「ふん、向こうだって同じようなものだろ。どうせ祖先の遺した書籍から呪いのことを調べてるんだから。一番詳しいのがこの本じゃないって誰が証明するんだ?」


「だからって、童話はないだろ」

 馬車の狭い座席の上で腰を丸め頭を抱えるフィリップを冷たい目で眺め、俺はどうやって、公爵家に忍び込むか考えることにした。





「庭園から、アンジェラの部屋に行けるか?」

 意外に高い薔薇生垣に紛れて、庭に面したアンジェラの部屋の下まで行けるんじゃないか?


「無理ですね」

 お仕事モードの顔で、フィリップが今日の偵察の成果を説明した。

 やはり、アンジェラの部屋の下は見回り最優先ルートのようで全く隙がないそうだ。

「使用人専用の通路はいくつか見つけたが、公爵家ともなると夜中でも使用人が使うだろうな。死ぬ気で屋根から降りたほうがいい」

「検討してみる」


「二人きりになった途端襲うなよ」

「うるさい。黙ってろ」

「鼻の下伸ばして、これ以上ろくでなしだと思われないように」

「アンジェラはろくでなしなんて言ってない」

「目がそう言ってたよ」

 仕方ないじゃないか。公爵の前ではアンジェラを好きなことは隠さなくちゃならないし。

 アンジェラに久しぶりに会えて本当はずっと抱きしめたかったんだから。


「あんな可愛いアンジェラを目の前に、人でなしの演技をするのも大変なんだぞ」

「まあ、ブレブレだったけどな。このままじゃ、婚約の申し込みを公爵じゃなく、アンジェラ嬢から断わられかねないんだからしっかり説得してこいよ」

「ああ、なんとしてもアンジェラと話して誤解を解いてくる」



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