第5話 誘惑は続く (キュン3?)


 はぁぁぁぁ。

「バレるかと思った」

「どうかな。気づてて見逃してくれたんじゃないのか?」

「まさか……って、殿下一体どう言うつもりですか?」

 私はピッタリと腰に巻き付く腕を乱暴に剥がして、レイモンドから距離を置く。


「くっついていた方がバレないだろ?」

 まあ確かに。

 じゃない! 納得してどうする私。


「ノックの時点でベランダから部屋に戻ればバレることもないでしょ」

「突然のことで動揺した」

「はぁ?」

 わざとですよね。しめたとばかりに潜り込んできて腰に手を回してたんだから。


「動揺した人がウィンクするんですか?」

「アンジェラも動揺してるみたいだったから。そんなことより気になっていたんだけど君、驚くと低音ボイスだよね」

「それ今関係ありますか?」

「関係ないけど、その声で怒られたいかも」

 私は目をつぶり、怒りで震える手を握りしめると2、3度深呼吸して心を沈めた。


「殿下、そういう発言は控えてください」

「なんでだ? もしかして令嬢らしくないと気にしているのか? それなら心配ないぞ俺はバリトンボイスで嘆かれるのも好きだから」


 レオナルドはムードを盛り上げたつもりなのか、肩に手を回し顔を近づいてきた。

 それを両手で阻止し思いっきり睨みつける。


「冗談はそこまでにしてください。私たちは話し合いが必要な様です」

「なんだ? ランカスター公爵への婚約の申込か?」

「違います」

「ふむ、じゃあ次の逢瀬の誘い?」

「違います!」

「結婚式の日取りを決めるにはまだ早いんじゃないか?」

「違います。殿下、本当はわかってますよね。これから社交界で会っても初対面という設定でお願いします」

「無理だな」

「無理でもお願いします。お父様は絶対に殿下との婚姻には頷きません。いつも沢山の令嬢に取り囲まれているではないですか。私じゃなくてもいいですよね。」

「言い寄られるのには飽きたんだ。たまには言い寄ってみるのも悪くない」

「……」

 だめだ。話が通じない。


「ランカスター公爵がいいと言えば良いのか?」

「まさか、昨日のことで脅すつもりですか?」

「俺がそんな卑怯な真似をするとでも?」

「したじゃないですか」

「それはアンジェラが可愛くてついな。だが一つお願いを聞いてくれたら昨日のことは社交界では言わずに秘密にすると約束しよう」

「お願い?」

 どう考えても、ろくなことじゃなさそう。


「レイモンドと」

 ?

「殿下ではなくレイモンドと呼んでくれ」

「それだけでいいのですか?」

「そうだ」

「わかりました。レイモンド様」

「様はいらないな。ついでにお願いと最後につけてくれ」

「はぁ?」

 今度は思いっきり低い声で聞き返してしまう。

 しばかれたいのかこの王子。


「怒った顔も可愛いな」

「わかりました。言えばいいんですね」

「できれば上目遣いでな」


 何が上目遣いだ。もう、さっさと言って帰ってもらおう。


「レイモンド。お願い」

 リクエスト通り、ちょっと顎を引きレイモンドの期待に満ちた顔を見上げて囁いてやった。


「ベッドの上でのおねだりはグッとくるな」

「おねだりって……」

 反論しようと思ったらガバッと両手で抱きしめられて、おでこで頭をグリグリされる。


「ちょっと離れて」

 両手で押し返そうにもびくともしない。


「ランカスター公爵の返事がもらえるまで社交界では他人のふりをしよう」

 頭の上でつぶやかれて、私は胸の隙間からレイモンドの顔を盗み見た。

 まるで、本当に愛しい恋人に向けるような優しい眼差しだった。

 なんで昨日会ったばかりの私にこんなに迫ってくるんだろう?


「もちろん昨日のことは内緒だ。アンジェラの秘密は守るから」

 どうも真偽がわからない。

 お父様の後ろ盾が欲しいだけだよね。

 だって、レイモンドは聖女を好きになるんだもの。

 呪われた私を好きになるはずがない。


「じゃあな」

 チュッと頬っぺたに軽くキスを落としてレイモンドはベランダから出ていった。



 頬っぺたを抑えて私は振り返らない背中を見送った。

 レイモンドは間違いなく遊び人キャラね。



 ✳︎


 私はベッドの上で半身を起こし、ボーッと天井から吊り下がった豪華なシャンデリアを見つめた。

 珍しいブルーのガラスを使ったシャンデリアはフレドリック家自慢のものだ。一階のサンルームに飾られていたものを、私がお気に入りだと知りわざわざ泊まる部屋に移動してくれた。


 夜に月明かりを反射すると、部屋の天井が星空のように輝き寝るのが勿体無いくらいだった。

 アンジェラの記憶は間違いなく私の中にある。

 転生だか憑依だかわからないけれど、この世界は私にとって現実以外のなにものでもない。



「どうしようか……」

 一人になり冷静に考えると、レイモンドとここで知り合いになったのは悪いことではないような気がする。

 実は私はアニメしか見ていない。

「愛の紋章」はもともと原作があり、それをゲーム化し、ちょっと遅れてアニメ化された。


 私はコスプレーヤーだが、アニメオタクではない。

 世間では誤解している人も多いかもしれないが、コスプレイヤーにも色々いて、アニメが好きでそのキャラのコスプレをする人。アニメに興味があるのではなく、キャラに似せなりきることが好ききな人などいろいろいる。ちなみにコスプレイヤーを職業としている人までいる。


 私は衣装を作ることが好きで、自分だけじゃなく個人的に作成も受けているほどの衣装オタクだ。

 アンジェラは人気のキャラのため、宣伝も兼ねてコスプレをしてコミケには何度か行ったが、決して本人について詳しいわけじゃない。

 知っていることといえば、アスライの気を引くためにレイモンドを毒殺してしまうこと……。


 だからレイモンドには今後近づかないでおこうと思った。それがランカスター家の平和でもあると。


 でも、さっきレイモンドに対して殺したいという感情は芽生えなかった。たぶん、アスライに会っても愛しているとは思わないんじゃないだろうか。

 それなら無理に避けるよりも、友人関係を築いた方がいいんじゃない?


 呪いがあるから結婚とかは無理でも友達にもなっちゃダメってことはないはず。

 うん、そうだ。レイモンドには呪いのことを打ち明けて、友達になってもらおう。

 持つべきものは権力者の友人だ。


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