第4話 一人でドレスは着れません (キュン2)
「さあ、ドレスを着るのを手伝うよ」
レイモンドはワクワクした顔で私が握りしめていたドレスをさりげなく奪い取った。
「結構よ」
ヒラヒラでスケスケのドレスを着るにはまずコルセットを締めてもらわなくてはならない。そんなの裸を見られるより恥ずかしい。
「でもシーツを巻いたままじゃ廊下に出られないし、まさかその格好でベランダを飛び越えるつもりじゃないだろ?」
「……」
確かに、この格好じゃどこにも行けない。
もうそろそろメイドが起こしに来るのに、部屋にいないことがばれれば大騒ぎになる。
1ヶ月外出禁止。
いや、領地に送られて一年は帰ってこられないかもしれないかも。
「俺が君の部屋に行きパジャマを持ってくる?」
いいかも。パジャマなら頭からかぶるだけだしこの恥ずかしいあとも隠れる……いや、やっぱり駄目。メイドと鉢合わせしたら言い訳どころか率先して昨日のことをペラペラ喋りそうだもの。
「じゃあ、アンジェラを抱き上げてベランダに下ろそうか?」
それならまだ大丈夫か。
迷っている暇はない。
「お願いするわ」
私はそこらじゅうに散らばった衣服をかき集めて持つとベランダに出る。
「それじゃあ失礼」とレイモンドは意外にも紳士的に私を抱き上げると、隣部屋のベランダへと腕を伸ばした。
足のつま先がやっと手すりにつくが、投げ込まれでもしない限り自分の部屋のベランダには降りられない。
うーん。どうしよう。
「あ」
「何?」
「いや、庭に誰かいた気がした」
どこ?
思わず下を見て悲鳴をあげる。
「ヒィィィィ」
ここって2階だった、落ちたら死ぬ。
今の私はベランダから身体だけはみ出していて、手を離されたら地上まで真っ逆さまな状態だ。
反射的にレイモンドの首に両手を回して力一杯抱きつく。
「気のせいだったかも」
すました顔でレイモンドは言う。
こいつ絶対に私を揶揄っているでしょ。
もう、シーツ姿だろうと関係ない。
「やっぱり自分で飛び越えるわ」
「まあ、焦るな」
レイモンドは余裕の笑みを浮かべると、私を抱き上げたままヒョイと手すりに飛び上がりジャンプして隣のベランダに着地した。
「うぅぅぅぅ」
びっくりした。
いきなり飛ばないでよ。心臓がバクバクいうじゃない。
「アンジェラ、中には誰もいないみたいだぞ」
レイモンドは無造作にベランダのガラス戸を開けると、私を抱きかかえたままズカズカと部屋の中に入っていった。
「ちょっと、入らないでください」
「遠慮するな」
「遠慮じゃないから! 誰か入ってきたらどうするのよ」
「鍵がかかっているだろう?」
「メイドには朝は自由に入っていいって言ってあるんです」
「そうなのか」
不用心だな、と言いながらも私をそっとベッドに下ろしてくれる。
ふー、なんとかバレずに戻れた。
と思ったのも束の間。
トントンと部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「嘘! 来ちゃった。殿下早く出ていってください」
サーッと全身の血が凍りつき「まずい、まずい、まずい」と頭の中でそれしか考えられなくなる。
「失礼」レイモンドはニヤリと口角を上げると、あろうことかシーツをめくって私のベッドに潜り込んできた。
「ちっ、ちょっと何してるんですか!」
「静かに」
口に人差し指をあて、レイモンドはご機嫌に私にウィンクをした。
勘弁してよ。
「失礼しますお嬢様。朝のお支度をお手伝いします」
入ってきたのはフレドリック家に泊まる時にはいつも世話をしてくれる年配メイドのロザだった。
白髪の混じった髪はキッチリと結い上げられ、銀縁の眼鏡が冷たい印象を受けるが小さなときはドレスにジュースをこぼしても、かくれんぼで泥だらけになっても怒らずこっそりと洗濯してくれる優しい人だ。
でも、いくら優しくてもレイモンドのことは見つかれば公爵家に報告がいくだろう。
「ロザ、今日は二日酔いでもう少し横になっていたいの」
バスルームにお湯を張りに向かうロザに辛そうに声をかけると、テーブルに散乱するワイングラスとつまみの皿をさっと片付け、開けっぱなしのベランダの扉を閉めてくれる。
バレてないよね?
私の緊張が伝わったのか腰を抱きしめているレイモンドの腕にも力が入る。同時に熱い吐息を背中に感じ、くらくらと眩暈がした。
身動きしたら負けだ。背中から必死で意識をそらし熱を逃す。
「カーテンは閉めておきますね」
「うん、ありがとう」
「お食事はあとでこちらにお持ちしますか?」
「そうね」
立派な天蓋ベッドのおかげでなんとか誤魔化せそうだ。
「お嬢さま?」
いつもならそのまま出て行くのに、ロザはちょっと首を傾げて考え込む。
「気分が悪い様ならお医者様をお呼びいたしますか?」
「大丈夫よ。もう少し寝たら良くなるから」
お医者様なんて呼ばれたら、胸の恥ずかしいあとを見られちゃうじゃない。
絶対ダメ。
「承知しました。何かあればお呼びください」
「ええ」
私はロザが扉から出て行くのを見届けてから大きなため息を吐いた。
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