第8話・選択肢は突然に!?

 とある街の住宅街の一角、いかにもセキュリティーの厳しそうな黒塗りのマンションの前で車は止まった。どうやら目的に着いたようだ。 


 俺は居酒屋を出たあと、最寄りの駅でタクシーを拾い、隣で寝ている「見た目は子供。職業は悪の組織の首領秘書」な好美このみの自宅前へとやってきた。


 運賃を払い、相変わらず起きる気配の無いの彼女をおんぶし、車内を出る。

 俺の耳元からはすうすうと寝息が聴こえてちょっとくすぐったい。

 そりゃあ、これが美人&可愛い系の巨乳女子だったら興奮しますよ。でも相手は中学生と見間違うレベルに背も小さく童顔、そして何がとは言わないが真っ平な丘の持ち主。


 悪いが守備範囲の外も外。何にも引っかかりません。


 くだらないことを考えながら、俺は到着する直前に好美のバックから取り出したカードキーをマンションの入り口の端末に通す。

 ランプの色が赤から青に変わり、正面の自動ドアが静かに開いた。

 入って真正面にあるエレベーターに乗り込み、一気に7階まで昇る。


 好美の家はフロアの真ん中に位置していて、鍵を開けて中に入り、そのまま自分の靴

と好美の靴を脱がせて奥まで進んだ。

 移動中、雪那とのスマホのメッセージのやり取りで好美は一人暮らしであることが判明した。


 それでも念には念を入れて、入る直前に邪結じゃけつ・変身して『デモンズギャラン・29の秘密』の一つ、『生物探知センサー』を使って確認をとった。


 ......これ、いったい何畳くらいあるんだ? 


 そこには一人で住むには明らか広くて綺麗な空間のリビング。

 家具らしい家具がテーブル・ソファー・テレビのリビング三種の神器しか見当たらないので、持て余し具合が半端ない。

 小物もダイニングキッチンのカウンターにちょこんと置いてあるのみで、掃除は楽そうではある。


 ......この女、二号ヒーロー打倒の為にやってきた隻眼の大佐並みに潔癖か......それともミニマリストなだけか。

とりあえず一旦好美をソファーの上に降ろし、つややかでモチモチな頬に超弱の強さで。


「おーい。起きろー、家に着いたぞー」


 と何度も叩いてみるも、返事がない。ただの泥酔して寝ている大人幼女のようだ。

 居酒屋を出る時と何ら状況変わってねぇー。

 

 さて、こいつが起きないとなると.........ならば答えは一つ!

 首領秘書・Kこと『継羽好美つぐはこのみ』についての情報を、この家から根こそぎ探り出すこと。


 ぶっちゃけ、今となっては雪那のドSっぷりに感謝している。

 ターゲットの家に合法的? に入れるチャンスなんて早々訪れないからなぁ。

 あの女には空間転移の狭間に放置から昼ご飯のパシリの刑で許してやろう。

 デモンズギャラン様はブラックホール並みに寛容な心の持ち主なのだ。


 世界崩壊のタイムリミットまであと七ヶ月半を残した現在、俺はこれまでこの世界の情報収集やヒーロー達との闘い、慣れない新しい職場環境に適応するのに必死だった。

 もうそろそろ本腰を入れて取り掛からないと、時間内に間に合わない可能性が出てくる。


 せっかく悪の戦士として人生をやり直せるチャンスを、首領の秘書をNTRできなかったからというアホな理由で終わりにさせるのはどうしても回避したい。


 好美に背中を向け、俺は極力音を立てないように他の部屋へと足を運ぶことにした。

 ......なんか、芸能人の寝込みチェックをしにいく気分でワクワクするな。


 まずはリビングの手前にある部屋を覗いてみると、八畳ほどの広さの部屋に蚊帳の付いた大きめなベッドが一つ。圧倒的な存在感を放っていた。


 ここが寝室であることは一瞬で確認できたが.......このピンク色の典型的なお姫様ベッドの上で首領と秘書姿の好美がプロレスごっこ............特撮作品とは名ばかりの安っぽい企画モノAVの行為みたいな絵面が脳内ビジョンに映る。

 しかしこれはあくまで俺の勝手なイメージ、そうフィクションで、実在の人物・団体・事件とは 一切関係ありません。

 

 ベッドにばかり意識を取られて見落としていたが、壁側に配置されたチェストタンスの上には一つの写真立てが。

 写っているのは現在よりさらに幼く見える好美に、両脇にいるのは親御さんだろうか?


 三人とも幸せそうにニッコリ微笑み、背景の一部の空の青がそれはよく引き立てている。

 こんな可愛い我が子が数年後に悪の秘密結社に入り、そして首領の秘書兼愛人になるなんて......この時の親御さんが知ったら多分号泣するぞ。


 それ以外に寝室で得られた情報は、好美の私服と下着の趣味くらいなものだった。

 ”あの時”は制服の色に合わせた黒だったが、どうやら私服の方では淡いピンクやベージュ等を好むらしい......好美だけに。


 





 全ての部屋の探索を終えた結果、期待していた好美の攻略について役立ちそうな情報はほぼ皆無だった。

 代わりに人間として、男としての尊厳を失った気持ちだけを得て、俺は再びリビングに戻った。 


 まぁ、そうですよね。

 家の中にその人のギャルゲーでいう攻略本なんかが普通にあったら、世の男性の大多数は好きな異性の家に多少強引に突入してでも情報を得るわ。

 あと半年弱で世界が滅亡するとも知らず、そのカギを握る女は呑気に酒の力で熟睡しているし.........なんかムカついてきたな。

 そこへふと、ある疑念が浮かぶ。


 ――まてよ。要はこいつと俺が関係を結べば、世界を滅亡から救えるんだよな?

 お互いの意思はこれっぽちも関係無いんだよな? だったら............。

 心の声は誰にも聞こえないことをいいことに、調子に乗ってこう続けた。

  

 ――今、ここで世界救っちゃう?


 みんなの笑顔を守る為に、俺は悪の戦士からゲスの戦士へとフォームチェンジする時が

訪れたのかもしれない。

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